第34話 男らしく、きっぱり

 ああ、そうか。

 そのほんもののアヴィアも相当に危ないことをしているんだな、とカスティリナは思う。

 にせのアヴィアは続けてセクリートに言った。

 「でも、たぶん、わたしとその子がいまいるのよりはずっと安全だと思うよ」

 その子というのはカスティリナのことだ。

 セクリートはしばらく目を伏せてまたもじもじとしていた。

 じっとコップのなかのスープを見つめ、飲もうとコップを上げかけてから、ふっと偽のアヴィアの顔を見上げて問いかける。

 「じゃあ、アヴィアの身に何か起こったら、どうしてくれるんだ?」

 偽のアヴィアは困ったような顔をして、顔を傾けて見せた。

 セクリートは偽アヴィアから目を離さない。

 偽アヴィアは息をついて肩の力を抜き、セクリートのほうを見て言った。

 「そんなことにはならないと思うけど、もし、なったら、そこのカスティリナといっしょに全力で助けるから、心配しないで、って」

 勝手にそんな約束をされても困る。

 カスティリナの役割は、この偽アヴィアを決まった時間までにアンマギールに送り届けることであって、それを破ってまで偽アヴィアの勝手な行いにつき合わされるわけにはいかない。

 でも、たぶんセクリートの心配のほうが見当ちがいなのを偽のアヴィアは知っていて、だから安心させるためにこんなことを言っているのだろう。

 でもセクリート少年は懸命けんめいだ。

 「ほんとに、か?」

 「ほんとだよ。だって、わたしにとってもだいじな友だちなんだもの」

 それでもセクリートは納得しないらしい。

 「約束するか」

 「約束する」

 偽のアヴィアはきっぱり言った。言ってからこんどは偽アヴィアがセクリートの目から自分の目を離さなかった。

 セクリートはその偽アヴィアをなおもにらみつけていたが、やがて自分も肩の力を抜いて目を逸らした。

 コップのなかのスープを飲み干した。それを上目づかいで見て、カスティリナも自分のスープを飲み干す。

 セクリートはコップを手に持ったまま、いまいましそうな顔でカスティリナを見、偽アヴィアを見上げて、言った。

 「じゃあ、ぼくはインクリークに戻る。何かあったとき、アヴィアのそばにいたいから」

 「それはよくないよ」

 間を置かずに偽アヴィアが言った。

 この細い声の娘がよく出せると思うようなりんとした声だった。

 「あんたがいまインクリークに行ったって何の手がかりもない。あんたはもしかするとわたしが言ったカンムじゅん男爵って人を捜すつもりかも知れないけど、そんな人はいないし、宰相家に行っても門前払い、もちろんこうの宮殿に行っても同じ。それじゃインクリークにいたってどうにもしようがないでしょう? インクリークだって広いし、ひとが多いんだから」

 「でも」

 「わたしが会わせてあげる。わたしはいま急いでアンマギールまで行かないといけないんだけど、それが終わったら、すぐにでも。だからいっしょに来なさい」

 「え?」

 カスティリナがセクリートのほうに顔を上げると、セクリートはいやそうな目でカスティリナを見ていた。

 考えていることはわかる。

 セクリートはカスティリナが「悪の手先」という疑いをまだ捨てていないのだ。それにいま目の前にいる偽アヴィアだって信用できないだろう。

 セクリートの立場からいえば、じつはこの偽アヴィアは盗賊で、ほんもののアヴィアを殺して服を取り上げて自分で着ている可能性だって考えられるはずだ。

 カスティリナはカスティリナで、セクリートが足手まといになると心配している。セクリートの心配はあたらないだろうが、この心配はあたりそうだ。

 「それとさ」

 偽アヴィアはかまわずに続けた。

 「いますぐインクリークに帰るとして、バンショーさんへの謝礼はどうするの? 助けてくれた漁師さんにも、それにここの網主あみぬしさんにもさ」

 それで、わざとらしくにこっと笑ってから、高くつやのある声で一言言う。

 「お金、ある?」

 「いやおれは」

とバンショーが口をはさみそうになるのを、カスティリナが目配せして止める。

 貴族の娘らしい、ばかにしたような「お金、ある?」の一言に、この少年がどう反応するか、見てみたかったからだ。

 「なんだよ」

 少年はふてくされた。

 「二言めには金だなんて。アヴィアはそんな意地悪じゃなかった」

 「うん、それはよく知ってる。わたしよりずっといい子だよ。で?」

 いい子ではないほうのアヴィアがにっこり笑って身を乗り出して言い返す。

 「お金、あるの?」

 いまここにいないほうのアヴィアの名を出してもどうにもならないことを、少年は認めなければならなかったようだ。

 「わかったよ。いっしょに行く」

 「じゃ、言うことがあるでしょう?」

 「ないよ、べつに」

 「あるよ。よろしくお願いします、でしょ」

 すっかり子ども扱いしている。

 「なんでそんなこと!」

 少年は言って偽アヴィアからもカスティリナからもバンショーからも顔をそむけた。カスティリナがのぞきこむと、この世の苦悩をぜんぶ背負いこんだような顔をしている。覗きこまれたのがわかると体ごと向こうを向いてしまう。

 いじらしい。

 カスティリナはしつこくその耳の後ろのほうを見ていてやる。

 「わかったよ!」

 少年は怒ったように言うといきなり立ち上がり、偽アヴィアのほうを向いた。

 ちらっとカスティリナも見てから、頭を下げて大声で言う。

 「よろしくお願いします! それと」

 こんどはバンショーのほうもちらっと見て、力を抜いて、すこし恥ずかしそうに言った。

 「助けてくれて、ありがとうございました」

 そのあいさつだけは、男らしく、きっぱりしているとカスティリナは思った。

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