第31話 キス好き少女の口約束

「そろそろ起きてくださいヴァイルさん。私が寝ている時に目覚められても困るんですけど……」


「ん? 何処だここは……? 確かシーラとぶつかって……体が動かない……縛られているのか……」


 ヴァイルはロープでぐるぐる巻きになっていた。

 目を覚ましたヴァイルの瞳にシーラが映り込む。

  

「あ、やっと起きましたか。こんばんはヴァイルさん。ここは私たちが住んでいる教会の地下ですね」


「シーラ……おい待て! 殺さないでくれ! そうだ……まずは話をしよう。話し合えば分かりあえるはずだ」


「殺すわけないじゃないですか……ヴァイルさんを殺したらラアナはどうやって守るんですか……」


「ふっ……ふふ……で、何か用かシーラ? 俺様にラアナを守ってくださいお願いしますなどとほざいて惨めに懇願するつもりか?」


「よく一瞬で手の平返せますね……いっそ本当に殺してあげましょうか?」


「……」


「冗談ですよ。それより早く私とキスしてくださいヴァイルさん」


「キス? どういうつもりだシーラ……?」


「いえ、別にヴァイルさんとキスしたくて仕方がないとかそういうわけではないですよ……ヴァイルさんがこのままだと何するか分からないから、魔力を送ってあげるって言ってるんです!」


 メスの表情になっていたシーラは誤魔化すためにそう言い放った。

 シーラは胸元を少し緩くすると、卑しくヴァイルに近づいていく。

 

(何が目的だ? だが、危害を加えるのが目的なら俺様が気を失っている間に出来たはず……今は大人しくキスをしておくか……)


「ああ……分かった……」


「じゃあ……お願いしますヴァイルさん……ちゅっ……ちゅっ……れる……れろ……」


 シーラは軽く口付けをし、唾液を滴らせた舌をヴァイルの唇へとねじ込んでいった。

 何度か軽く意識を失いつつも貪るようにシーラはヴァイルと舌を絡み合わせる。


「んんっ……ぉお……(あっ……キス気持ち良いです……やっぱり私はもうヴァイルさんとのキスがないと駄目な体にされてしまったみたいですね……ヴァイルさんがこの謎の力に自覚がなかったのが不幸中の幸いです……)」


(魔力が回復していく……魔力を与えてもすぐ取り戻せるから構わないとでも思っているんだろうが、それなら取り戻される暇すら与えなければ良いだけだ……死ねシーラ!)


「はぁ……はぁ……少し落ち着いてきました……あ、ヴァイルさん……言い忘れてましたけど、私を殺したらヴァイルさんが消した人たちの記憶が戻りますよ」


 落ち着きを取り戻し唇を離したシーラは思い付いたようにそう呟いた。

 魔力を取り戻されるよりも早く魔弾でシーラを殺そうとしていたヴァイルは、それを聞いて咄嗟に魔弾を止めようとするも制御を失敗してしまい、その魔弾がヴァイル自身を襲う。


「うわっ……━━ぐえぇ……」


「何やってるんですかヴァイルさん……?」


「何でもない……それで記憶が戻ったら何だって言うんだ?」


「私に記憶を消すスキルを使った時に転移者って言ってましたけど、帝都で転移者と戦ってたんですよね? 記憶を取り戻されると転移者に狙われることになるんじゃないですか?」


「ふっ……もしそうだとしても死んだあとどうやって俺様の情報を伝えるつもりだ? そんなスキルでも持っていたのか?」


「方法は教えませんが、嘘だと思うならヴァイルさんの嘘を見破れるスキルで私が嘘をついているか調べてみてはどうですか?」


「既に使っている。シーラ……何が目的だ……?」


「決まってるじゃないですか。ラアナを守ってください。その代わりに私の魔力と体を差し上げます。どうですかヴァイルさん?」


「━━分かった……その提案に乗ってやる……ただ体ってどういう意味だ……?」


「わざわざ言わせるつもりですか!?」


 シーラは顔を真っ赤にして、声を荒げた。

 めんどうに思ったヴァイルは話題を切り上げる。 


「いや大丈夫だ……」


「それじゃあ外に出ましょうか。みんなにはヴァイルさんの本性は伝えてないですけど、変なことは考えないでくださいね。私を殺したりしてもそうですが、私の大切な人たちに危害を与えたらその時は私の判断でヴァイルさんが消した記憶を戻しますから」


