第35話 平和
弔いの翌日も要塞の復旧工事は続けられた。ミルグレーブ氏はそのまま留まり、軍の指揮をとった。俺達はミルグレーブ氏とロムレスら幹部とともに、会議用の天幕で今後の方針を協議した。
と言っても皆の意見は一致していた。ゴブリンが望まぬ限り、これ以上の戦いは無しだ。ロムレスも俺の戦技が防衛に特化していると知っているので、ゴブリン領への進軍には慎重だった。
後はゴブリン達がどう出るかだが……俺達が話し込んでいると、突然伝令が飛び込んできた!
「報告いたします! 白旗を掲げたゴブリン三騎がこちらへとゆっくり向かってきております!」
「来たか……よし、こちらも白旗を掲げろ。各部隊には決して手出し無用と厳命せよ!」
どうやらこの世界でも、戦意無き事を示すのは白旗らしい。先代勇者の影響なのかは知らないが同じで助かる。……お前らを地上から一人残らず抹殺するとかの意味でなくて良かった。
ロムレスが部下たちに厳命すると、俺とミルグレーブ、ロムレスの三人で彼らに向かっていった。一応この軍勢はロムレスが総指揮官なので彼が先頭に立ち、俺は白旗を持った。ゴブリンも俺を恐れているだろうから、俺が持てば彼らも少しは安心するだろう。
ロムレスは外交特権を与えられているらしく、休戦条約の締結なども独断で行うことができるようだ。性格はともかく、軍事的にはリアリストである彼を、姫も信頼はしているのだろう。
俺達はゆっくりと彼らに近づいていった。なおゴブリンはいずれも大猪に騎乗していた。それで伝令は三騎といったのか……。先頭のゴブリンには見覚えがあった。ゴブリン将ブエルの副将、ジルドルだった。俺と面識がある彼が軍使に選ばれたのだろうか……
彼らは猪から下りると、俺達に近づいた。双方とも武装しているが、戦意は感じられなかった。俺達は向かい合ってじっと見つめあった。先に話し始めたのはジルドルだった。
「ゴブリン将、ジルドルだ。ゴブリンライダーズの棟梁を任させれている」
「ドムスギア軍、第一軍団長。ロムレスである」
「ヴァイスランの首長、ミルグレーブだ」
「……陸上自衛官、榊幸太郎です」
ジルドルは俺を見ると、苦々しく顔を歪めた。本心では俺と戦いたいのかも知れない。だが彼は俺を無視してロムレスに話しかけた。
「……細かい条件は後で詰めるとして、我らとしては、休戦を申し出る。少なくとも三年は貴国に対して軍事行動は行わぬ」
「停戦でなく、いきなり休戦とはな……。いいだろう、その条件を受け入れよう。詳細については、後日決めるとして、とりあえずの軍事境界線はどうするのだ?」
ロムレスが尋ねると、白旗を持ったゴブリンがそれを勢いよく地面に突き立てた。
「ここで構わぬ。異論はないか?」
ロムレスはゆっくり頷くと、俺に目くばせをした。俺もゴブリンにならい、白旗を勢いよく突き立てた。
「こんなことなら走って向かうのだったな。少しでも領土は取り返しておきたい」
ミルグレーブ氏が冗談とも本気とも取れる発言をした。ともあれ、俺はこれで戦争が終わるのだとほっと一息をついた。
「……いずれ我らの外交団がここへ訪れるだろうが、それまでに会場でも用意しておけ。俺の役目はここまでだ。我らは帰らせてもらう」
ジルドルはそう言って去っていった。だが大猪に乗る直前、俺をひと睨みしてきた。その目には明確に憎悪の炎が宿っていた。……戦争は終わったが、憎しみの火が消える日はくるのだろうか……去っていくジルドルを見ながら俺は一人思い更けた。
●
その後、俺とライアはしばらく要塞に滞在した。休戦条約は締結したが、相手の騙し打ちや、休戦に納得しない者たちが暴発しないとも限らない。ルセウム軍はミルグレーブ氏が率いて帰還していった。兵糧の問題もあるので、いつまでもここにはいられない。
ドムスギア軍は残り、要塞の復旧と、軍事境界線にそって簡易な防御線と会談用の施設の建設に従事した。その後、連絡を受け、ドムスギアの全権大使がやってきた。ゴブリンたちも外交団を派遣して、正式に休戦協定が結ばれた。
会議には俺も同席したが、専門用語がわからず、聞き流すばかりだ。だが結局は双方ともに賠償金なし、三年間は軍事行動を行わないとの条約に落ち着いた。
この協定を破った所で、この世界には国連のような組織は無いのだが、協定破りは種族全体の恥と見做されるようで、滅多な事で破られることはないようだ。そして両国が協定の書類に調印した瞬間、俺の『専守防衛』はすうっと消えてしまった。あくまで休戦なので、終戦とは少し違うが、『専守防衛』は戦いの終わりを宣言したようだった。……これで戦争は終わったのだ。
●
その後の日々は忙しかった。俺はヴァイスランに戻り、英雄として皆から祭り上げられた。先延ばしになってしまった、祝宴も実施された。そしてライアだが、彼女はビキニアーマーを捨て、貴族令嬢として美しいルセウム式のドレスを着て、俺と祝宴に参加した。
