第35話 近接特化機体
シキは332年ぶりに現れた日本語を理解し、スプリガンたちと意思疎通ができる
スプリガンたちにとってシキはかけがえのない
これでもしシキがどこにでもいる年相応の少年だったならば、手に入れた全能感に酔いしれ、スプリガンを乱暴に扱い、世界に対して暴虐に振舞っていたかもしれない。
だがシキは日本人の記憶を持つ転生者だ。
人並みの良心と倫理観を持つ故に、スプリガンたちの無償の愛を一方的に受け取ることはできなかった。
というか、皆がぐいぐい来過ぎるので若干引いている。
しかし332年間エンフィールド家に尽くしてもらったという大恩があるので無下にはできない。
それに実際に闇の眷属の脅威を目の当たりにして、彼女たちへの貸しはやはり大きいとシキは再認識する。
『ほらほら、そんな軟な装甲じゃあわたしの爪は防げないよ!』
〈SG-063 フェリデア・ティーガ〉の両手に装備された近接武器、ターミナス・クローが山崩しの濃紺の鱗を切り裂く。
傷口から酸性の体液が飛び散り周囲の木々に降り注ぐと、白煙を上げて数秒のうちに溶け崩れてしまう。
もしあれを人が浴びてしまったらと想像すると恐ろしい。
『呼称:山崩しの形状を一言で説明するなら、とてつもなく巨大なワームです。そしてその体液は強酸性で、触れたものを溶かしてしまいます』
胴体の太さはスプリガンと同じくらいなので、おおよそ10メートルだろうか。
山崩しは木々が生い茂る山を登るかのようにしてとぐろを巻いていた。
地中に潜ったり出たりを繰り返していて、頭はもちろん胴体も途切れ途切れにしか見えず、長さがどれくらいあるのかは見当がつかなかった。
このまま地中を掘り続ければ、名前の通り山を崩してしまいそうだ。
『展開している
「なっが」
こちらの思考を読むかのようなオルティエの回答と、その長さにシキは驚く。
体を切り裂かれた山崩しが苦しみ悶えるように体をくねらせ、鞭のようにしなってフェリデアへと襲い掛かる。
体液から逃れた木々を根本からなぎ倒し迫る胴体を、フェリデアは紙一重で飛び越え躱すだけでなく、すれ違い様ターミナスクローで攻撃する。
鈍色に光る爪が再び山崩しの鱗を切り裂き、体液を撒き散らすと、地の底から唸るような咆哮が聞こえてきた。
「母様、山崩しの鱗って硬い?」
「ええ、もちろんよ。並みの冒険者の剣では表面に傷を付けるのが精一杯ね。私の剣でも同じ場所を数度切り付けないと肉まで届かないわ」
一瞬そこまで硬くないのかと錯覚しかけたが、母様もまあまあ人間を辞めている存在だったと思い出す。
冒険者は第五位階から始まり第四位階で新人卒業、第三位階で中堅、第二位階になると在野では頂点扱い、第一位階は英雄クラスで国のお抱えとなる。
特に第三位階と第二位階の間には超えられない壁があるとされ、〈剣姫〉エリンのような第二位階冒険者は都市に数名、第一位階冒険者は国に数名しかいない。
シキは第一位階冒険者を直接見たことはないが、この国に在籍する〈雲割き〉の冒険譚は有名である。
遥か上空を飛ぶワイバーンに斬撃を飛ばし、ワイバーンと一緒に背後の雲まで切り裂いた逸話から〈雲割き〉という二つ名がついたのだ。
「〈雲割き〉なら一撃で切れるかな?」
「うーん、どうかしら。あいつのは斬撃が飛ぶだけで、剣の腕や威力は私とそんなに変わらないかな。あいつとの模擬戦は私が勝ち越しているし」
「えっ母様〈雲割き〉と面識あるの!?」
「ちょっと! そこは母様に惚れなおすところでしょ!」
転生者ではあるが、シキは十二歳の男の子でもある。
子供たちの憧れである国の英雄と義母が知り合いと分れば、テンションを上げずにはいられない。
「おっほん」
「「あ、すみません……」」
興奮してつい大声になってしまい、隣に座る中年女性からお叱りを受けた二人は頭を下げる。
シキの思考が脱線している間も、フェリデアは山崩しの鱗を切り刻んでいた。
〈SG-063 フェリデア・ティーガ〉は近接戦闘に特化した機体だ。
武装は両手に装備したターミナス・クローのみ。
脚部は逆関節で跳躍力に優れており、どことなく猫科の動物を連想させる。
ブースターの推力は
なおシキがマスターになってからは、スプリガンの〈物理判定〉を自在に変更できる。
なのでターミナス・クロー以外の〈物理判定:オフ〉にしてしまえば、山崩しの攻撃がフェリデアに当たることはない。
ないのだが、フェリデアの希望もあって〈物理判定:オン〉のままである。
フェリデアは無類の戦闘好きで、一方的に相手を屠るのは性に合わないそうだ。
「やっぱりあの体液を浴びたらスプリガンでも溶けちゃう?」
『いいえ。なんともありません』
「だよねー。じゃなかったらターミナス・クローも溶けてるよね」
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