第29話 葦船、公女の話

 「山街道に馬車を通せるようにしたのも、ここに橋をけたのも、ちょうどアルコンナが銃隊をそれまでの十倍か何かに増やしたときなんだ」

とアヴィアは続ける。

 「つまり、ここに橋を架けておかないと、アルコンナにチェンディエルまで取られちゃうって考えたから。そんなことじゃないかな」

 アヴィアがカスティリナの顔を見ても、カスティリナは答えない。アヴィアはそこで首を軽くひねって念を押した。

 「で、どう?」

 「うん」

 カスティリナにはどれも初めて聞く話だった。でもそんなそぶりは見せないで、軽く含み笑いしてから答える。

 「あんたって、授業抜け出す話してたから、ちゃんと学校の授業きいてなかったのかと思ったら、ちゃんときいてたんだ」

 「学校で教えるのはますの話だけだよ、たぶん」

 「たぶん? ということは、やっぱりきいてなかった?」

 「きいてなかったか、忘れたか」

 アヴィアはあいかわらずふんわりした細い声で答える。

 「ふん!」

 そこでカスティリナはあざ笑うように鼻を鳴らしてやる。

 「感心して損した」

 カスティリナはそんなむだ口をたたきながら、橋の向こうとこちらの人と馬車を観察していた。

 端のあたりにいる人はどれも近くの住人たちばかりのようだ。馬車も、岸辺に茂るあしを苅ってそれを運ぶ馬車か、農具や漁具を積んで運ぶ地元の人の馬車か。

 どの馬車も武器や武装した物騒な人間たちを乗せているようには見えない。もし武器や武装した人間を乗せているならば、馭者が周囲を用心しているものだし、それに、積み荷の重さの感じでわかってしまう。

 ところで、なぜ葦を苅って運んでいるかというと、この湖ではこの葦で船を造るからだ。

 太い葦を芯にして、葦をいて採った繊維を紐にしてたばねる。

 軽いし、ぶつかっても壊れない。

 この湖からネリア川までは急流だ。葦の船ならば柔らかいし ひっくり返ってもひとりでに浮くので、急流下りには向いている。帰りには船を乾かしてから馬の背に載せて来ればよい。

 葦は水に漬けると腐るので長持ちはしないが、そのあいだに成長の早い葦が育っているから、また作ればよい。山から伐り出した木で船を造るより安上がりだし、手軽だ。

 カスティリナは続いてセクリート少年の姿も捜した。服は着替えているかも知れないので、同じような格好かっこうの人を捜す。

 でも少なくとも歩いている者たちのなかにはその姿は見えなかった。

 アヴィアは「感心して損した」と言われても何も言い返さない。

 鷹揚おうようなのか、それともカスティリナの観察のじゃましてはいけないと思ったのか、どちらなのだろうとふと思う。

 しばらく坂を下ってからアヴィアが話しかけた。

 「今日、チェンディエルで泊まれると、予定よりひと宿場分進んでることになるね」

 そのとおりだ。今日はシャンティーで泊まる予定だった。

 だから、すすだらけになった服を洗ったり、左右で長さが違う普段着の裾を直したりする時間もとれるかも知れない。

 「でも、ディアドまでとうげ越えが続くからね。それに、こっちは馬車も通れない山道だから。早く進んでいてもそう楽じゃないよ」

 「公女は今日はハーペンでまで行って、それであの白いお城で接待ぜめだね」

 アヴィアはあいかわらず公女を呼び捨てにする。

 「接待ぜめなんだ?」

 カスティリナがきいてみる。

 アヴィアが貴族の娘だとしたら、何か知っているのかも知れない。

 「まあね。明日、ドーロンまで行くともう国境だし、それにハーペンは、セディーレも近いしさ。きっといっぱいセディーレからご挨拶あいさつのお客さんが来るんじゃないかな。それで、いっぱい食べて、踊って、拍手して。セディーレからこっちに来る人たちって派手なことが好きだからね」

 やっぱりアヴィアは公女をあまり好いてはいないらしい。突き放した言いかただ。セディーレも好きではないようだ。

 だが。

 「そうか」

 カスティリナは言った。

 「あいつら、そのお相伴しょうばんで今日はごちそうなんだ」

 「あいつらって……ああ、サパレスさんとか、ジェシーさんとか、タンメリーさんとか?」

 「そう」

 カスティリナが横目でアヴィアを見上げてそっけなく言う。一度きいただけで、よく仲間の傭兵の名まえまで覚えたものだ。

 アヴィアはカスティリナが気の毒になったのかも知れない。

 「それならさ、湖で漁師さんに話してさ、鱒釣ってもらおうよ。獲れたての鱒をモンティセッリのを入れてバター入れて煮るとおいしいよ。たぶん公女の食べるものよりもさ」

 「ああ」

 気のない返事をするとアヴィアが気にするかも知れない。カスティリナはだから続けて言った。

 「ともかく橋渡ってから考えよう」

 行って、自分から坂を下り始める。アヴィアも

「うん」

と軽く言ってついて来た。

 この頑丈そうな娘が、鞄を気にしながら、腕から先を横に開いて、バランスを取りながら下りて行く姿がおもしろい。

 でも、カスティリナは、アヴィアが心配したように輿こしれ行列の仲間がいいものを食べられるのをうらやんだのではなかった。

 ハーペンというと、いやな思い出がある。

 ハーペンからはセディーレに続く街道がつながっている。

 カシス街道という。

 街道沿いにはネリア川沿いには見られない檜葉ひばの森がずっと続く。鬱蒼うっそうとした暗い道だ。

 そこでカスティリナは厳しい戦いをしたことがある。その戦いを思い出すといやな気分になる。

 それをごまかすために、同僚のごちそうを羨むような話をしたのだ。

 実際には、あの連中はその宴会の大騒ぎの最中も警備に当たらされているだろう。それにごちそうを食べていたとしてもべつに羨ましいとは思わない。

 でも、セディーレにつづくカシス街道の事件も、公女の一行に加わっている同僚も、いまの仕事には関係がない。カスティリナはともかくいまの役目のことを考えようと思う。

 アヴィアはあの勇ましい歩きかたで先に行ってしまった。

 先に行かせておくと、そのうち疲れないかと思って見ているのだが、疲れないようだ。

 頑丈がんじょうな娘だ。

 ほんとうに山育ちなのか?

 カスティリナは歩調を乱さないようにしてアヴィアに追いついた。

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