「霧が呼ぶ」

低迷アクション

第1話

 「よぉ、ホー・チ〇ンの息子(1970年代、東南アジアでの戦争における共産圏指導者の名前を、アジア人蔑称の言葉等で用いる事があった)また、取材かい?だったら、俺様の話を残した方がいいと思うぜ?」


乾燥した気候と山岳地帯が主である、この国に設けられた駐屯基地の中を、迷彩服姿の人間が走り回る。密林に合わせた戦闘服の所々を彩る、黒い模様は血痕…


隣国の反政府勢力が台頭しているとは言え、今地域で戦闘が起きるのは稀だ。


戦場カメラマンの“F”氏は、偶然居合せた“突発的状況”をフィルムに収めている最中、一人の兵士に呼び止められた。


ブーニーハットから覗く男の目は血走り、白人特有の目元は血潮が占め、息遣いも粗い。


何より、手元に携えられた40ミリ擲弾発射機付きのM16突撃銃から指を離さない彼の様子から、戦闘に参加した兵士である事が察せられた。


F氏は、この人物“チャーリー・モビーク2等軍曹(仮名)”に取材を行い、彼が参加した“山岳基地偵察任務”の詳細を記録し、発表しようとした。


しかし、その内容は、常軌を逸したモノであり、基地内の混乱と、チャーリー軍曹の様子を実際に見たモノでなければ、到底信じられない内容だった。


当時、そして、これより90年代後半までに流行した未確認生物、飛行物体向けの企画とは言えば通用したが、戦場の真実を届ける使命に燃える若きF氏としては、例え、軍曹の話が本当だと言われても、容認する事は難しかったと、後に語っている。


結局、この話はF氏の胸の内に留められ、世に出る事はなかった。


加えて、1979年、現代に至るまで、軍曹の所属する政府、軍からも発表はなく、戦場と言う異常空間で、幻覚を見たのでは?と言う考え方も出来る。最も、これより3年後に、ある大国と駐留地の国が、1つの小島を巡って紛争を起こし、その際に軍曹が所属する特殊作戦グループの支援行為が、批判の矢面に立たされ、彼の体験事態が雲散霧消したと言う可能性も考えられた。


何故、今、この話が公開されたかと言うと、やや複雑ではあるが、こんな経緯がある。


7年前、投稿者の友人が、都内で開かれた、「妖怪・怪獣・擬人化」ジャンルの同人誌即売会に参加した。当時流行だった動物の擬人化キャラのファンアートを手に、参加した友人は“東南アジア地域における妖怪まとめ本”や“故水木◯げる氏”からお墨付きをもらったと言う“妖怪ぬらりひょん”のコスプレ等のガチ勢に、ただ、ただ圧倒され、とてもフレンズでない空気をひしひしと体感し、流れで連れていかれた打ち上げでも、濃い参加者達の迫力に悪酔いを起こしそうになったと言う。


そんな、友人の様子を心配した主催が、彼を酔い醒ましに誘った喫茶のマスターが

F氏だった。


かつての戦場カメラマンと、創作者の友人がどういった経緯で意気投合したかは不明だが、F氏は、その席で38年振りにチャーリー軍曹の体験を、彼に話した。


元々、特撮やB級ホラーに目がない友人は、イベント用に持参したスケッチブックに、詳細を記載し、同じく、同好の趣味を持つ投稿者にスケッチブックを見せ、興味を覚えた投稿者はコピーを取ったまま、7年間失念する。


そして、現在…変動し続ける環境破壊と、たまたま視聴した南米の戦争映画の舞台…


霧深い山岳地帯を進む兵士達を観た時、唐突に、この話を思い出し、現投稿に至る。


前置きが非常に長くなった。


以下に始まるのが、1979年、某国特殊作戦グループ所属、チャーリー・モビーク2等軍曹の体験を小説風にしたものである。


最後に、彼が“塞ぐ”と言った穴に関しては、それ以降、かの国で何の変事も無いことから、成功したと考えるのが、妥当であるが、現在の状況を踏まえると、ハッキリ言えない杞憂をヒシヒシ感じるのを否めない…