彼女の加護が消えた訳では無いが、ひとまず戦いは終わったのだ。もし急に戦争が始まれば、彼女の加護による強化は当面発揮されず、戦力にはならないが、そんなことは起きないだろうし、起こったとしても俺が彼女と、そして皆を守って見せる。なぜなら俺は自衛官だからだ。人々を守るのが、俺の
祝宴は三日三晩続き、ようやく終わろうとした頃、帝都から使いの者がやってきた。曰く、勇者の栄誉を表する式典を行うので来てほしいとの事だった。勿論、断る理由もないので俺は帝都へと向かった。ライアも一緒だ。他にもミルグレーブ氏をはじめとしたルセウム人の重鎮たちが俺と行動を共にした。
何しろ大人数の団体だったので、時間が掛かってしまったが、その方が帝都の人達には都合がよいようだ。準備には時間が掛かる為だ。俺達は道中、俺が助けた村などにも立ち寄り、村民たちはひれ伏して俺に感謝した。
……勇者をやってはいるが、どうにもこういった対応はなれないな。これから一生、勇者としてかしずかれるのかと思うと、少し気が重かった。俺は普通の会社員の家庭に生まれたのだ。こんな対応をされても恐縮するばかりだ。
ともかく、俺たちは帝都に到着し、市民たちの歓呼の声に迎えられた。久しぶりに来た帝都だが、前回は碌に街を見ていなかったが、ずいぶんと賑わっていた。城壁も国境要塞よりもはるかに堅固で流石にドムスギアの首都だけはある。
観光でもしたいところだったが、そうもいかない。俺達は皇宮に案内され、会議室で待たされた。暫くして久しぶりにユリアナ姫とカインに再会した。
「勇者殿! この度のご活躍、誠にお見事でした! あなたこそ! 真の勇者です! これからもヒューマンの安寧の為にそのお力をお貸しください!」
「はは……勿論です……」
ユリアナは感激して涙を流しながら俺の手を取った。その勢いに俺は少し引いてしまった。カインはミルグレーブ氏に詰められ、小言を言われているようだった。ザルトス侵入の一件を忘れてはいなかったらしく、お前の恥はルセウム人全体の恥となるのだ! と怒られていた。彼も大変だな……
その後、姫と近況を話し合った。残念なことに皇帝は亡くなってしまったようだ。戦争終結を聞き、安心したのか、穏やかに亡くなられたようだ。跡継ぎは、皇帝の末子ユリエスが着くことに決定したが、いまだ六歳の幼児らしく、当面は姉のユリアナが摂政として引き続き政務を行うらしい。
なんというか、ユリアナも大変だな。そういえば俺は彼女の事を何も知らないなと思い、それとなく聞いてみた。どうやらまだ独身で、年は二五才らしい。皇族でその年齢で独身をいうのは違和感があったが、どうやら婚約者は戦死ししたらしい。平和は訪れても死んだ人達は返ってこない。女神も死者だけは生き返らせる事はしなかった。俺はやりきれない気持ちになった。
ともかく、俺は式典の日を聞き、式次第の要領や、儀礼作法を教わった。といっても難しいことは何もなく、ただ皇帝が礼を言うので、それを受けてくれればいいだけらしい。俺の立場だが、ある意味で皇帝より上だ。何しろ俺は神から遣わされた勇者というのが公式の立ち位置だ。だから皇帝といえども偉そうには出来ないらしい。神に対して不遜になるからな。
そしていよいよ式典の日がやってきた。
●
俺はその日、いつもの迷彩服では無く、陸上自衛隊の冬制服に身を包んでいた。頭には制帽を被り、靴は短靴だ。もちろんつま先はぴかぴかに輝いている。迷彩服はあくまで戦闘服だからな。式典ならばこちらの方が適切だ。
例によって、召喚で簡単に呼び出せたが、俺は違和感を覚えた。原因はすぐに判明した。本来なら肩に部隊章や階級章が付いているのだが、何もないのだ。やはり今の俺は自衛官であって自衛官でないのだな。だが一つだけ付いているモノがあった。
「……これは? ひょっとして精勤章か?」
左の袖口に山なりの線のようなものが縫いつけられていた。班長の制服についているのを一度見たことがあった。だがおかしい、精勤章は二年間勤務した自衛官に付与されると聞いた。俺には受領する資格は無いはずだが。その時、俺は班長が言っていた言葉を不意に思い出した。
「自衛隊はな、黙って勤務していれば自動的に年数によって精勤章が授与されるが、アメちゃんの精勤章は一度戦争に趣くと一本授与されるんだ。だから歴戦の軍人など肩まで精勤章で一杯になるんだ。まったくあいつらの成果主義は大したもんだよ」
「なんで精勤章だけ米軍式なんだよ!」
俺はつい声に出して突っ込んでしまった。恐らくだが俺が一度戦争に趣いたので、精勤章が授与されたのだろう。……まあ神様なりに俺の働きを褒めてくれたのだろう。有難く貰っておこう。……それにしても、この山線が増えないことを祈るばかりだ。
