第38話 ドロシー怒りのプレゼン
「どうして先に相手の素性を教えてくれなかったのよっ」
ドロシーは王城へ向かう馬車の中で、珍しく両親に対して怒っていた。
アリアン伯爵家三女であるドロシーは、他の貴族令嬢と同様に両親が決めた相手と結婚する運命にある。
ドロシーとしてもそれを不満に思うことはなく、言われるがままにお見合いをしてきた。
その結果は連戦連敗。
こちらは一つも条件をつけていないというのに、殿方というのはなんて我儘なのだろうか……いや、分っている。
断られる理由は外見にあった。
痩せ細った体に不健康に見えるほどに青白い肌、常に寝不足なのでぎょろりとした目の下には大きな隈。
陰で同年代の男子貴族からは
誰がゾンビだ腐っとらんわ。
自分では顔の造りは悪くないと思っている。
実際に家族である母や姉たちは美人だ。
しかしドロシーには顔、胸、尻、太腿……全体的に肉が足りない。
元々小食なうえに体質的に太れないらしく、無理して食べた時期もあったが、後で胃が受け付けなくて戻したりしたので諦めた。
ドロシーも貴族令嬢の端くれなので自らを美しく着飾りたかったが、できなかったので他者を着飾ることに執心することで気を紛らわせる。
美しいドレスや装飾品を考案し、家族や友人たちをプロデュースした。
評判は上々でこれが自分の生きがい、天職なんだと自覚する。
最近はお抱えの針子に指示するだけでは飽きたらず、寝食を忘れ夜遅くまで自ら裁縫していた。
そのせいで不健康な見た目が悪化しているのだが、ドロシーは気にしない。
ドロシーのことを気にするのは両親で、なんとか婚期を逃す前に縁談をとお見合いの回数を増やしていく。
そこに突如現れた期待の花婿候補が、エンフィールド男爵家次期当主のシキであった。
御前試合であの〈雷霆〉と互角に戦い、田舎だが自領では貴重な魔獣の素材が取れるらしい。
第一王女イルミナージェとの親交も深いということで、王家に近付きたい下級貴族の令嬢の格好の的になったのだ。
男爵家と家格が低いので強引に婚約してしまえばこっちのものと、令嬢たちがシキに狙いを定める。
ドロシーの両親もシキの宿泊先を調べ上げ、ドロシーを派遣したのであった。
先に述べた通りドロシーは何不自由なく育ててくれた両親の方針に不満はない。
いつも通りお見合い(今回は婚約の申し込み)をして、いつも通り断られただけだ。
だがしかし、いつもと違うことがあった。
「シキ様があの精霊様の主だって知ってたら、ちゃんとアピールしたのに」
ドロシーは〈雷霆〉のファンだというミーハーな友人に連れられて、御前試合を観戦していた。
まあ試合には興味がなかったので、他の観戦に来ていた貴族や大店の娘のファッションチェックをしていた。
そう、舞台に精霊が現れるまでは。
精霊を目の当たりにして、ドロシーは頭を殴られたような衝撃に襲われた。
上半身は体にフィットしていて、精霊の豊満な肉体が強調されているのに、下品どころか上品に感じる。
スカートの裾は身長の何倍にも広がっていて、一体どれだけの布が使われているのだろうか。
しかも細かい刺繍が万遍なく施されている……ように見える気がする。
観客席から舞台が遠すぎてよく見えない、もっと近くで見たい。
あのドレスは社交界に革命をもたらす。
試合が終わり精霊が消えると、ドロシーは真っすぐ屋敷に帰った。
そして網膜に焼きつけたドレスのデザインを忘れないうちに、夜通しスケッチして描き残した。
貫徹した翌朝、ぼんやりした頭でいつも通り両親の指示でとある宿屋に向かい、婚約を申し込み、断られて屋敷へ帰ってくる。
そこで初めて先ほどの相手が精霊の主のシキであると知ったのであった。
ドロシーは先に教えておいてくれればと憤るが、そうしたところで相手に興味がないので聞き流していただろう。
それが分っていたので、両親もドロシーに詳しい説明をしなかった。
ちなみにドロシーの視線と記憶容量はすべて精霊に注がれていたので、シキの顔は全く覚えていなかった。
もし宿でシキの顔を思い出せれば、後の展開は少し変わっていたかもしれない。
だから半分はドロシーの自業自得で、両親への怒りは八つ当たりであった。
ドロシーは精霊を間近で見せてもらいたいだけなので、シキの伴侶になることにはこだわっていない。
そばに居られるなら、下働きでも何でも良かった。
シキに直談判するチャンスは自ら逃してしまったので、ドロシーは次の手を打つ。
「私の描いたスケッチはすべて持ってきているわね?」
「はい、お嬢様」
婚約の申し込みは第一王女を通せとシキは言っていた。
第一王女のお眼鏡に叶わなければならないなんて、下級令嬢からしたら事実上の門前払いだ。
だがそれはあくまでシキの婚約者としての品格が求められているわけで、ドロシーはそこでは勝負しない。
普通なら第一王女と面会することだって難しいが、シキが窓口に王女を指定しているのでそれを逆手に取る。
第一王女は王族の中でも特に流行に聡いと聞いている。
精霊のドレスだけでなく、自ら考案したドレスのデザインもアピールするチャンスだ。
「ようこそいらっしゃいました。貴方がドロシー・アリアンですね」
「お目通り頂きありがとう存じます。イルミナージェ第一王女殿下」
ドロシーは優雅に一礼してから不敵に微笑む。
対する第一王女もこちらを品定めするかのように見つめていた。
ドロシーの負けられない戦いが、今始まる。
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