第18話 神殿へ
そう思って振り向いてみると、アヴィアは、木の幹に右手をついて、下のほうに見える道を左手で指さしていた。
何者を指しているかはすぐわかった。
男が一人、マントを翻しながらその道を走って行く。
剣を提げている。小柄な男だ。もう夕闇は濃くなっているので、顔はわからない。
盗賊の一味なのか、盗賊の敵なのか、関係ないのかもわからない。
カスティリナは手をすばやく振ってアヴィアに急ぐように合図した。
間に合わなかった。
「こらっ! 盗賊ども!」
神殿の表から声がきこえる。
甲高い声だ。さっきマントを翻して駆けていった男だろう。
ここまで声が聞こえると言うことは、ずいぶん声を張り上げてるのだ。
「いたいけない子どもらを誘拐して許されると思うのか! ここを開けろ!」
もう少しで裏の塀を越えられるところまで来たところで、カスティリナとアヴィアは藪に腰を下ろして成り行きをうかがう。
「開けなければこちらから入って行くぞ! どうだ!」
しかもその男にしては高い声にカスティリナは聞き覚えがあった。
アヴィアもだろう。困ったような顔をして見せる。
それは、昼にセクリートと名のってアヴィアを追いかけてきた若い男の声に違いなかった。
若い男の声に応えるように、神殿の屋根の下、
手に何か持っている。たぶん小型の
男たちが神殿の向こうに回り、姿が見えなくなる。ほどなく、弩の
セクリートという青年はどうなっただろう。断末魔の叫びというのが聞こえない以上は無事なのかも知れない。しかし人は死ぬときに必ず大声を立てるとも決まっていない。
いや、つづいて、神殿の
その男どもは棍棒とか
それにしても、十人ではきかない人数がいる。
「あんたはここに残って」
カスティリナがアヴィアに言った。
相手がこれだけ大がかりとなると、アヴィアを連れて行くわけには行かない。アヴィアを守りながら大人数の男と戦うなんて器用なことはできない。
「カスティリナ! 裏口は開けといて」
「入ってくるんじゃないでしょうね?」
カスティリナが念を押す。アヴィアは軽く首を振った。
「子どもが逃げてきたら連れて逃げる」
そうだった。
あのセクリートという男ではなく、人質の子どもを助けに来たのだった。
カスティリナは一人で駆け出す。
足が軽い。加減しているつもりはなくても、アヴィアがいっしょだと、やはりアヴィアの脚に合わせていたんだと気づく。
何となくいまいましい。
それでちらっと振り向いてみる。アヴィアはこちらを見てもいなかった。それどころかスカートの端をつまんで何かやっていた。
何をこんなところでそんな女の子っぽいことを!
そう思ったけれど、忘れることにした。
裏戸の場所は見つけていたけれど、そこから乗り込む気はない。
敷地の塀に取りつき、思いきり蹴る。
思ったとおりだ。脆い漆喰にくぼみができる。
下から勢いをつけて跳ね上がり、そのくぼみに右足をかけてさらに上る。手をかけて塀の上に上がる。
盗賊どもはだれも気づいていないようだ。気づいていてもこちらの体の動きのほうが速いという自信はある。
賊は見える範囲にはだれもいなかった。
狭い裏庭に跳び下りる。すぐに神殿の建物に行こうとしたが、アヴィアとの約束を思い出し、裏口まで行ってかんぬきを開けた。それで戸が開くのを確かめる。
「おい、そっちだ!」
声がする。慌てて振り返る。
油断したか。
いや、カスティリナが見つかったのではなかった。
セクリートと名のったあの少年がこちらに逃げてきたのだ。
カスティリナの姿を見たのかどうかはわからない。ともかく裏口へ向かって駆けてくる。
カスティリナは身をかわす。後ろで弩の
この男を助けるのが自分の役割ではない。
もしこの男が倒れて賊が群がってくれれば好都合だと思う。その隙にカスティリナは子どもたちを助ければいい。それならセクリート少年も本望だろう。
片刃刀や棍棒を持った男どもが出て来た入り口の戸を引いてみると、入り口はすなおに開いた。
人の気配はない。
息をひそめて待っている様子もない。
中に入ってみる。
外ももう
裏庭では刀のぶつかる音がしている。セクリートは傷を負ったか。
追いつかれたのはまちがいなさそうだ。
だがこちらでは物音一つしない。
目が少し慣れてきた。
カスティリナのいるところは細い廊下だ。天井が高い。
音を立てないようにして歩く。
建物のまん中に向かっている。
左側は壁、右側は部屋がある。
外から見た三角屋根の部分の下にも部屋があるはずだ。いまそこを背にして歩いている。
そこの部屋に敵が潜んでいないか先に改めるべきだった。もし敵が隠れていたら挟み撃ちされる。
でももうしかたがない。それに廊下は早く抜けたほうがいい。この狭い廊下では、剣を十分に
行く手の右側がほの明るい。灯明の油灯の明かりだろうか。
だが、それとは別に、何かが不規則に動いている様子がうかがえた。
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