 UH-1ヘリの横を開けると、白く濃い濃霧が、中に入ってきた。


「こんなに見えないのは、故郷(くに)でも、ついぞ見た事ねぇ。なぁ、皆?」


相棒のリロイが、M14ライフルの銃床を叩きながら、弾んだ口調で、仲間に同意を求めていく。


この陽気さが、チャーリーの未だ心中で燻り続ける東南アジアでの負け戦を紛らわしてくれていた。


「リロイ、お喋りはそこまでだ。まもなく、目標に到着する。降下準備」


隊長のグレン中尉が低く告げ、短筒に切り詰めたM16小銃を肩に背負い直す。


軍事顧問として、派遣された自分達が出動する異例の事態…


山岳にある前哨基地からの定期連絡が途絶えたのは数時間前の事だ。基地の通信手が最後の交信時に、銃声を聞いたとの報告を行う。


その万が一に備え、自分達、派遣部隊4名と現地兵5名がヘリによる威力偵察に向かう事になった。


基地に続く唯一の橋は、谷に転落しているのが、濃い霧の中で、どうにか確認できる。反政府勢力による爆破か?どうかは判断がつきかねた。


急速なインフラにより、近代化されたとは言え、この国の山間部はまだまだ、前時代的…


実際に着陸してみない事にはわからない。


だが、その疑問は、降下に成功した後でも、ハッキリとはしなかった。


「爆破ではないと思います。かと言って、自然に崩落したとも言えない。強いて言うなら…」


黒縁の眼鏡を押しあげ、工作兵のジャックが口を噤む。


「言うなら何だ?伍長(ジャックの階級)」


「いえ…恐らく老朽化ですね。基地に急ぎましょう」


「よし、全員、警戒維持のまま前進」


何事にも明確さを求める指揮官は、こう言った場面で融通が効かなくなる。

チャーリーはジャックの隣に並ぶと、肩を小突く。


「何です?軍曹」


「実際の所はどうなんだ?ジャック?話してくれよ」


些細な事が、後の大事に繋がる事は、経験から学んでいる。

ジャックも、それがわかるのか?念を押すように声を潜める。


「笑わないで下さいよ」


「当たり前だ。そもそも平穏時の唐突奇襲なんて笑い話にもならない」


「じゃあ、言いますがね…」


そこで一息ついた工作兵の言葉は、チャーリーの全身を否が応にも硬直させた。


「ハッキリ言って、橋を壊したモノは、ゲリラでも自然でもない。何か大きな動くモノがぶつかって、橋が砕けたようです」…



どこまで続くかと言う長い階段を登り終えた頃には、事態の異常性が、嫌でも部隊全員に浸透していた。

左右に広がる塹壕陣地は、所々が崩れ、設置された機関銃や重砲は、全て仰角が最大まで上げられ、上を向いた状態で、バラバラに壊されている。


「まるで、谷底から、キングコングが出てきて、塹壕を蹴散らしながら、山を上がった。そんな所かな?どうだい?チャーリー?」


「冗談にもならねぇ」


努めて陽気さを振る舞う、リロイの足元には、空薬莢と、泥だらけの軍靴の跡、投げ捨てられた小銃が列をなしている。


「左10時の方角、味方の死体です。ペシャンコだ」


「そこまでだ。ジャック」


緊張したジャックの言葉をグレンが遮った。


「現地兵が怯えている。オイッ、ペレ!」


現地無線兵のペレが如才無く、指揮官の隣に並ぶ。だが、動きと違い、顔面は蒼白だ。


「現状報告を本部に入れてくれ。基地は共産勢力の武装ヘリに攻撃を受けた可能性がある」


「相手はゲリラじゃないですよ。中尉殿」


「何?」


「霧が、奴らを呼んだんだ。アイツ等は霧と共にやってくる」


「それは、アレかい?ペレ?こんなミルキーウェイみたいな濃い霧に乗って、おたくの国で言う所のゴジラでも乗り込んでくるってのかい?」


「ゴジラじゃないです。リロイ軍曹、ツァール、ツァールが来たんだ」


「いい加減にしろ!リロイ、ペレ!とにかく定時報告を」


甲高い金属を擦り合わせたような音が響いたのは、その時だった…



「周辺警戒最大レベル、音の出どころを探せ。各個判断で射撃を許可する!

行け!行け!」


グレンの指示に、部隊は頂上から開けた基地内部に突入していく。


油断なくM16を構えるチャーリーの視界は、霧によって、歪められるが、鼻を突く

腐臭と、足元をぬかるませる、血が染みて、粘つく土は基地の兵士達がどうなったかを物語っている。


やがて、一際臭いが強い場所に、自然と集まった部隊全員が顔を見回す。


「辺り一面、血塗れです。中尉」


「壊れた武器と肉片を確認、ここはヤバイ、ペレ、早く無線を」


興奮して喋る現地兵とジャックの後方に、黒く大きな影が覗いた瞬間、リロイとチャーリーは同時に発砲する。

高速のライフル弾をいくつも喰らいながら、霧から現れた“それ”の姿はチャーリーの瞼に深く焼き付く。


全体的に緑がかった爬虫類ヅラは、悲鳴を上げる間もないジャックと現地兵を牙でかみ砕き、呑み込んでも、まだ、余裕がある程の巨影…


霧に隠れ、頭だけしか見えないが、100フィート(30、40メートル)はあるのではないか?