ともかく、式典の用意が整い、俺は皇宮の謁見の間へと進んだ。いかにもゲームに出てくるような豪華な広間だ。俺が歩く部分にはレッドカーペットが引かれ、大理石の柱が立ち並び、近衛兵が立ち並んでいる。
そして両脇には何百人もの人々が固唾を飲んで俺の事を見ていた。どうも皆貴族らしい。ローマ式のトガに身を包んだ人物やら、この世界でははじめて見る褐色の肌をした人、見慣れたルセウム人。そしてなんと獣人のような人までいた。全身を毛で覆われている。彼らもヒューマンの範疇なのだろうか。
「勇者、サカキコータロー様の入場です!」
俺は名前を呼ばれて、皇帝の元へと進んだ。長いレッドカーペットの先には豪華な玉座と、そしてそれに不釣り合いな幼児が座っていた。横にはユリアナが控えている。
俺は皇帝の前に進むと、敬礼をした。皇帝はまだ何も分かっていないので、ユリアナが代わりに敬礼をした。そしてそのまま彼女は話し始めた。
「神が遣わし、勇者サカキコータロー様、貴方様の活躍をヒューマン一同、心より御礼を申し上げます。今回の戦功に大して、私共は生涯のその武功に敬意を払うことを約束し、衣食住に困らぬよう、年金を支給致します。……他に要望があれば何でも仰ってください」
ここまでは打合せ通りだ。勿論欲しいものがあれば何でも言ってくれと事前に聞かれている。俺が望めば豪華な宮殿やヒューマン選りすぐりの美女を集めたハーレムでも何でも用意すると言われていたが、丁重に固辞した。
……本当はハーレムに少し興味があったが、『誠実』が赤く点滅しそうだったため取りやめた。どの道俺にハーレム暮らしは無理だろう。なにより俺にはライアがいるのだ。とにかく年金が貰えるなら当面はそれで充分だ。だがそんな俺に思わぬ声が掛けられた。
「ねえ、勇者のお兄ちゃん。これからもずっと僕たちを守ってくれるんでしょ?」
「は? ええそれは勿論ですが」
「じゃあ、姉様と結婚してあげてよ。お兄ちゃんがずっとここにいてくれればみんな安心するから」
「ユリエス! 突然何を言うのですか!」
少年……いや幼年の皇帝が突然、妙なことを言い出した。当然式次第には無い事なので、ユリアナも慌てだした。
「ねえいいでしょ? 何が不満なの?」
「およしなさい! 勇者殿、幼子の申す事、お気になさらずとも結構です」
そうユリアナが言うが、彼女も頬を染め、満更でもなさそうだ。……参ったな、これはもしや俺をドムスギアにつなぐための策か? それにしてはユリアナも周囲も戸惑っている。この子の独断で言っているのは間違いないようだ。
……どうもこの子は末恐ろしいな。六歳とは思えない。天性の政治の才があるのかもしれない。皇帝としては適任かも知れないが、その才能が変な方向に向かうことが無い事を祈るばかりだ。
しかし困ったな、どう断ったものか。俺がもじもじしていると、脳内で誠実が赤く点滅を始めた。これはいけない! きちんと自分の気持ちを言えということか! 仕方ない! 貫け、誠を!
「陛下のお言葉は有難いですが、自分には好きな人がおりますので、謹んで辞退致します!」
「ふーん。そう。で、誰が好きなの? 教えてよ」
こ、このクソガキ! 調子に乗りやがって! 上等だ! 俺の大和魂をみせてやるぜ!
俺は周囲を見回し、ルセウム人の重鎮が集まる一角にいるライアを見つけた。そのままそこへ行き、ライアの手を引っ張り皇帝の前へと連れ出した。
「ちょっとコータロー! 何をする気なの!?」
「いいから今は黙って! ……陛下、この
「……ハイ!」
彼女は涙を流して俺のプロポーズに答えた。俺はそのまま勢いに任せて熱いキスをした。みたか、クソガキ! これが俺の答えだ!
一同は困惑しっぱなしだったが、俺のライアへのプロポーズを聞いて、ルセウム人達が一斉にウオー! と雄たけびを上げた。それにつられて皆が拍手を始めた。なんだが知らんがとにかく目出度いと感じたようだ。
俺とライアはいつまでもキスを交わしていた。気づいたときにはクソガキはいなくなっていた。少し落ち込んだ様子のユリアナが言うには、つまらなそうに帰ってしまったらしい。結果的にユリアナに恥をかかせたようで申し訳なかったが、自分の気持ちに嘘はつけない。
式典は終わり、俺達は手を取り合って会場を後にした。さて、これからの人生何をして過ごすか。……まあやることは決まっている。ライアとの私生活はともかく、何せ俺は自衛官、人々の平和を守るのが俺の
ライアの手のぬくもりを感じながら、俺は平和となった世界へと足を踏み出した。
第一部 完
ろくよん! ~新米自衛官 榊幸太郎の異世界戦争録~ 大島ぼす @1957141
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