第38話 夜中の呼び声

 昨日はいっぱい歩いて疲れはしたけれど、そのぶんは今日朝寝をして取り返した。そして、今日の昼は、坂を下って橋を渡って湖に落ちるまではずっと馬車に乗っていた。それほど疲れてはいない。

 カスティリナは夜中に目が覚めたのはそのせいだと思った。

 部屋は、小さくしたランプの赤い色でほの明るく照らされている。

 「お目覚めくださいませ。……様、お目覚めください」

 男だ。

 「……様、お目覚めください」

 男が声をひそめて繰り返しそう言っている。

 だれかの、よくきいた声だ。

 敵ではないが、あまり親しい感じは持てない。敬語は言い慣れていないらしく、「お目覚め」ということばがときどきつっかえる。

 どこから聞こえてくるかわからない。

 窓の外からでも、下の階からでもない。

 しいて言えば、耳の底から、または部屋の中のどこかからだ。

 ふと目を上げると部屋にだれかがいた。

 剣をまつったあたりだ。

 落ち着きなく、どこかに行こうとしている。

 しかし、その身体は、行けないまま、もとに戻ってしまう。戻るとまたどこかに行こうとする。

 それを繰り返しているようだ。

 顔はわからない。姿もはっきりとは見えない。

 でも、あの、ときどき気配だけを感じさせてくれる内気な少女に違いないと思う。

 それで、目が覚めたと思ったのはまちがいで、まだ夢かと納得する。

 しかし、どうしてこの子が来たのだろう?

 この子が夢に現れるのは、あの剣を抜いて人を斬ったときだけのはずなのに。

 昨日は、まだ、この剣を一度は抜こうとしたのだから、この娘が夢に現れたのもまだわかる。

 でも、今日は何もしなかったのに。

 湖に落としたからだろうか?

 カスティリナが湖に落ちたときにもし腰帯からはずれたら、この剣を湖底に沈み、二度と拾うことはできなかっただろう。そのことにカスティリナがいままで気づかなかったから?

 それとも、この少女は、つまり、この剣は、カスティリナから離れて行きたがっているのだろうか?

 そういうこともあるかも知れないとはカスティリナは思った。

 カスティリナがこの剣を持っているのであって、剣がカスティリナを選んだわけではない。好きだから身近にいてくれるとは限らないのだ。

 だから、剣が自分から離れて行きたいと思うならそれでいいと思う。

 思って、カスティリナはそのまままた眠りの暗がりへと戻って行った。

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