第34話 弔い

 俺達が敬礼を続けていると、遠くからドムスギア軍がやってくるのが見えた。彼らは撤退していたはずだが……事態を察知して戻ってきたようだ。一番先頭にはロムレスと側近たちが騎馬で先行していた。ガルス翁も意識を取り戻したようで一緒だった。彼には随分迷惑を掛けた。後で礼を言っておかないとな。


 俺とライアは要塞から飛び降り、彼らを迎えた。ロムレス一行は馬から降り、俺達に駆け寄った。


「サカキ!……殿。闘いはどうなったのですか!」

「……ゴブリン王ザルトスは俺が射殺した。……ゴブリンたちは逃げていったよ」

「なんと! 勇者殿! あの女神は勇者殿の世界の女神で相違ありませんか!」


 ガルス翁が横から口を挟んだ。どうやら彼も目撃していたようだ。俺は黙って頷いた。


「おお! あのような神気を放つ女神が降臨するなど、前例の無い事です! いや死ぬ前にこのような光景を見ることが出来るとは……長生きはするものですな!」


 ガルス翁は年甲斐もなく興奮して捲し立てた。余りに興奮して周囲も少し引いていた。彼はさておき、俺はロムレスに謝罪した。彼に頭突きをかましてしまったからな。


「ロムレスさん。さっきはすみませんでした。思わずカッとなってしまって……」

「いえ、別に構いませんよ。判断はともかく、結果的に敵の王を倒したのですから。戦とは勝てば良いのです。過程はともかく最後に勝利さえすれば、全て肯定されるのです。……ただ、それはそれとして……」


 彼は俺の両肩に手を置いた。俺はてっきり、よくやった! と褒めてくれるのかと思ったが、俺の頭を衝撃が襲った。


「ぐは!」

「一発は一発ですから」


 ロムレスの野郎! 俺に頭突きをお返しして来やがった! 俺は鉄帽を脱いだままだったが、奴は鉄兜を被っている。俺は吹っ飛びはしなかったが、流石にこの状態では力負けした。俺が悶絶していると、ロムレスは俺に構わず、追いついてきた帝国軍部隊に、城門の瓦礫の撤去を命じていた。……おのれロムレス! この借りはいつか返すぞ!


「……ずいぶん仲良くなったわね……貴方たち……」


 その様子を見ていたライアが呆れ気味に言った。


 ●


 ドムスギア軍はその統率力を遺憾なく発揮し、ひとまず城門が通行可能になった。最低限の状態なので、馬車を乗り入れたりはできないだろうが、人がよじ登って通行することはできた。ルセウム軍は戦死者の亡骸をヒューマン側へと運び、弔いの準備を始めた。


 ミロンも戦死していた。生き残ったものに聞くと、俺が放置してしまったろくよんでライアを助けたらしい。俺の反省モノのミスが彼女を救うとは……俺は複雑な気持ちになった。ともかく、ミロン氏には感謝しかない。死んでしまったのが残念でならなかった。ライアは狂暴化していた時の記憶を失っており、その遺体に縋って泣き崩れた。


 俺はミロンの事を教えてくれた兵士に俺がいなくなった後の事を全てを聞いていた。敵将とライアの一騎打ち、そして彼女の狂暴化、敵将とミロンの死。その後彼も敵軍と壮絶な闘いを繰り広げ、意識を失っていたが、暖かい何かを感じ、気づけば怪我が治っていた。戦っていたゴブリンたちもだ。


 天を見上げれば巨大な女神が仁王立ちしており、その威光を畏れたゴブリンたちは皆逃げてしまったと……。俺がライアを抱きしめている内にそんなことがあったのか……。しかし、ヒューマンだけでは無く、ゴブリンたちも癒すとは……俺は女神の意思を悟った。


 戦死者の数は千人を超えていた。俺が見た時は皆死んでしまったと思っていたが、大部分はまだ息があったという事か……聞けば四肢を欠損したものまで癒してしまったというから、やはり神の奇跡というものは凄いというか、恐ろしさを感じる……。


 神がその気になればこの世界の人々など、一瞬で消し去ってしまうのではないか……俺は神に感謝する共に、恐れを抱いた。だがそれでいいのかもしれない。加護を得た俺が言うのもなんだか、神の力に頼っていてはロクな事にならない気がする。神とは少し距離があるくらいがちょうど良いのだろう。


