第8話 優秀な護衛

 小国レドークの東に広がる人類未踏の樹海には、多種多様な魔獣が生息している。

 それぞれの魔獣が縄張りを持ち、樹海の奥に行けば行くほど魔獣は強くなり、より広い領域を支配していた。


 エンフィールド家が精霊を使って築いている防衛ラインは、樹海から数キロ入った場所にある。

 シキは魔獣と戦っている精霊……もといロボットのスプリガンを自らの目で確かめるため、樹海に足を踏み入れたのだが……。


 正面から飛び掛かってきた白い塊を、エリンは半歩引いて躱した。

 そしてすれ違い様に手にした剣で斬り付ける。


 白い塊は「ギャッ」と短い悲鳴を上げて地面を転がり、そのまま動かなくなった。

 シキは目の前に転がってきたそれをまじまじと観察する。


 血濡れたそいつは首切牙兎くびきりがとという名前の魔獣だ。

 発達した鋭利な前歯が特徴的で、人間の首くらいなら容易に切り裂くため、そのような物騒な名前が付けられている。


 見た目は愛くるしい兎のそれだが、騙されてはいけない。

 シキたちは首切牙兎の群れに襲われていた。


 エリンの右後方の藪から新たな首切牙兎が飛び出してきたが、そちらの方向を確認するまでもなく、気配を察知してエリンは屈んで躱す。

 頭上を通過する首切牙兎の腹を剣で貫き、串刺しになった白い肉塊を振り払う。


 剣からすっぽ抜けた肉塊は弾丸のように飛んでいき、丁度左前方の藪から顔を出した首切牙兎と激突した。

 その衝撃力はとてつもなく、双方の骨がごきりと砕ける音が離れたシキの耳まで届く。


 小柄な女性の細腕とは思えない膂力だが、それには理由があった。

 アトルランと呼ばれるこの世界に住まう人々は、世界を創造した神々から加護を授かっている。


 加護の内容は個人差や強弱があるのだが、エリンは強力な【剣神の加護】の持ち主だった。

 【剣神の加護】はその名の通り剣の扱いに限り、技能や膂力に絶大なる恩恵を得る。


 成人して間もない頃(この世界は十五歳で成人)のエリンはお転婆を発揮し、都会で冒険者の真似事をしていた。

 その時に付いた二つ名が〈剣姫〉だったとシキは聞いている。

 ちなみにシキは【吟遊神の加護】持ちで、その恩恵は声がよく通るとか、音感に優れているとか非常に地味なものであった。


 エリンは質素なドレスの上から外套マントを羽織るだけという軽装で、浅葱色の長い三つ編みを揺らしながら次々と現れる首切牙兎を屠っていく。

 四体から同時に襲われてもエリンは涼しい顔をしていたが、ここで複数の銃声が鳴り響いた。


 シキの横で待機していたオルティエはいつの間にか無骨な拳銃を構えていて、首切牙兎に向かって発砲したのだ。

 弾丸は正確に二匹の首切牙兎の頭部を撃ち抜き、破裂させた。


 急な出来事だったが、エリンは冷静に飛び散ってきた肉片を躱しながら、残る二匹の首切牙兎の首を切り飛ばした。


「余計な手出しだったでしょうか?」


「いいえ、ご助力に感謝しますわ精霊様」


 戦闘が終わり、あはは、うふふと不敵に笑い合う二人。


「え、なんでちょっと張り合う感じになってるの?」


「マスターの護衛はお任せください。この〈アーク・ファルコン〉は0.39マグナム弾を使用しており、その威力から一撃必殺と名高い大型拳銃です。首切牙兎はごらんの通りで、人体や中型魔獣に対しても致命傷を与えることができます。まだ他にも強力な武装もありますが、発泡が不可な状況でもエリン義母様程度の格闘術を嗜んでおりますので、問題ありません」


「あらあら、そうなのですか精霊様。それでは屋敷に戻ったら訓練がてら手合わせして頂けないかしら」


「承知しました。エリン義母様の胸をお借り致します」


 互いに豊満な胸を張り、再びあはは、うふふと笑い合うエリンとオルティエ。

 もう面倒になったシキは二人を放置して、一人で先に樹海の奥へと歩みを進めた。

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