第33話 旭日
榊を策略により負傷させた後、ザルトスは要塞から離れた位置で待機している本隊へと闇魔法により帰還した。本陣に着くと、側近たちが大慌てでシャーマンたちを呼び、その傷を魔法で癒した。傷口は内臓を傷つけていたようで大けがだったが、魔法で直ぐに治った。流れ出た血液は復活しないので本調子とはいかないが、ザルトスはここで引くわけにいかなかった。
「王自ら陣頭に立たずとも、前衛は我らにお任せくだされ。王は後方にて我らの戦いぶりを督戦いただけますようにお願い申し上げます」
見兼ねた側近が、王を案じて意見具申するが、ザルトスはこれを退けた。
「既にどれだけの血が流れたか……王としてこの最後の戦いに、後方で安穏と指揮などできぬ。……下がれ」
ザルトスは榊が予想したように、最前線で指揮を取ることに拘った。誇り高きゴブリン王は勇者を恐れ、後方には隠れることは決してしないのだ。ザルトスのこの誇り高さが闇の神に気に入れられ、大いなる加護を授かったのだ。
ザルトスは輿に乗り、玉座に座ることすらしなかった。今は軍と共に要塞を攻略し、そのままルセウム全土へとなだれ込むつもりであった。
「勇者は、サカキコータローはあのまま毒で死んだか? ……いや奴は生きているな……我が神に聞かずとも分かる」
ザルトスもまた、榊のしぶとさを見抜いていた。おそらく満身創痍になってはいるだろうが、あの程度で死ぬとは思えなかった。だが最後は自分が勝つ。
「進軍開始!」
ザルトスが叫ぶと、大軍団がゆっくりと進軍し始めた。歩みは遅かったが、日の出にはまだ時間がある。朝になればザルトスの力は半減してしまう。要塞までの距離を計算し、ぎりぎり見えぬ位置で待機していたのだ。日が昇る前に決着を着ける算段だ
軍団は軍靴の音を響かせながら、荒野を進んだ。やがて要塞が見えてきた。ザルトスは闇の中でも目が利く。ゴブリンの特性だけではなく、その加護故だ。そのザルトスにははっきりと城壁にいる榊が見えていた。
「やはり生きていたか……女を抱いて俺を待ち受けるか……色男め。よかろう! 女もろとも、我が闇の力にて跡形もなく消し去ってくれるわ!」
ザルトスは天を仰いで魔力を集中し始めた。やがて天空に闇の力が結集し、大きな黒い球が出現した。ザルトスはそれを見届け、再び要塞を真正面から見据えるが、ここで信じられぬ物を見てしまった。
「……なに……あれは……朝日か! 馬鹿な! 日の出までまだ充分時間があるぞ! どういうことだ!」
ザルトスは両手を天に突き出したまま、硬直して叫んだ。周囲のゴブリンたちも騒ぎ始めていた。明らかに異常だ。
だが確かに要塞の後方……東の空から日が昇り始めていた。昇る
ザルトスは両手を上げたまま硬直していたが、自身の目を再び疑った。手で目を擦ろうとしたが両手で魔力を集中しているので叶わなかった。榊の後ろに透明な何かが浮かび上がってきたのを目撃したのだ、それは少しずつその姿を現していった。
「あ、あれはまさか! 女神か! 奴に加護を与えた異世界の女神が降臨したというのか!」
ザルトスは我を忘れて叫んでいた。彼の見たモノは、まさしく女神であった。榊の後ろに、巨大な女神が出現していたのだ。その姿は半透明で、完全に現世に顕現したわけではなかったが、常人がひれ伏すような神気を放っていた。
女神はザルトスが見たこともない不思議な髪型をしていた。長い黒髪を、頭の両端で不思議な形で結っている。ザルトスは髪型はともかく、その装いを見て、女神が何をしに来たのかを悟った。
女神は男装……いや軍装していた。髪を男のように
それは嘗て、女神の弟である荒ぶる神を迎えた時と同じ格好だった。女神が司るのは太陽であり、争いを嫌う平和と豊穣の神だ。……だが彼女は平和を乱すものには容赦はしない。戦うべき時には武装して立ち向かう、武神の面も持ち合わせていた。
ザルトスは女神の発する神気を身に受け、動くことが出来なかった。やがて榊が銃に弾を込めると、女神もその動きに連動して弓に矢をつがえた。榊が狙いをつけると、やはり女神も弓を引き絞った。そして引き金が引かれるのと同時に矢が放たれた。
ぱあん、と乾いた音が響いた瞬間、ザルトスの意識は途絶えた。永遠に。
