第34話 外来種
スプリガンの任務は樹海の防衛である。
ただしあくまでアトルランというこの異世界での話だが。
Break off Onlineではメナスという惑星外生命体と戦うことが任務だったが、アトルランにメナスは存在しない。
樹海に住む魔獣がメナスの代わりのようなものだが、よりメナスに近い存在もいた。
『マスター。
『なんだって!』
シキが急に大声を出したので、周囲の視線が一気に集まった。
隣に座っていたエリンが何かを察してシキを抱きしめ頭を撫でた。
「あら~シキ。うなされて寝言を言っていたけど、怖い夢でもみたのかしら? よしよし、母様がいるから怖くないわよ」
シアニスとの屋台デートの翌日、シキとエリンはラディソーマ男爵領へ帰るため乗合馬車に乗っていた。
馬車の客席は五人掛け長椅子が対面に配置されているので合計十席。
満員のため都合八つの双眸が集中していたが、エリンがシキを構いだしたところで視線は霧散した。
エリンはシキを胸元に抱き寄せると小声で尋ねる。
「何かあったの?」
「樹海に闇の眷属が出たらしいんだ」
「なんですって! あら失礼、おほほほ」
思わずシキのように叫んだエリンが、誤魔化すようにシキを抱きしめなおす。
魔獣の中でも闇の眷属と分類されるその存在は、この世界で生きる人々にとって脅威である。
だからエリンが驚くのも無理はなかった。
この世界のあらゆるもの……大地も海も山も、そして人や動植物、魔獣さえも創造神によって造られたとされている。
それに対して闇の眷属は、創造神と敵対する外様の神によって造られた存在だ。
外様の神とはアトルランの外側、すなわち宇宙にいる神で、創造神が造ったこの世界への侵略を企んでいた。
闇の眷属はその先兵で創造神が造ったこの世界の生物を攻撃、絶滅させるように仕組まれている。
遥か昔、神話の時代は外様の神が直接乗り込んできて大きな戦争になったが、最終的に神々同士の戦いは痛み分けで停戦。
大戦の後は創造神によって世界網という結界がこの世界に張られた。
この結界がある限り外様の神のような強大な存在は、直接アトルランに降臨することが出来ない。
それ以降は世界網を潜り抜けられる程度の、神と比較すれば遥かに小さな存在である闇の眷属が送り込まれ、小競り合いが続くようになる。
通所の魔獣も危険な存在には違いなかったが、住み分けや共生の余地があった。
しかし闇の眷属とは遭遇したら最後、どちらかが死ぬまで戦いは終わらない。
世界網の構築以降は現在に至るまで、人と闇の眷属は戦いの歴史が続いていた。
「それで何が出たの?」
「山崩しだって」
「やっ!」
またもや声が出そうになり、シキの頭に顔を突っ込んで止めたエリンだったが、さすがにもう他の乗客は気にしなくなっていた。
「山崩しなんて下手したらこの国が滅ぶわよ! 精霊様は大丈夫なの?」
『問題ありません。仮称:
小声で怒鳴るという器用なことをしているエリンに対して、シキの背後で浮いているオルティエがそう答える。
シキの背後は客室の壁なので、オルティエは上半身を壁から生やしたような状態になっていた。
オルティエは質量のある立体映像だが、必要に応じて映像のみにしたり部分的に質量を残したりと、自由に切り替えることもできる。
現在は全身映像のみにして、狭い馬車内に強引に入り込んでいた。
いくら〈非表示〉で誰にも見られないとはいえ、下半身が外に丸出しだけどいいのか?
シキは訝しんだ。
「もう17回倒しているから問題ないってさ。これから戦闘に入るみたいだから見守ることにするよ」
「そんなに。精霊様がいなかったらとっくにこの国は滅んでいたわね……」
シキがメニュー画面のメインモニターに視線を移すと、スプリガンが射出した
樹海と呼ばれてはいるが、森林一辺倒というわけでもない。
場所によっては平原が広がっていたり、巨大な湖があったり、高々と連なる山脈があったりする。
これまで王国にまともに認知されず固有名詞すらない樹海には、手付かずの資源が大量に存在していた。
無論そこに棲まう魔獣の脅威を払いのけない限り、人が資源を享受することはできないのだが。
『フェリデア、エル。マスターが戦闘をご覧になるそうです』
『へえ、それは無様な姿は見せられないねえ』
『ごしゅじんが見てるのー? それならがんばるー』
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