第23話 救出
世に真の
それは幼いころに繰り返し聞いたきり忘れていたことばだった。
「よにしんのこーみょーを! あふれんばかりのまばゆきひかりを!」
そう唱え、木でできた、まったく響かない鐘をこつこつと打ち鳴らし、何人もの男女の群れが通り過ぎて行く。
その行列が、
身を潜め、肩を押さえてくれているのは母だ。
いまならわかる。
その人の群れをにらみつけている母の目にも、浮かんでいるのは不安と恐怖だ。
では、カスティリナは怖がっただろうか。
いいや。
意味もわからず、カスティリナがつぶやく。
「よにしんのこうみょうを! あふれんばかりのま……」
「これっ! そんなことばを唱えるんじゃありません!」
母は
がちぃんという乱暴な音が響き渡って、カスティリナはわれに返る。
続いてこぉんという籠もったよく響く大きな音。その音とともに
「うぉっ」
という濁った声がして、そのまま絶える。
「なんだ」
「何が起こったっ!」
「ぐぎゃあっ!」
「うわあっ、やめろっ!」
音は次々に下からカスティリナに迫ってきて、その体に襲いかかり、通り抜けていく。
これでもかこれでもかと言うほどに、その乱暴な音が重なる。不浄な濁った声も重なる。
「ぐわ」
「ぎゃーっ!」
「たっ、た、す、け、て……」
世に真の光明を。
溢れんばかりのまばゆき光を。
だが、光明は地に降りなければならない。
降りなければ。
カスティリナはここまで自分を上らせてくれた縄に手を伸ばした。
届いてくれ!
届いた。
手は縄を
だが、手は瞬間に熱く、痛くなり、カスティリナは自分から手を放してしまった。
そのあいだにも乾いた大きな音は続いている。不浄な声も絶えたり戻ったりしながら続く。
うまく行った。
リュクス様の神殿には
それがこの神殿にもあった。
吊り灯籠は一本の
いま、カスティリナは、
大人が抱えきれないほどの大きさの真鍮の筒が、背丈の五倍もの高さから賊どもの上に落ちてきた。次から次へと落ちてきた。
賊どもはなす術もなくその吊り灯籠の下敷きになっている。
うまく行った。
自分の降りかたを考えていなかったのを除けば。
このまま落ちると脚の骨を折る。それではすまないかも知れない。
しかたがない。それはリュクス様の祭具を人殺しに使ったことへの罰として引き受けるしかない。
少女が自分の落ちる下へと動いて来る。
ああ、あのいつもの幻の少女だ。
だから助けにはならない。もともとあの子は自分を助けるような子ではないのだ。
いや、しかし、あの
少女の大きい姿が近づいてきて、むにゅっ。
柔らかいもののあいだをカスティリナの体は通り抜けた。
相手といっしょにゆっくりと床に倒れこむ。床の上を転がる。
転がりかたが鈍い。
それに重い。
何が?
転がるのが止まったところで、早口の声がいう。
「早く! 立てるでしょう?」
「ええ」
「早く!」
「ええ」とは言ったものの、相手が何者かわからない。
薄汚れているうえに、この女の服はもともと黒い服らしい。乗馬服ではなく略装の服だろう。
その女が自分の体を引き立てている。
女は自分もぐらっとよろめいたが、カスティリナの背から手をはずすと、その手をぎゅっと握って無理やり走り出した。
その強引さで相手が何者かようやくわかる。
「ア……」
「だまって!」
なぜ黙らなければならないかわからないが、黙った。
カスティリナはアヴィアに引かれるまま神殿の外まで駆け出した。そして、二人でよろめきながら互いの体を支え合い、神殿の裏口を走り出た。
ほっと息をついたのがいけなかった。
カスティリナとアヴィアに小さい鬼どもが寄ってたかって襲いかかる。
カスティリナは今度こそ自分の剣を抜こうと右手を左の腰へやる。だが、こんなときなのに、あの幻の少女が近づいてくる気配がない。
鬼どもはカスティリナとアヴィアに取りついてしまった。
泣き声だった。大きな泣き声を立てずに、むせんでいる。
「チェル……」
カスティリナはふと息をついた。
取りついてきたのは鬼などではなかった。
捕まっていた子どもたちだった。五人だと思っていたが、七人いる。男の子が五人と、女の子が二人だ。
でも、どうやって逃げ出した?
カスティリナは助けている余裕がなかった。
ではだれが助けたのだ?
目を上げたカスティリナを、いつも細い目をなお細めて、黒い頬かむりをしたアヴィアが見ていた。
すまなそうに首をすくめている。
「あんたが?」
カスティリナが言うと、アヴィアがあいまいに笑って、もう一つ首をすくめた。
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