第25話 御前試合
ランディは決して悪人ではない。
だから宰相はシキという子供を殺せと言ったが、うまいこと生かして逃がしてやるつもりだった。
「これより宮廷魔術師第三位、ランディ・ウォルトとエンフィールド男爵家次期当主、シキ・エンフィールドの御前試合を取り行う!」
審判の宣言と共に、会場が歓声で包まれた。
ここは貴族外と商業区の境界に立地している闘技場。
普段は貴族が飼っている奴隷の剣闘士同士、もしくは捕らえた魔獣との戦いを賭け事の対象にしている。
そして稀に今日のような
観客席は満員御礼。
国王名義で入場料を無料にしたからだ。
一般席には普段賭け事もしないような女子供もたくさんいる。
滅多にお目にかかれない娯楽に興奮している様子が見て取れた。
そして貴賓席の上段には高位貴族、下段には下位貴族が座っている。
(周知してから三日しか経っていないというのに、よく集まったものだな。暇人貴族共が)
ランディは内心で毒づいた。
ただ下位貴族の一部は見せしめとして呼ばれていて、その意図を自覚している連中の顔色は、舞台の上から見ても分かるくらいに青い。
一歩間違えれば、シキのように公開処刑されるのだから当然だろう。
そいつらはざまあみろだが、当人のシキが至って平静なのが不気味だ。
王城の訓練場での軽い手合わせのはずが闘技場に呼び出され、大勢の観客と〈雷霆〉の前に立たされているというのに、他人事のようにぼんやりと周囲を見渡している。
宰相の会談の時もそうだが、このシキという少年はどこか変だ。
母親のエリンは第二位階冒険者で、〈剣姫〉と呼ばれるほどの実力者であるから、宰相が相手でも堂々としているのはわかる。
だがシキは若干十二歳のただの子供だというのに、ランディの知る同年代の貴族の子供よりも肝が据わっていた。
(まああの態度が危機感ゼロの間抜けなのか、勘違いした自信過剰馬鹿なのかはすぐにわかる)
貴賓席の最上段を見上げれば国王に第一、第二王子、第一王女と、王族が王妃を除いて揃っていた。
各々の表情は、全員が見るに堪えないのでランディはすぐに視線を逸らす。
一つ下の席には宰相の姿もあり、「予定取りにやれ」とでも言うように小さく頷いていた。
「それでは、はじめ!」
試合が始まってもシキは動く素振りを見せない。
杖を構えるどころかそもそも手ぶらだ。
「俺が誰だか知っているか?」
話しかけられるとは思っていなかったのか、シキが初めて驚いたような表情を見せた。
「えっ、はい。知っています。〈雷霆〉殿ですよね」
「今のところ精霊使い……魔術師とは到底思えない立ち振る舞いをしている自覚はあるか?」
「うーん、まあそうですね。俺は普通の精霊使いではないでしょうから」
「ほう、〈雷霆〉とやりあえるくらい強いんだから、普通なわけないだろって? 触媒となる杖もなければ、魔術構成を編む素振りも見せないとは大した自信だな」
「いえ、そういう意味じゃなくてですね……」
これはただの間抜けでも馬鹿でもないなと、実際に会話をしてランディは直観する。
シキという少年は自分の置かれている状況を理解したうえで、冷静さを失っていない、そんな気がした。
森から溢れる魔獣と戦っているというのも、全くの嘘ではないのかもしれない。
先手は譲るつもりだったが、嫌な予感がしたランディは考えを改める。
「
詠唱により構成が展開される。
そこに魔力を注ぎ込むことにより、
ランディは最小限の詠唱と、握っていた杖を振り上げる動きだけでシキを攻撃した。
指揮棒に似た小振りの杖の先端から一筋の雷撃が迸る。
威力は抑えてあるが、速度だけならランディの手加減なしの一撃だった。
構成を編み、詠唱し、魔力を流してようやく魔術は発動する。
発動までに時間がかかってしまうことが魔術師の弱点だが、ランディは魔術の弾速を含めてそれを克服していて、魔術の早打ちでランディに勝る者は王国にはいない。
雷撃は闘技場の舞台の上を水平に走り、全く反応できていないシキの元に到達する……直前で見えない何か阻まれる。
シキの周囲、およそ半径三メートルの大きさでドーム状の見えない壁が存在し、ランディの放った雷撃は壁を伝うように逸れてから霧散してしまったのだ。
「は?」
『パルスシールド、展開済みです』
ありえない現象に思わず零れたランディの声と、淡々とシキに報告するオルティエの声が重なった。
オルティエの声はランディには届かないし、届いても言葉の意味を理解はできないのだが。
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