第35話 少女二人の夜のおしゃべり
その夜は
アヴィアはほんもののアヴィアからもらった服がまだ着られる。でも、カスティリナは服をぜんぶ水
それに、坂を上がってチェンディエルまで行って泊まるのとここで泊まるのではたいして変わらない。
ネリア川に下っていた
セクリートはバンショーが湖と反対側の男部屋に連れて行った。バンショーも家はここではないが、今晩はここに泊まることにしたらしい。
カスティリナとアヴィアは、二階、湖に向いて窓が大きく開いた大きい部屋をあてがわれている。湖から助けられて最初に連れて来られたテラスのすぐ上だ。
ガラスの
湖の上にはあの大きな
夜でも
窓を閉めると暑いので、
窓辺から離れようとして、カスティリナは、窓の外から部屋に上がって来ることができないかどうか確かめに戻った。
だいじょうぶなようだ。
だが、それは、部屋に入って最初にやっておかないといけないことだった。
仕事に必要な用心が減っているとカスティリナは自分を戒めた。
だが、どうしてなのだろう?
セクリートが敵ではないとわかったからか?
大きい網主屋敷に守られていると安心したからか?
それとも、カスティリナしか感じることのできないだれかが安心していいと告げているのか?
窓の外を確かめると、屋敷の人に分けてもらった
部屋は広い。
居心地はいい。
問題は寝床がないことだった。
床に板を敷き、その上に毛布を敷いて寝る。枕も毛布を丸めただけだ。
いまここにいる偽のアヴィアが自分の言ったとおりの
でも偽アヴィアは文句も言わずにその寝床についた。
カスティリナが剣を祀るあいだは寝床に腰を下ろして神妙にしていたが、終わるとカスティリナより先にごろんと横になってしまう。
脇腹を下にして犬のように手足を曲げて投げ出している。あまり品のよい寝姿ではない。
いまだらけきっているこの娘に、一人前の男子気取りのセクリートがいいようにあしらわれていたのを思い出すと、何とはなくおかしい。
湖へと抜ける風が部屋を吹きすぎた。冷たくもなく、心地よい。
カスティリナは、窓のほう一つと、部屋の入り口一つとだけを残して、あとのランプを消した。つけてあるランプも明かりを小さくしたので、部屋は暗くなる。
カスティリナは寝床の上に座って暗さに目が慣れるのを待ち、それから横になった。
「鱒、どうだった?」
だらっとしているからもう寝たのかと思ったら、偽のアヴィアはまだ起きていて、カスティリナも横になるのを待っていたらしい。
「うん。おいしかったよ。塩で漬けてない魚は土のにおいみたいなのがしていやなんだけど、それがぜんぜんしなくて。煮ただけでこんな味の魚があるのかって思ったぐらい」
「よかった」
偽アヴィアはふふっと小さく笑ったようだった。たぶん目を細めて。
「まだ海からの鱒が帰って来る季節じゃないから、いちばんおいしいってわけじゃないけどね。でも、これで、公女の直衛の仲間よりいい目ができたって思う?」
「ああ」
カスティリナは硬い声で答えた。
「うん」
偽アヴィアがその固い寝床から顔を上げて、こちらを見た。
髪が頬にかかり、胸のあたりへと緩く弧を描いている。
小さな明かりで見るその顔は、いつもの少女の顔より大人っぽくて
カスティリナはどきっとする。
カスティリナは顔だけ偽アヴィアのほうを向けた。
「それにさ、あの子たちといっしょにいるより、あんたといっしょのほうがずっとよかった」
あんたのおてんばのせいで、危ない目には
その言いたいことに気づいたのか、偽のアヴィアは優しく笑った。笑うとあの大人っぽい顔ではなくなり、いたずらっ子の表情が戻る。
「どうして?」
「気を使うから」
カスティリナは短く言った。
「わたしには興味のない噂話なんかもずっと聞いてないといけないから」
「傭兵ってどんな噂話をするの?」
偽アヴィアがきく。
「だいたい仲間のだれかの話とか、ほかの局の傭兵の話とか、そういうの。だれがどんな仕事していくら稼いだとか、さ。あと政治の話とか。その公女の婚礼の話もずっと噂話になってたよ」
「ま、そうだよね」
偽アヴィアが、冷たく、でもどこかいたずらっぽく言う。
「で、みんなどう言ってたの? その公女の婚礼のこと」
あいかわらず公女に敬称をつけない。
カスティリナは何をどう言うかしばらく考えた。
ここにいる偽アヴィアは、あのチェルがアルコンナの悪口を言うときつく反発していた。
まるで自分の悪口を言われたときのように。
「いや、あんたには悪いけどさ」
ぞんざいな口ぶりで言う。
「あのチェル君と同じ。アルコンナはひどい国だから、そんな国にお嫁に行く公女はかわいそう、人質に取られてつらい思いをするに違いないって」
偽のアヴィアは軽くきれいな笑い声を立てた。
さっきより顔を起こし、頬にかかっていた長い髪も後ろに回す。それでさっきまでの
少し、惜しい。
たぶん、カスティリナがそんなことを思っているとも知らず、
「それで?」
と偽アヴィアはきく。
「それでさ」
カスティリナはそれだけ言ってまた息を継ぐ。
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