『蒼銀騎士』
リンテンド・ワズガヴァルド――。
西方都市国家を納める王である彼女は忠を重んじ、結んだ義によって如何なる存在とも公平公正な関係を築く忠義の王。
都市国家奪還作戦の折に戦死した前王エランに仕えていた騎士で在り、前王亡き後は彼が掲げていた護国に燃ゆる。
武芸百般を修める彼女が最も得意とするのは蒼霊銀鉱を用いた多層的な錬金戦闘術である。
彼女が行う錬金は物質損耗が極端に低く、同材質、同質量なら例え一万回錬金を繰り返そうと強度に差が出ない。
いつしか蒼銀錬成と云われるようになった彼女の戦闘術は、その継戦能力の高さから一騎で城塞都市並の防衛力を誇ると称えられた。
「
「お前がこの天幕に向かったときから起きていたよ……。
気を休める一時すらこの場には無いのだな」
「戦いたくてウズウズしている癖に、よく云うよね」
垂れた髪をかき上げたのを見てすかさずそれを魔力で結う。
蒼の鎧を身につける彼女は僅かに漂う疲れた顔を錬金が齎す一瞬の閃光に隠した。
腕鎧の質量を一振りの槍へと変え、傍らで控える親身な魔女見習いに戦況報告を申しつける。
「現状は此方が優勢。
七体のボアツオには手こずらされたけどヘダンクィラの介入で各個撃破出来た」
「そのヘダンクィラに関してはどうだ?」
「ボアツオ咥えながら巣穴に入っていったよ。
今季はもう出てこないだろうね」
「魔物も一枚岩ではない、か……。
人への憎悪を燃やす者、腹が減ったから手近な物を喰らう者、手出しされなければ中立の者……。
一部は人との交流もあるというのにな」
「リズ――。幾ら人語を解そうともアレは魔に生きる者達だ、信用してはいけない」
「信用はしていない、形ある契約を結ぶだけさ。
破ればお互いに不利を被る。
終わりの無い戦にたったひとつ残された……生き残れる道だ」
凜とした面持ちを湛えながら天幕を後にするリズ。
その背を見つめる魔女見習いカラリ・シズ・ファズラは、慣れた様子で転移魔法を編み上げると戦場に王を送り届ける。
激音劈く戦場に颯爽と現れた蒼を見て兵士、傭兵、冒険者、前戦へと集った強者達が士気高揚の鬨の声を上げた。
槍を手に戦場を舞う女王――。
魔物は急所を抉られ、魔獣は手数で翻弄し、物理の効きづらい敵には連射する魔槍を見舞う。
「
鉱山地方特有の魔物、雷骸――。
固体、液体、定型、不定型を随時入れ替え雷撃を放ち、
魔力で守られた核を破壊しなければ何度でも復活を繰り返す厄介な魔物。
手練れが取り囲んで尚苦戦していたその魔物の核に、幾本もの槍が穴を空ける。
雷骸を打ち倒した後も魔物の層が厚い箇所へ槍の連射を継続。
攻勢穿ち切ったのを見て魔の渦中へと躍り出る。
「どうした魔物共ッ!牙を突き立てねば、我が肉は味わえぬぞ!」
人と魔の咆哮が木霊する最前線、前戦都市オキシェ――。
暴虐を穿つ蒼と、付き従う魔女見習い。
大きな戦果に隠れるように
女王が率いる駐屯軍は前線を押し進めやがて次の前戦都市へと赴く。
残酷な摂理と終わりなき戦に心底を荒らされる西の女王、だがそれは決して表へと出ることは無い。
『気高く、凜として険しく、そして強い……。
其方は、私が追い求めた騎士の理想だ。
願わくばずっと……』
そう在り続けてほしいものだ――。
それが亡き王の意思。
強く在り続けることこそが私に求められた全て。
陰る一瞬など吹き飛ばしてしまえばいいだけのこと。
無血に抑えられなかった初戦、犠牲を払って得た緩急、故に至ったひとつの考えは危険で敷き詰められた道だった。
統率――。
それは無秩序に思える魔物の襲撃に一定の周期を与える秩序だった。
……ならばそれは誰が与えたのか?
古き魔女曰く、それは人に在って人に非ず。
月光照らす闇夜に
ヴォルフよりも兇悪に、エルフよりも尚聡く、従える魔力は魔女十人分にも及ぶほど。
――魔人族。
生活減域の遙か外側に生息していると思しき人に仇なす悪魔。
命を軽んじ、魂を弄び、契約によって人身を掌握する巧妙な手練手管。
意外なことに女王の願いはそこにある。
理想を掲げ猛進する彼女にはもうひとつの現実が見えていた。
広がる境界を維持する為の人員、物資、そのどれもが不足する未来が……。
実際問題ジリ貧と言わざるを得ない現状を抱え、戦場で吼えることだけが生き抜く道なのかと自問した。
そうして得た答えは、長年の疑問を解く鍵にもなった。
本能のままに生きる魔物に秩序を与えている者こそ、――悪魔に他ならない。
誰よりも前に出て戦った彼女だからこそ感じ得た疑いようのない真実。
大きな流れ、大きな畝ねり、その大元の存在。
深くこびり付くように睨め付ける赤紫の気配。
契約を重んじるのであれば望みはある……。
例えカラリの言う通り魔人とは真に悪であり、和解の可能性など微塵もないとしても。
人の世に、後にも先にも道が無いのだとしたら……。
賭ける価値は充分ある。
天幕で揺蕩う意識の狭間。
理想に殉ずる自分と、生き汚くも明日を望む自分のせめぎ合いに閉じた瞼が震える。
傍らでそれを見守るカラリは精神安定の魔法を掛けようと呪文を探るが、鎧に覆われていないリズの手を久しぶりに見つめると魔力を伏し、ただそっと優しくリズの手を握りこむ。
度重なる錬金魔法の行使と魔物の重撃を凌ぐ勇ましい掌だと思っていたが……、反射でこちらを掴むその力加減は華奢な少女のように力ないもので……。
「いつまで……いつまで戦えばいいんだろうね、リズ……」
人と魔の最前線に僅かばかり訪れた静けさは、直後――、全身が総毛立つ咆哮によって瓦解する。
降り立つ黒――。
白金の王を幾つも侍らせたその瞳は、
身に秘めた憤怒の激情に赤紫を極限にまで放ち、
背負う漆黒の翼を広げると、
兇爪伸びる指先でただ一点を指差し、
殺戮の勅命を下す。
「壊せ、奪え、喰らえ。
語り継がれる詩《ウタ》 アルエルア=アルファール @Alela_Alfal
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