「勝手にしろ」 

 

 ヴァイルはシーラの後をついていき地下から出た。

 地下の入り口で待っていたマキシムが涙と鼻水を大量に流してヴァイルに笑い掛ける。


「正気に戻ったみたいだなヴァイル……よかったぜ……ラアナを守ってくれてありがとなヴァイル……」


(きったねえな……近寄るなよ……)


「もう夕方になっていたのか……気にするなマキシム。助け合いだろ?」


「大丈夫なのヴァイル……?」


「ヴァイルさん大丈夫なんですか? 変な魔法をかけられたってシーラちゃんから聞きましたが……」


 少し離れたところで待っていたリューゲとラアナがヴァイルの方へと駆け寄っていった。

 ヴァイルは本性を一切感じさせない爽やかな笑顔を見せる。


「大丈夫だ。ラアナ、リューゲ心配してくれてありがとう」


「昨日の今日でよくそんな綺麗な笑顔出来ますよねヴァイルさん……」


「どうしたんだシーラ?」


「いえ何でもないですヴァイルさん……」


「ヴァイルが無事でよかった……助けてくれたんだよね? ありがとヴァイル」


「そうですね。みなさんが無事でよかったです」


「本当にお前さんには世話になったねぇ……私なんて気づいたらいいおっぱいに吹き飛ばされてたからねぇ……」


 遅れて近づいてきたマカがそう呟いた。

 ヴァイルの腹の虫が鳴り、グーと音が響く。


「おっぱい……? ━━あ、腹が……」


「なんだいお腹減ったのかい? 御礼に奢ってあげるよぉ。何が食べたいんだい?」


 マカは札束を見せつけた。

 答えようとしたヴァイルを押しのけるように、食い意地の張った二人が口を開く。


「トカゲの肉以外なら何でも……」


「私はステーキが食べたい!」


「私はお好み焼きが食べたいです!」


「私はヴァイルにしか奢らないよぉ。自分で払うんだねぇ」


「何で? いいじゃん」


「そうですよ。どうせそれ酒造とかの汚いお金なんじゃないですか?」


「うるさいねぇ。だったら何だっていうんだい?」


「えぇ……そこは否定してくださいよ……本当に酒造のお金なんですかそれ……普通に犯罪じゃないですか……」


「シーラは何が食べたいんだい? 特別に奢ってやってもいいよぉ」


「私は唐揚げが食べたいです。証拠もないのにマカさんのお金を汚いお金って言うのは良くないと思いますよリューゲさん」


「シーラちゃん……?」


「裏切るのシーラ……?」


「少しはダイエットしたらどうだいラアナ?」


「マカこそ、そろそろ即身仏でしょ? そういう修行したらどう?」


「ラアナちゃんそれ違う宗教です」


 ラアナとリューゲが食費を求めてマカとシーラに襲いかかった。

 取っ組み合いになった四人無視してマキシムはヴァイルの肩に手をかける。


「早く宿場町に行こうぜヴァイル」


「ちょっと……髪引っ張らないでくださいよリューゲさん!」


「一口、一口でいいですから……私はもう二日何も食べてないのですよ!」


「うっ……胸を押し付けないでください! その脂肪の塊あるんですから、ちょっと食べなくても問題ないんじゃないですか!?」


「(改めてだが、俺様はこんなのにやられたのか……)━━そうだな……行こうかマキシム」


 リューゲに胸でヘッドロックされ、もがいているシーラを見たヴァイルは死んだ目でそう呟いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

空の邪竜は地へ落ちた 梅田 蒼理 @Umeda_Aori

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