 泣き止んだライアが立ち上がると、気丈にも戦死者の弔いに向けて、ルセウム軍を指揮し始めた。どうもミロン氏亡き後、彼女がもっとも身分が高いらしい。俺は彼女が無理をしていないか心配だったが、彼女は自分の責務を果たそうとしている。


 俺も自分に出来ることをすべく瓦礫の撤去作業を手伝った。早急に完全に通れるようにして、要塞としての機能を復活させなければならない。俺はドムスギア軍に交じって汗を流した。


 やがて夜が訪れ、ヴァイスラン防衛戦と同様に火葬の準備が整った。本当ならヴァイスランにて行いたいが、流石にこの数の遺体をヴァイスランまで運ぶのは無理があった。どのみち運んでいるうちに腐敗が進んでしまうだろう。すでに肌寒さを感じる時期であるが、やはりヴァイスランは遠すぎた。


 だが、ここで思わぬ来訪者がヴァイスランから訪れた。遠くから馬が勢いよく走って来ていたのだ。その背にはミルグレーブ氏と見知らぬローブ姿の男がいた。


「おーい! 戦いはどうなった! ライアとサカキは無事か!」

「おじ様!」


 ミルグレーブ氏は息も絶え絶えだったが、馬を止め、俺達に駆け寄った。ローブの男はふらふらだ。


「おお! 無事だったか! 二人とも!」

「それよりおじ様どうしてここへ?」

「うむ……昨晩だが……ライアスが夢に出てきてな……特に何か言われた訳では無いが、どうしても居ても立っても居られなくなってな。早馬で一昼夜掛けてきたのだ。馬に回復魔法を掛けながらな……」

「それでファルス師が一緒なのね……あんなにボロボロになって、無理やり連れてきたでしょう。可哀想に……」


 ミルグレーブ氏はライアに言われて少し申し訳なさそうだった。俺は知らなかったが、ファルス師はミルグレーブ氏に仕える宮廷魔術師らしい。普段はあまり目にしない人物だったが何故だろうと首を傾げた。……だが俺はその理由をすぐ知ることになる。


「何ですって! 異世界の女神が降臨したというのですか! ガルス翁!」

「ほほ! そうじゃ! いやーあれは実に神々しいお姿であった……あれを見れただけで、わが生涯には一片の悔いは無いわ! ほっほっほ!」

「何という事だ! 私も見てみたい! 勇者殿! 今すぐ女神を降臨させてください! 私にも見せてください!」


 ガルス翁はファルス師に女神のことを自慢げに語り、それを悔しがった彼は俺に詰め寄ってきた。さっきまでフラフラだったのにガーガー早口で捲し立てた。


 俺は困惑して、女神がなぜ降臨したのか自分でも分からない。とにかく、あまり女神を見世物のように言うのは不遜ではないか、と伝えると、彼はしょげかえっていじけてしまった。


「あいつはああだから、なるべくサカキには会わせたく無かったのだ。全く魔術師という輩は畏れを知らなくていかん」


 ミルグレーブ氏が呆れてそう言った。道理で見かけないと思ったが、気を使って遠ざけられたいのか……。ともかくミルグレーブ氏はライアと俺からこれまでの経緯を聞いた。


「そうか……ミロンは俺との約束を果たしたのだな……そして他の者たちも……」


 ミロンの遺体を見下ろし、ミルグレーブ氏は震えていた。腰を下ろし、手を取るとその震えは更に大きくなった。その後ろ姿は見ていられなかった。周囲の者たちも同様に思ったか、一様に頭を下げた。だが偉大なる獅子は、すぐに気を取り直して、集まった皆に呼びかけた。


「戦士たちよ! この戦いに参加しなかった俺からは多くは語らん! だがこれだけは言わせてくれ! お前たちこそ真のルセウム人だ! お前たちの勇気と献身がこの奇跡を生んだのだ! ……ライア、点火はお前に任せる。お前にこそ、その資格がある。頼んだぞ……」


 大役を任されたライアは松明を受け取ると、戦没者の遺体を前にして静かに語りだした。


「……この火が、この戦いだけでなく、これまでに死んでいった全ての戦士と人々の魂の慰めとなりますように……」


 そう言って点火し、あっという間に火は燃え広がり、闇夜を照らす灯火となった。


 ライアの言葉はミルグレーブ氏のように、勇壮なものでは無かった。だが誰もその言葉を否定することは無かった。誰しもが、もう戦いは望んでいなかったのだと思う。ただ今はこの火が平和への道標になることを願うばかりだ。

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