第36話 セディーレとアルコンナと公女の幸せ

 「それで、セディーレのあのジュバンって公子が来て、ミュセスキア公のぜんでいばり散らしてみんなから嫌われたときは、ジェシーとかタンメリーとかの女の傭兵はさ、みんな怒ってたけど、あのサパレスっていう男の傭兵がさ、アルコンナの公子はもっと偉そうにするに決まってる、アルコンナの公子はミュセスキアを訪ねても来ないじゃないかとか、セディーレの公子が無礼な態度をとったのは何か策略にはめられたからだとか言い張った」

 「それ、ほんとのことでしょ?」

 「それ、って?」

とカスティリナはきく。

 あんまりきく気はなかったけど、つい、きいてしまった。

 「その、セディーレの公子が策略にはめられた、って話」

 ああ、と思った。

 このアヴィア、偽アヴィアは知ってるんだ。

 あのとき、ジュバン公子がミュセスキアに対してとりわけ無礼で高圧的な態度をとったのには、たしかに、それだけの事情があった。

 そのぜんぶが「策略」というわけでもないけど、じゃあ「策略」なんかどこにもなかったかというと、そうでもない。

 でも、その事情を知っているのは、カスティリナと護民官・護民士が何人かだけのはずだ。

 しかしカスティリナは驚かない。

 アヴィアでない女の子をアヴィアと名のらせて、カスティリナといっしょに行かせると決めたとき、そう決めただれかはカスティリナのことを十分に調べたはずだ。

 そのなかにはあのジュバン公子の来訪と公女誘拐計画の詳しい事情も入っていただろう。

 それを偽アヴィアも知っているのだ。たぶんだれかが伝えたのだろう。

 偽アヴィアがおもしろそうに言う。

 「それに、アルコンナの公子なんて、もっといばるに決まってるじゃない、もしインクリークに来たらさ」

 カスティリナは答える。

 「アルコンナの公子が偉そうかどうかまでは知らない」

 「そんなのさ」

 アヴィアがかわいらしい軽い声で言った。

 「わたしたちとおんなじくらいの歳だよ? それでああいう国の公子様でさ、それは偉そうになるよ」

 「会ったことあるの?」

 「うん」

 会ったことはないと言うかと思ったら、軽い声でそう答える。

 カスティリナはそれ以上深くきかないことにした。

 「それに、あの公女誘拐計画がばれて、大騒ぎになったときも、あのサパレスは公女は誘拐されたほうがよかったって言った。しかも、あいつが言うと、ほかの子は何も反論しないんだよ。たしかにいちばん成績はいいし、いつもいっしょにいる若い傭兵のなかではいちばん歳上だし」

 「あんたは反論するの?」

 「いいや」

 カスティリナは首だけ偽アヴィアのほうを向けているのに疲れて、上を向いた。

 赤とだいだいのあいだの色にぼんやりと照らされた天井にが飛んでいる。

 蛾は同じところを何度も回っていた。

 「来てすぐのころに反論してけんかになって、思い切りばかにされて、それでりた」

 「そうなんだ」

 偽アヴィアはつまらなさそうに言う。

 つまらなさそうというより、何か別のことを考えているようだ。

 その偽アヴィアが続けてきく。

 「あんたって、アルコンナの出身だよね?」

 「うん」

 「この国の人たちってアルコンナ嫌いが多いでしょ? アルコンナの悪口って聞かされるの、どう?」

 「不愉快だけど慣れた」

 低い声で一口に言う。

 「それに、嫌われるだけのことはしてると思う、あの国。それにさ、わたしだってさ」

 カスティリナは息を継いで毛布を胸の上まで引っぱり上げた。

 「アルコンナから命けで逃げてきたんだからさ」

 アルコンナの前の国公こっこうの下では、カスティリナは国公の命を狙った重大な犯罪人ということにされていて、アルコンナではお尋ね者だったのだ。

 国公がまだ二十歳にもなっていない娘に暗殺されそうになったなんて大っぴらに言って、軍事強国の宮廷として恥ずかしくないのか、と思うけれども。

 そういうことになっていた。

 それで、カスティリナは、父から受け継いだ剣「くれないの水晶」とともに、父にゆかりのあるミュセスキアに逃げてきたのだ。

 アルコンナの国公がいまの人になって、カスティリナが国公の命を狙ったというのは誤解だったということになり、犯罪人扱いは取り消されたらしいが。

 「それでもアルコンナを悪く言われると不愉快なんだ」

 「うん」

 言ってから、インクリークで遠くネリア川を見ていたときに考えたこの子の境遇のことを思い出した。

 この子は、逆に、アルコンナに行って、生まれた国のミュセスキアには戻らないのだ。

 「ね」

 声をかけられて振り向いて見ると、偽アヴィアはカスティリナに向かって親しそうに笑顔を見せ、細い目を瞬かせて見せた。

 「アルコンナ公家に公女がお嫁に行って、幸せになるとあんたは思う?」

 言って、首をかしげる。

 また髪の毛が頬までかかり、カスティリナはどきっとする。

 「公女次第でしょ、それは」

 突き放した言いかたをしてやった。

 「あのアルコンナの国公家、いろいろあるしさ。だいたい、アルコンナの国公家って、ミュセスキアの国公家と違って、なんか感じが暗いよ。市民の前にもなかなか菅を見せないし。前の国公は性格がいいとは言えない人だったしね。まあ、今度の国公は分家から出た人だから、雰囲気が変わったかも知れないけど」

 「あの国はまだ小さな国だったころにずっと内乱やってたからね。その前はもともとセディーレの属国だったわけだし」

 偽のアヴィアが言う。このあたりは学校の授業で習うのかも知れない。

 「でもさ」

 カスティリナはそのアヴィアの顔をじっと見て言った。

 ランプは偽アヴィアのほうとカスティリナの後ろと両方についているから、顔の見えかたはどちらも同じくらいのはずだと思う。

 「あのサパレスの言ったのとはちょうど逆だよ。セディーレに嫁ぐよりはそのアルコンナに嫁いだほうがずっとましだと思う」

 偽のアヴィアがセディーレ派だという疑いはもう持っていない。

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