そこだけで、人間を包み殺せそうな、黄色い目は充血し、こちらを睨んでいた。


「ジャック、コルテス!クソッ、Ⅿ72(携帯式ロケットランチャー)用意」


「了解」


二人の体をごちゃ混ぜに、口腔で嚙み合わせる怪物は、巨大な熊手状の腕と肉片を飛ばし、距離を詰めてくる。発砲する仲間達の援護を盾に、チャーリーはリロイの背嚢から短い筒を抜き出し、一気に引き延ばすと、ヒドイ悪臭を漂わせる鼻っ先へ、ロケット弾を撃ち込む。


花火のような閃光と白煙が辺りに立ち込めたと同時に、先程の金切り声が上がり、

怪物の頭が霧に消えた。


「やったか!総員、すぐにこうた…」


叫び、後ろを振り返ったグレンの顔が驚愕に見開かれる。


「う、後ろにも」


ペレの絶叫に、ランチャーを投げ捨てたチャーリーは、M16の下部に装着された擲弾を、新たに向かってくる2匹へ向けて、発射した。

小さな爆発は、巨大すぎる四つ這いの進撃を止めるには至らない。新たに2人の現地兵達が、赤く爛れた口腔に消えるのを見たリロイがM14を連射し、グレンが叫ぶ。


「手榴弾、手榴弾!」


全員が銃を撃ち、肩に止められた榴弾の安全ピンを抜いて放つ、数秒後…連続した爆発が、緑の巨体のあちこちで上がる。


金切り声の二重奏が基地全体を震わし、反転した1匹の鉄塔ばりに長い尾が現地兵に巻き付き、彼の断末魔と骨の砕ける音を霧の中で震わせた。


「助けろ!」


新たな30発入りの弾倉を差し込んだM16を向け、叫び、発砲するチャーリーの横で、リロイのM14が吠える。金属の作動音と火薬が起こす爆発音は、鼓膜を容易に聞こえなくしていく。


「小銃弾では駄目だ。M72を」


「中尉!最後の一本です」


「構わん」


ペレの背嚢からランチャーを抜き取ったグレンが、砲筒を構え、撃つ。


ロケット弾は怪物の後部を直撃し、トカゲの尻尾切りのように、根本が千切れて、落下する。


「キャプティファロ!」


ペレが同僚の名を叫び、腕を取るが、力なく首を振った。


「クソッ、連中、まだ諦めてねぇぞ」


弾倉を交換したリロイが呟く。霧の中を巨大なシルエットが際限なく動き回り、金切り声と地面を震わす音は際限なく続いている。


「基地の指令所へ、建物の中に避難するんだ」


「了解」


「俺とチャーリーが殿を務めます。お早く」


リロイの声に頷き、チャーリーは装填し直した擲弾を、霧の中に撃ち込む。


「スマン、先に行く」


頷いたグレンが前方の霧へ向かって、走り出し、顔面を焼け爛れた、最初の1匹の

口腔へ、吸い込まれた時、残りの全員がここから生きて還る事は出来ないと悟った…



 「チャーリー、残弾を教えろ」


「5.56ミリは90発弱、手榴弾は空…擲弾は3発、拳銃は自殺用かな…ペレは?」


「7.62ミリのアンモ(弾帯)100発、手榴弾は無しです」


「俺も大体、同じくらい…ペレ、アレがツァールか?」


「そうです。伝説は本当だった」


銃弾と手榴弾の大量消費の末に、チャーリー達は、指令所への避難を諦め、塹壕の一つへ身を潜めていた。屋根もなく、敵からは丸見えだが、周辺に囲まれた土嚢が僅かでも、敵の襲撃を妨ぎ、自分達を食べようと大口を開ければ、溝に顔を詰まらせ、反撃と後退の時間を稼げると判断した結果だ。


最も、連中が全体重をかけて、のしかかってくれば、この陣地もひとたまりもないが…


「話してくれよ。ペレ、今ならどんな事だって信じられるぜ?」


チャーリーの言葉に、ペレは、ゆっくりと口を開く。


「私達の国では、地上の下に、もう一つ別の世界があると言われています。そこを支配するのは巨大な怪物達…奴等の世界は、白く濃い霧に包まれている。その霧が地上に漏れ出し、地下と同じ状態になる時、奴等は上がってくる。抱負な餌を求めて…」


