第26話 滅ぼされた国、追って来た者

 「そんなこと言って」

 アヴィアがまたちらっと振り向いた。眉をひそめているようだ。

 「けっきょく血びたしだったじゃない。頭の上からあんな鉄のかたまり落としてさ」

 鉄ではなくて真鍮しんちゅうだ。だがそんな区別はどうでもいい。

 「子どもはそこまで見てなかったからいいけどさ」

 血浸しになっていたんだ。

 あのときは気がつかなかった。灯籠とうろうが落ちたあとどうなったかを確かめようとは一度も思わなかった。

 迂闊うかつだと思う。

 敵に当たっていなかったことだって、みんな軽い傷ですんでしまったことだってあったかも知れないのに。

 自分が「血浸し」の床を見なくてよかった、とは、思いたくはない。

 それに、このお嬢様はその「血浸し」をたりにして平気だったのだろうか。

 「あれ、エジルだったよね」

 アヴィアが唐突に言う。

 「何がエジルって?」

 エジルはアルコンナに滅ぼされた国だが。

 アヴィアもカスティリナもせわしい歩調で歩き続け、話を続ける。

 「だからさ、あの盗賊団」

 アヴィアは振り向かないまま答えた。

 カスティリナには、まだ盗賊団と滅んだ大公たいこうこくとの関係がわからない。

 「エジルの貴族だよ。少なくとも、あの宿に来たのも含めて、偉そうにしてた何人かは」

 エジルはこの山街道の北の尾根を越えた向こうだ。旧王国の王家の子孫を大公とする由緒ゆいしょ正しい国だった。

 しかし、カスティリナが子どものころにアルコンナ公国に併合されてしまった。

 夕方に、あの宿の子チェルが、エジルがアルコンナに併合されてたいへんなことになったと言っていたのがそれだ。

 このアルコンナのエジル併合のことはカスティリナはあまり話したくない。

 このエジル併合事件に父が何か関係していたらしいから。

 しかも、父が関係していたということは、そのころは父のものだったこの剣「くれないの水晶」も何かの役割を果たしていたはずだ。

 しかし、そのころはまだ子どもだったカスティリナは、具体的にどう関係したのかを知らない。

 カスティリナは言い返した。

 「どうしてそうだって言えるわけ?」

 「あのびょうに祀られてた聖パネ様はエジル大公家の大祖先」

 アヴィアはすぐに答える。

 「パネ様はネリア川沿いの国ではほとんどお祀りされてない。だから、あの御廟ももともとはエジルの人が造った御廟だと思っていいと思う」

 でも、それだけでは根拠にならないと思う。

 人気のない御廟が盗賊団の巣になることなどよくあることだ。盗賊がその根城を選ぶとき、自分の信仰している神様の御廟を選ぶとは限らない。

 「それに、あの人たち、普段着のくせに襟の折り返しのところまでぜんぶボタン留めてたでしょ? あれって、エジルの貴族の着かたなのよね」

 「そうなんだ」

 たしかにあの宿に来た男を見たときに何か異様に堅苦しいと感じていた。それはそのためだったのだ。

 「エジルの国がなくなったとき、貴族はだいたいアルコンナに召し抱えられたんだけどね。併合反対派も含めてね。でも、そこで召し抱えられなかった貴族がああなってるんだね。噂は知ってたけど、ほんとに会うとは思わなかった」

 アヴィアは冷たく言う。

 「エジルは国の職に就いていなくても貴族は貴族で、領地からの収入があった。でも、アルコンナは職位しょくい制だから、王朝に仕えて、何か肩書きをもらってないと土地をもらえないんだ。それがわからなくて、アルコンナなんかに仕えなくてもやっていけると思ってへんに意地張った貴族が土地をなくして、落ちぶれて、あんなふうになってるんだね」

 カスティリナは「どうしてそんなことまで知ってるわけ?」ときこうとした。

 でも、その前に、気がかりな音が背後から聞こえてきていた。

 カスティリナはしばらくその音を聞いてから、いきなりアヴィアの手をとった。

 腕を組んで引っぱる。

 煤がれたと思うけれど気にしないことにする。

 アヴィアはすなおについて来た。自分がすぐに人の腕を引っぱるだけに、自分が同じことをされても抵抗がないのだろうか。

 二人はしばらく道の脇の草原を走る。

 足許あしもとは確かめていない。水まりや穴に落ちたらどうしようと思ったが、そんなものには落ちず、草の根につまずくこともなかった。

 昼にしいの下に隠れたように、灌木かんぼくの下に身を寄せる。

 後ろから響いて近づいて来たのは馬のひづめの音だ。

 急がせているらしい。

 だれかが馬に乗って来たからと言って、隠れることはないかも知れない。

 だが、馬に乗っているのが善人とは限らない。善人だったとしても、こんな夜更けに女二人の旅は危ないから送ってやろうなどと言われたらかえって厄介やっかいだ。

 しかし、急がせているわりには、蹄の音はなかなか近づいてこない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る