時ヶ島
平葉与雨
時ヶ島
崩れゆく砂場の城に涼やかな風が吹くと、その城を建てた小さな男の子は、笑いながら空を眺めました。
砂場の近くにある木陰に、三十代くらいの男がひとり立っています。男は砂場から出ていく男の子を見て、どこか懐かしむような表情を浮かべました。
「よし、まだあるな……」
男は声を漏らし、機械となった自分の両足を見ました。
幼いころ、公園から家に変える途中で暴走車に衝突され、治療むなしく体の半分が機械となってしまったのです。
そう。男が見ていた小さな男の子は、悲運を知らない男自身です。
男はずっと後悔していました。
もう少しだけ砂場にいれば。
もう少しだけ城を作っていれば。
男は過去を変えたいと、毎日のように願いました。
そしてついに、そのときがやってきました。男の家に『
時ヶ島はどの地図にも載っていない幻の島です。
過去に戻りたいという気持ちが濃く表れると、島への扉が開かれると言われています。
招待状が届いてしまえばあとは簡単です。
戻りたい時間を強く頭に浮かべ、招待状を開く。すると、気づいたときには時ヶ島にいます。
男もそうやってここにたどり着きました。
時ヶ島というのは、望んだ時間が流れる不思議な島なのです。
「公園を出るのを遅らせれば、この足は戻ってくるはず……」
男は話しかけることで少しだけ流れをズラそうと考えました。
しかし、男はすぐにその考えを捨てました。直接的に過去の自分に影響を与えてはいけない。ふとそう思ったのです。
「声で注意を引くか」
男はこれでもかと息を吸い込み、大きな声で「うわっ!」と叫びました。
「……っ?!」
男の子は驚きのあまり、こわばった表情でキョロキョロしています。
数秒ほどはそのままでしたが、何もないとわかると、男の子は公園から出ていきました。
男は過去の自分を後ろから追いかけることにしました。ちゃんと遅らせることができたか確認したかったのです。
しばらくして、男の記憶が鮮明になってきました。当時の事故現場が近づいているからです。
「たしかこの先だったはず」
男の子はちょうどその場所で立ち止まりました。
記憶にない行動をした過去の自分を見て、男は少しだけ焦りました。
しかし、事故は男の子が来る前にすでに起こっていました。公園から出る時間が少しだけ遅れたからです。
「はぁ、よかった」
男は安心しました。事故に巻き込まれるのを防げたのです。
すると突然、男の目の前が真っ白に光りました。
これは時ヶ島の扉が閉まる合図です。訪問者が安心したり満足したりすると、幻の島は消えてなくなるのです。
「はっ……」
気がつくと、男は元の時間に戻っていました。
時ヶ島への招待状はもうありません。時間旅行は一度きりなのです。
男は高まる気持ちを抑えながら、自分の両足に目を向けました。
「なっ……!?」
男はあまりの衝撃に、しばらく息が止まりました。
元に戻るはずの両足は、機械のままだったのです。
「なんで変わらないんだ……」
男は嘆き悲しみ、冷たい両足を思いっきり叩きました。
外に音が響くほどの強い力で、何度も何度も叩きました。
——ガシャン。
男の両足は耐えられず、とうとう壊れてしまいました。
今はもう、動かすことはできません。
「ははっ……」
しかし、男は痛みを感じることはありませんでした。
それどころか、静かに笑っていたのです。
時ヶ島 平葉与雨 @hiraba_you
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