第37話 偽娘がまだ見せていない表情

 「そうっか」

 偽アヴィアは言った。

 「そうだよね」

 気もちが安らいだように言って、偽アヴィアは小さくあくびをした。

 眠いらしい。

 カスティリナは、偽アヴィアが眠りに落ちる前に、きいておきたかったことをきくことにした。

 「ね、アヴィア。なんであのセクリートを仲間に入れたの?」

 「娘二人だけのほうが気が楽でよかった?」

 言って、偽のアヴィアは軽く笑う。

 「それはそうだけど、そんなことじゃなくてさ。信用できるの?」

 「できると思うよ」

 偽のアヴィアはすぐに答えた。

 「それに、連れて行かないと、行った先でアヴィアとカスティリナっていう二人の娘が旅をしてて、そのアヴィアが偽物で、とか平気で言っちゃいそうだもん」

 「言われると困るんだ?」

 もう一段、踏みこんできいてみる。

 アヴィアと名のる偽アヴィアはこんども間を置かずに答えた。

 「あんまり知れ渡らないほうがいい。昨日の盗賊のこともあるし」

 「あ、そうか」

 いままで昨日の夕方の盗賊が追ってきているかも知れないということは忘れていた。

 偽アヴィアはそれに気づいたらしい。

 「忘れてたの?」

 勘が鋭いと思う。

 カスティリナは正直に答える。

 「忘れてた。それに、あっちはもうだいじょうぶと思う。いつまでもだいじょうぶかどうかは知らないけど、少なくともいま追ってきてはないと思うよ」

 なぜそう言い切れたかはわからない。でも、あの連中が追ってきていないというのは確実だと思う。

 こちらには来ていない。

 行くとしたら、ネリア川のほうに行ったはずだ。

 このあたりは貧しいうえに人が少ないから、ああいう身代金取りの誘拐には向いていない。エジルの貴族出身なのなら、まして、アルコンナに近いこんなところで盗賊はやらないだろう。下手をしてつかまり、アルコンナに突き出されたらまず助からない。

 「そうか」

 偽アヴィアが答える。

 「あんたがそう言うなら、信用する」

 「うん」

 すなおな顧客でよかったとカスティリナは思う。最初はわがままで勝ち気なだけのお嬢様かと思っていたが、そうではないらしい。

 さっきからこの娘はいくつもの表情を見せている。

 でも、それぞれが、たぶんこの娘が装っている姿の一つなのだ。

 そして、カスティリナにまだ見せていない表情が、この子にはある。

 あるはずだ。

 「それとさ」

 今度は偽アヴィアのほうからきいてきた。

 「あんた、あのバンショーって馭者ぎょしゃはだいじょうぶだと思う?」

 「うん」

 こんどは確かに答えられる。カスティリナは間を置かずに答えた。

 「さっき服洗ったり干したりしてるあいだにさ、ここの網主あみぬし屋敷で働いてる子にきいてみたんだ、何人か」

 「それで?」

 「バンショーは、だいぶ前からます馬車の馭者と仲買人をやってて、決まった網主に雇われているわけではないけど、どこの網主にも信頼されてるし、頼まれた仕事はきちんとやってくれるって。インクリークのほうでも信用があるみたい。まあ、素姓はだれも知らないらしいけど。どこで生まれたとか、ここに来る前に何をしてたとか。でも、それは、こういう仕事してる人としては普通だから。だから信頼していいと思う」

 「そうか」

 偽のアヴィアは言って、軽く笑った。

 「素姓がわからないっていうなら、わたしもいっしょだね」

 「ああ、そうだね」

 カスティリナも軽く笑って返事する。

 けれども、カスティリナにはこの娘の素姓には見当がつき始めていた。

 どうして湖に橋が架けられたかを詳しく説明できたのか。

 どうしてエジルの貴族に共通の癖まで知っているのか。

 どうして子ども誘拐事件の現場にいて何もしなかったことがあとでわかるとまずいことになるのか。

 どうして天の川を見上げてあんなことを言ったのか。

 どうしてミュセスキアには来たことのないアルコンナの公子に会ったことがあるのか。

 そして。

 どうして公女は呼び捨てにするのか。

 両親には貴族しか使わないような敬語を使うのに。

 でも、確信はまだ持てない。

 いずれにしても、このまま順調に行けば、明日、モンティセッリの群山ぐんざんを超えてディアドに着き、明後日の午前中にはアルコンナ公国のアンマギールに着く。

 そうすれば、偽のアヴィアはその素姓も含めて全部話してくれる。

 カスティリナはいまではそう信じていた。

 それに、アンマギールに着いたあとに、あのセクリートをほんもののアヴィアに引きあわせに行くと言っている。そのことばを守るつもりかどうかは知らないけど、そのときにはいくらかでも素姓を明かさなければいけないわけだ。

 そのときまで待とう、こちらからこの娘の素姓の話をするのはやめよう。

 カスティリナはそう決めた。

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