第24話 眠りを破られて

 入って行かないと約束していたのに、お堂の中まで入ったからだろう。そして、カスティリナがはりと天井で敵の目を引きつけているあいだに、子どもたちの縄を解いて救ったのだ。

 叱ってやらなければと思う。

 だが、ふと気を抜くと気を失いそうだ。体が重い。

 「さ。帰るよ。生き残りが追ってこないうちに」

 そこで、カスティリナは、チェルの体を軽く放し、チェルを先頭に立てて山道へと歩き出した。

 生き残りが追って来ないうちに。

 最初に倒した四人は、カスティリナは命は奪わなかったし、祭壇の後ろに倒れていたから真鍮しんちゅうの十三れん灯籠どうろうの直撃も受けなかったはずだ。

 それに、落ちてきた真鍮の灯籠に当たったり、その下敷きになったりしても、死ぬとは限らない。

 宿を訪ねてきたあの男は?

 あの男といっしょにお堂に戻った犯人どもは?

 そして、カスティリナが最初に鈍刀を投げつけて倒した、分厚い毛布のような頭巾をかぶった首領だか黒幕だかはどうなったのだろう?

 もう一人、思い出さなければいけない相手がいたような気がする。

 だが、あの首領か黒幕のことを思い出すと、いやな気もちになって、それ以上、だれかを思い浮かべるのが億劫だった。

 途中で子どもたちを解散させ、チェルだけ連れて宿まで戻り、たいした傷もなくチェルが帰ってきたのを見て取り乱す女主人にかまわず自分の部屋に戻り、もう一度剣をまつり、すすけてほこりにまみれて少しだけ血を吸って汚れた乗馬服を脱ぎ、部屋着や寝間着に着替える気力もなくベッドに横になっても、カスティリナは思い出さなかった。

 こんな日に眠るのは怖い。

 しかし、怖いと思うだけ、眠りは無理にでもカスティリナを自分のなかに引っぱりこもうと襲ってくる。

 そして、こういうときに感じる眠りは、大きくて、どこにも逃げ道がなくて、もがいても逃げられない恐ろしいものなのだ。

 気がついてみると、白いかすみのなかだった。

 春の野だ。湿っぽい。

 向こうから女の子がやってくる。

 あの内気な少女らしい。

 ああ、やっぱり、とカスティリナは思う。

 同時に、そこまでは行かないはずだという思いもあった。

 人は殺した。たぶん。

 でも何にしても剣は抜いていないのだ、今日は。

 それに、まちがいなくあの子なのだが、いつもより幼い。

 それに、あの楽しげな軽い歩きかたは何なのだろう?

 扉を叩く鋭い音といっしょに、その霞も女の子もふうっと遠ざかった。

 「だれ?」

 向こうでアヴィアも身を起こしている。

 灯火は消さずに寝てしまったのに気づく。

 起き上がって扉を開けたのはカスティリナだった。

 開けてから、あんな立ち回りの後の夜中に、不用心に扉なんか開けるものではないと思う。

 敵の一味が仕返しに襲ってきたのかも知れない。

 だがそうではなかった。

 「お姉さん」

 そんなふうに呼ばれるとは思っていなかったので、カスティリナは返事ができなかった。

 硬い声だ。

 その硬い声の主は、あのチェルだった。

 「お姉さんが、ア、アヴィアさん、ですか?」

 「はいっ?」

 カスティリナの眠気が飛んだ。

 この子はこの子のやり方で反省したのだろう。怖い思いをして、助けられて、その助けた相手を「あんた」なんて呼んではいけないと思い直して、それでこんな硬いことばになっているのだろう。

 笑ってはいけないと思う。

 「いや、違うけど?」

 「あ、ああ」

 返事までぎこちない。

 そこにアヴィアが声をかけた。

 「でも、どうしてそのアヴィアっていう子を捜してるわけ?」

 「い、いえ。さっき、その、さっきのお堂で、後から入ってきたよくわからない男のひとが、家を一軒ずつ訪ねて、アヴィアってひとが泊まってるかどうか捜してるって」

 「あ!」

 そうチェルに言われるまでセクリートのことを忘れていた。

 アヴィアも口を開けたまま自分のほうを見たところを見ると、やっぱり忘れていたのだろう。

 チェルは続けて言った。

 「もちろんどこの家でもたたき返されてるんだけど、あきらめないって。それがこっちに近づいてきてるんだ、いえ、です。なんか噂になってるんだ、いや、なってるんです。それで、いま隣町のところまでそいつが来てるって。蹴り出されてもやめないんだって、その、アヴィアって女の人、捜すの、いや、やめないんです、って、だそう、です。それで、さっきいっしょにいた隣町の女の子が教えてくれたんだ、いや、です、で、いや、そ、そういえばお姉ちゃんたちのどっちかがアヴィアって言ってたって」

 その声はだんだんと心細くなってくる。

 「きかれたら母ちゃん答えちゃうよ。ね? あいつ、何? どろぼうの仲間?」

 「ちがうから、安心して」

 アヴィアが優しく言った。

 「ほんと」

 「うん」

 「何が違う?」

 「あのひとは悪い人じゃない」

 「うん」

 チェルは消え入りそうな声で言うと、だまって扉を閉めようとした。

 ああ、最後まで礼儀正しさを装うことはできなかったか。

 だが、閉まりきる直前に、扉はまた開いた。さっきより勢いのよい開きかただった。

 「それと、さっきはアルコンナの手先なんて言ってごめん。助けてくれてありがとう。こんな勇気のあるお姉ちゃんたちがアルコンナの手先なわけがないよ。そうだよね。おやすみ!」

 そう言うと、チェルは、さっきの硬さ加減から一転して、扉を勢いよく閉め、漆喰しっくいの階段をさささっと駆け下っていった。

 笑いがこみ上げてきた。カスティリナは笑い声を出さない手前で、アヴィアを振り返る。

 アヴィアも笑っていた。

 だが、カスティリナの笑いとはその笑顔は違っていた。

 「カスティリナ!」

 優雅な笑顔にはにかみを少しだけ含んで、貴族の娘らしい有無を言わさない勢いを秘めて、アヴィアはカスティリナの名を呼んだ。

 そして、黙って右手を伸ばし、その指で暖炉を指さしたのだった。

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