第39話 中長期的男爵領開発会議

「というわけですっかり意気投合したイルミナージェ第一王女と、ドロシー伯爵令嬢が視察団に同行します」


「ええ……」


 シキはあの時、宿にやってきたドロシーが病的に瘦せていたのを思い出す。

 足元はおぼつかずふらふらしていたので、最初はゾンビが現れたのかと身構えてしまった。

 それは単にドロシーが貫徹してやりたいことをやりきった後で、完全に気が抜けていたからなのだが、シキには知る由もない。


「体があまり強そうじゃなかったけど、ここまで無事に来れるのかなあ」


「リファのドローンによる簡易スキャンの結果になりますが、ドロシー・アリアンは栄養素を吸収しにくい体質のようです。治療薬で改善可能です」


「そっか、じゃあ彼女には男爵領の皆みたいにこっそり健康になってもらおうか」


 CRで購入できる治療薬は万能だ。

 治療薬に含まれているナノマシンが対象の遺伝子を解析、体組織を培養し健康な状態へと戻す。

 テレーズを救ったように即死でなければ欠損を修復し完治させ、それでいて後遺症もないやばい薬だ。


 外部には絶対秘密にする必要があるが、近所のお婆ちゃんの腰が痛いなどと聞いてしまうと、なんとかしたくなるのが人の性。

 微量の治療薬を混ぜた薬茶を「良く効く薬草が手に入ったんだよ」なんて言いつつ振舞ったので、エンフィールド男爵領の領民の健康事情は大幅に改善されていた。


「伯爵令嬢もだけど、王女様が来ても滞在する場所がないよ」


「視察団のことは当人たちに任せるしかないのう。儂らは視察団にどこまで見せるか考えよう」


「精霊様として姿を見せるのはオルティエだけにするのよね?」


「そうだね。申し訳ないけど頼んでいいかな」


「はい! お任せください!」


 主にお願いされて、嬉しそうなオルティエが力強く頷いた。

 シキの使役する精霊はオルティエ一人ということにしてある。

 王都で行っている諜報活動はもちろん内緒だ。


 ロナンドの代まではその姿が見えなかったのは、シキが特別に精霊使いとしての才能があったからだと王女には説明した。

 シキは332年ぶりに日本語を扱いスプリガンと意思疎通ができる主なので、特別な才能を持っているというのは事実だ。


「視察団の目的は樹海に住む魔獣の確認と、精霊の防衛力じゃな」


「魔獣の素材の販路確認もあるわね」


「販路といっても現状村みたいな規模だからのう。エンフィールド男爵領自体が発展しないと、素材の運搬もままなるまい」


 魔獣の素材の買い取りは冒険者ギルドの領分だ。

 エンフィールド男爵領にギルドの支店を作り、冒険者から素材を買い取るようになれば、この地を管理する領主の懐にも利益の一部が還元される。


 それまでは探索にやってきた冒険者パーティーが、持てる分だけ持ち帰るのが精々だった。

 その場合は持ち込んだ先のギルドがある領地の利益になるので、エンフィールド男爵領の利益にはなっていない。


「それならギルド設置は手伝ったほうがいいかな?」


「いいや、それも成り行きに任せておけばいいじゃろう。儂もエリンもそこまで金に執着はないからのう。もちろんシキが望むなら手伝ってもよいぞ」


「爺ちゃんたちがそう言うなら、余計な手は出さないでおこうかな」


「そうそう。急激な変化は領地のみんなも戸惑っちゃうだろうし、ゆっくりでいいわよ」


 様々な物資や機材をCRで購入できるシキが本気を出せば、領地開発にも大きく貢献できる。

 精霊の力が露見するリスクは増えるものの、シキとしては二人の豊かな生活を思っての発言だったのだが逆に諭された形だ。


 孫 (息子)が金の卵を産むようになったと言っても過言ではないのに、二人の欲の無さにはシキも頭が上がらない。

 三人とも領地の発展を望んでいないわけではないが、急激な変化に周囲の人が追いつけない可能性がある。


 というわけで精霊の力を適度に隠す以外は、成り行きに任せるという結論になった。

 もちろん領主として全く口出ししないわけではなく、監視をして問題があれば是正する。

 ある程度発展するまで、今後五年から十年はかかるだろう。


「視察団に精霊の実力を見せるために、程良い魔獣を見繕いましょうか?」


「程良いってどれくらいだろう。山崩しはやりすぎだよね?」


「うむ、やりすぎじゃ。闇の眷属を一方的に倒せるなんて知れたら、国家転覆も可能と受け取られて全力で懐柔してくるか、歯向かわれる前に暗殺しようとしてくるのう」


「ワイバーン数匹くらいでいいんじゃないかしら。それなら第一位階冒険者数人分だし。魔獣相手の戦力としては丁度良いわ」


「ワイバーンといえば〈雲割き〉。 母様、〈雲割き〉に会えないかな……」


「またあいつ! あいつなの!? もっと母様を見てよぉ」


 〈雲割き〉に妙な対抗心を持つエリンが半泣きになる。

 別にエリンをないがしろにしたつもりはないのだが、息子が他の冒険者に憧れるのが許せないらしい。

 シキは慌ててエリンのご機嫌を取る。


「模擬戦〈雲割き〉に勝ち越してるんだってね。かあさまはすごいなー」


「エリンの剣が届く間合いから戦い始めれば、飛ぶ斬撃もあまり関係ないからのう。もし遠距離から戦闘になれば、エリンは手も足も出ないぞ」


「ちょっとお父様! なんでシキにばらしちゃうの!」


「だ、だとしてもすごいなー」


 そこから小一時間ほどエリンは拗ねた。

 王女たちがオルティエのウェディングドレスを参考にして作るであろう、新しいドレスをシキがプレゼントすると約束してようやく機嫌が直った。


「へえ、あのドレスは花嫁衣裳なのね。シキから私への花嫁衣裳のプレゼント……これは婚約したも同然ね! うふふふ」


(違うけど……そう言ったらまたへそ曲げちゃうから言わないでおくか……)

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