女神は事の成り行きを見届けると、手に巻いた勾玉の一つを手に取り、それを砕いた。砕かれた勾玉は光の粒子となり辺り一帯に降り注いだ。やがて倒れ伏した人々が目を覚まし、起き上がり始めた。ヒューマンもゴブリンもだ。
だが既に命を失った者たちが戻ることは無かった。彼らの魂は既に死後の世界に向かおうとしていた。そこは女神の領域では無かった。
女神が目を地上へと向けると、勇ましい二柱の男神がそれぞれの加護を与えた種族の者たちを率いていた。男神達は女神に深々と頭を下げると、勇者達の魂を引きつれ、天へと昇って行った。無論、神なればこそ見える光景で、地上の人々には決してみることが出来なかった。
立ち上がった人々も、王を失ったゴブリンの軍団も女神の放つ神気の前に声も出せなかった。だが、女神が四股を踏み大地を揺らすと、ゴブリンたちは我に返り、荒野へと逃げ去っていった。ルセウムの人々はそれを追う事もなく、ただ呆然と見送った。
女神は愛する人を抱きしめたまま動かぬ愛し子を一目見ると、満足したのか東へと去っていった。太陽に向かってゆっくりと歩き、やがて朝日と同化したかのように消え去ってしまった。ルセウムの人々はそれを見届け、太陽に向けひれ伏し、女神へ感謝を捧げた。
●
俺は引き金を引き、ザルトスの頭がはじけ飛んだのを見届けた。……勝ったか……
だが、勝利したとして、ライアは……
俺はろくよんを手放し鉄帽を脱いだ。そしてライアを両手で抱きしめた。彼女の体は冷えきっており、その魂が燃え尽きてしまうかのような、そんな思いが俺の胸に去来した。俺はその思いを否定するかのように彼女をぎゅっと抱きしめ、少しでも暖めようとした。だが、不意に不思議な感覚に見舞われた。自分の体の奥底がなんだか暖かいような……そして胸の中のライアも温まっているように感じたのだ。
すると、驚いたことに、ライアが目を覚ましたのだ! 俺は言葉も出せなかった。彼女は俺をじっと見つめ、何も口にはしなかった。俺は我に返り、彼女に呼びかけた。
「ライア……無事なのか? 体は何ともないのか?」
「コータロー……私、生きているのね……不思議ね……燃え尽きてしまった何かが……灰の中から蘇ったような……そんな気がするわ……」
彼女はそう言うと、俺の背中に両手を回し、しがみついた。俺もライアを優しく抱きしめた。よくわからないが、彼女も俺も助かったのだ……何がなんだか分からなかったが、とにかく俺は彼女を抱きしめ続けた。辺りが何やら騒々しくなってきたが、敵意や殺意は感じないので多分大丈夫だろう。
俺は暫く彼女を抱きしめ続け、その肌のぬくもりを感じていた。
そうして、俺達は抱き合ったままでいたが、目の前で不意にちゃりんと金属音が響いた。俺は思わず顔を上げて、音の正体を確かめた。
「こ、これは!」
「どうしたの、コータロー?」
俺は立ち上がり、ライアも自身の足で立った。俺は目の前に落ちたものを拾い上げた。
「認識票だ……しかも俺の名前や認識番号がきちんと打たれている」
それは自衛官としての身分を証明する認識票だった。ドッグタグとも呼ばれ、自衛隊だけでなく世界中の軍隊でも使用されている。
俺は訓練を最後まで終えることが出来ず、新隊員教育を修了することが出来なかった。俺のいた教育隊では、認識票は班長達が一括で管理しており、最後に渡す手筈になっていた。一度渡されたが、刻印された内容が間違っていないか確認した後は返却していたのだ。
これがここにあるという事は……俺の新隊員教育は完了したと神様がお墨付きをくれたのだろうか……俺が後ろを振り返ると、朝日の中に一瞬だけ、教科書でみた古代日本人の装いをした女性の姿が見えた。
俺はこの世界に来て、初めて神という存在に畏敬の念を持った。気づけば、俺は挙手の敬礼をしていた。それ以外に敬意を示す方法を知らなかったからだ。ライアも神の存在を感じたか、胸に手をあて、ルセウム式の敬礼をしていた。
俺たちはそうして太陽に向かってしばらくの間微動だにしなかった。
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