第24話 ふわふわした毒

『だそうですよ~、シキくん』


『ううむ、そうなっちゃうのかあ』


 部屋に残っているアリエの報告を受けて、シキはがっくりと肩を落とした。

 宰相にランディと呼ばれた金髪の男に見抜かれた通り、シキ本人は普通の子供である。

 一応【吟遊神の加護】を持ってはいるが、その恩恵は声がよく通るとか、音感に優れているとか戦闘とは無関係のものだ。


「どうかされたのですか?」


 嫌味は散々言われたが、宰相との交渉は成功したと思っていたイルミナージェが首を傾げる。

 宰相の執務室を辞したシキとエリンは、イルミナージェからお茶会に誘われた。


 王城内の第一王女派閥の管理する東屋を訪れ、貧乏な男爵家では買えない高級な紅茶が振舞われた。

 王女の事前の念押しもあってメイドたちは顔色ひとつ変えずに、素性の知れない男爵令嬢とその子息にも最大限の礼節をもって給仕している。


「俺の相手は中位宮廷魔術師ではなく序列三位のランディって人で、見せしめに殺すつもりだそうです。あと陛下も呼んで御前試合にして、俺のような嘘つきを擁立したイルミナージェ様の責任問題にするとか」


「そ、そんな……」


 シキは美味しい紅茶を飲んで一息ついたところで、アリエからの報告内容をイルミナージェにも伝えた。

 成功だと思っていたのに実は大失敗だと知って、イルミナージェの顔色が一気に青ざめる。

 顔を青くしたのはテレーズも同様で、ランディという名を聞いて驚いたように声を上げた。


「ランディ殿だと!? 彼は序列こそ三位だが、一位と二位のお方は研究者としての実績による序列なので、戦闘力はランディ殿が実質トップだ。いくら精霊の加護を持つシキ殿でもあの〈雷霆らいてい〉が相手だなんて……」


 そのまま二人が俯き黙り込んでしまったので、その間にシキは〈搭乗〉からの〈降機〉コマンドを経由して、本日の護衛役であるアリエを呼び戻す。

 〈雷霆〉って格好いい二つ名だなあと思いながら。


 〈SG-068 アリエ・オービス〉のコアAIはウェーブのかかった白銀髪が特徴的なゆるふわ美女だ。

 軍服のデザインはオルティエと同じ泥濁カーキ色のブレザーとミニスカート。

 ただしこちらは黒タイツではなく白の二―ソックスなので、肉感的な太腿が作り出す絶対領域がとても眩しい。

 アリエは長椅子に座るシキの隣にやってきてしな垂れかかる。


『私の大切なシキくんを殺すだなんて、許せないわ~。あんな優男は私のスプリガンで踏み潰しちゃいましょう。というかこんな国、フルチャージした荷電粒子収束射出装置ラプソディで焼き払っちゃいましょうよ』


『さすがにそれはやりすぎかなあ。王都に住んでいる人々は無関係なのに巻き込んじゃうよ』


 頬を膨らまし、おっとりとした口調でぷんぷんと怒っているアリエ。

 雰囲気こそふんわりだが、言葉の内容はどこまでも物騒だった。


「それでどうするの? シキ。精霊様は極力隠すっていう方針だったけど」


 アリエの反対側に座り、美味しそうに紅茶を啜るエリンがシキに問う。


「う~ん、仕方ない。殺されるわけにはいかないから、俺も覚悟を決めるよ」『オルティエ、例の作戦でいくけどお願いしてもいいかな。やりたくなかったけど』


『お任せください。マスターには敵対対象の接近すら許しません。完全なる勝利をお約束致します』


「シキ様、申し訳ありません。〈雷霆〉が相手なうえ、宰相に明確な害意がある状況で御前試合に出て頂くわけにはいきません。別の方法を考えますので一旦辞退しましょう」


「いいえ、挑ませてください。多分負けることはないと思うので」『本当に大丈夫なんだよね? オルティエたちが傷つくのは嫌だよ?』


『問題ありません。過去332年間のエンフィールド領へ訪れた王族視察団の戦闘データ、及び今回の王都滞在中に主要な王国騎士団、冒険者ギルド、そして宮廷魔術師団への〈SG-061 リファ・ロデンティア〉による偵察は完了しており、我々スプリガンの脅威になる存在は確認されませんでした』


『いつのまに』


 まさか王城の外でも活動していたとは。

 改めてリファは労わなければとシキは心のメモ帳に書き留め……。


『いや、メニュー内アーカイブにテキストフォルダがあるんだった。そこに書き込んでおこう』


「〈雷霆〉に勝てるわけがない! エリン殿もご子息を止めてください」


「そうですねえ。一応在野最高位である第二位階冒険者の〈剣姫〉として意見させてもらうと、〈雷霆〉でも精霊様には勝てないのではないかしら。王女殿下もテレーズ様も精霊様の本当の実力を見ていないから、不安になるのも仕方ないですが。精霊様は雷鳴のような一撃で猪突牙獣の頭からお尻まで貫いちゃうんですもの。あれを防ぐのは不可能だと思うわ。あら、ということは奇しくも雷対決になるのかしら」


「母様、前にも少し説明したけどあれは雷ではなく銃弾で……魔術で例えるなら、とても強力な《石弾ストーンバレット》なんだよ」


「あら、そうなのね」


『マスター、僭越ながら提案があります。マスターの〈精霊使い〉としての威厳を示すためにも……』


 あの〈雷霆〉が相手だというのに、全く気負っていない親子を見て、イルミナージェとテレーズは戸惑うばかりであった。

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