「つまりアレか?この谷の底が入口で、連中はそっから這い出してきたと?」


「そうです。基地をうろつくのは3匹ですが、もっといる筈…谷を塞がないと」


「“ブロークンアロー”だ。ペレ、すぐに通信を」


「マジかよ?チャーリー」


「ああ、マジだ。リロイ、生存者は俺達だけ…手持ちの装備では殺せない。なら、ここを吹き飛ばすしかない。基地を失うが、仕方ない。霧で奴等の姿は見えないが、座標は本部でわかる。ここら一帯を吹き飛ばすぞ」


こちらの提案に、しばしの翔潤を見せた後、リロイとペレが同時に頷く。


「よし、やろうぜ」


「本部には基地が敵に制圧されたと伝えました。ブロークンアロー (ここでは、緊急事態、味方問わず、攻撃、殲滅の意を指す)了解、ヘリは既に向かっているとの事です」


敬礼したペレの顔が歪む。頭上には、6つの目が妖しく光り、霧の中から下ろされた大蛇並みに蠢く舌が、彼を絡め上げていく。


「この野郎」


リロイがペレのFN軽機関銃を抱え、撃ちまくる。チャーリーは、銃口を出来るだけ、舌に近づけ、発砲しながら、ペレの足を掴んだ。

悲鳴を上げ続ける彼に、全身で追い縋り、引き摺り下ろす。再び地面に着いた落下音は3つ…


「腕が、腕が…」


スライサーのようにズタボロになったペレの両腕は袖から先が消えている。


「畜生!」


ペレの腕を彼自身に持たせ、土嚢で覆うと、眼前に迫る1匹の大口に擲弾を叩きこむ。空になった弾倉を交換し、塹壕の中を這い進みながら、地獄の使いのような舌先を、銃弾で蹴散らしていく。


「リロイ、これが最後のマガジンだ」


「擲弾が残ってるだろ?それとグッドニュース、聞こえるか?女神の歌だ」


「ヘリか!」


直後に土嚢が砕け、リロイの下半分が緑に覆われた。


「リロイ!」


叫ぶ、自身の足元に、怪物が隣の塹壕から運んできた迫撃砲の榴弾が転がる。


「リロイ!今、助ける」


信管を地面に叩きつけ、投擲した刹那、閃光と爆発が塹壕を支配した。


気を失っていたのは、数秒…次に目を開けた時は、怪物の1匹が土嚢を蹴散らし、

のた打ち回るのと、その大口から逃れたリロイが、血塗れの体でM14を撃ち、


“ペレを連れてこい”


と叫ぶ姿…傷だらけの全身をどうにか立ち上げ、土嚢からペレを抱えるのと、頭上をヘリが通過したのは、ほぼ同時だった。

リロイが機上から下ろされたロープとストレッチャーを掴み、ペレを乗せる。それに続くチャーリーの足に激痛が走った。


振り返れば、怪物の1匹が、伸ばした舌先で自身を絡め取ろうと動く。


「チャーリー!」


「これでも喰らえ!」


腰だめに発射した擲弾は、相手の目玉を直撃し、薄黄色の飛沫を飛ばしながら、爆ぜさせる。そのまま、搭乗員に引き上げられた横を戦闘機が通過し、基地に赤い爆炎を落としていく。


「花火の時間だ」


おどけたように喋るリロイ、その横ではペレが緊急治療の必要措置を受けている。


「チャーリー…俺達、生き残ったな」


言葉とは裏腹に、彼の迷彩服には、黒い染みがどんどん広がっていった…



 以上がチャーリー・モビーク2等軍曹の体験である。基地へ帰還した3名の内、

リロイ2等軍曹、ペレ伍長は、治療空しく死亡している。


チャーリー軍曹に関しても、彼はしきりに、爆発の効果を気にしており、基地が

ナパームで完全に燃え尽き、何も残っていないとの報告を受けても、納得しなかったと言う。


これより、数日後、軍曹は基地から大量の爆薬と共に姿を消す。消えた量はザッと大型ビル一つを吹き飛ばす事が出来るモノだった。


軍曹が穴を塞げたのかの確証はない。彼等が戦った前哨基地は、全てが土砂で埋まり、穏やかな光景が広がっている。


だが、最近、かの国では豪雨災害の報道をよく目にする。大地を変容する程の雨量が余計なモノを目覚めさせなければいい…投稿者の憂いが形となって現れない事を祈るばかりである…(終) 

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