第13話 剣の継承者

 アヴィアの嘘がまた一つはっきりした。

 アヴィアは安くてまずい食事では満足しないと言っていた。

 ところが、そのアヴィアは、宿の女主人が出してくれた、お世辞にも美味しいとは言えない煮込みを文句も言わずに食べてしまった。

 野菜は硬いところだらけ、肉は骨と筋だらけ、スープは煮込みが足りなくて味が薄いのを塩をいっぱい入れてごまかしている。塩辛くて飲めたものではない。

 そこで鍋に残った煮込みをカスティリナが残そうとすると、アヴィアはおかわりだと言ってそれを全部自分の皿に入れ、最後にはぱさぱさの灰色パンでスープ皿をきれいにいて食べた。

 そんなしろものなのに。しかもアヴィアは骨と筋の肉を手で握ってしゃぶっている。

 あの品のよい顔でそんなことをしても意外とさまになったが、少なくとも貴族らしくはない。

 「よく食べられるね?」

 カスティリナに言われて、アヴィアは首を上げて、その白くて品のいい顔を傾けた。

 「なんで?」

 「だって、相当まずいよ、これ」

 「そう?」

 アヴィアの答えはそれだけだった。

 この調子ならば、藁はもちろん、板のベッドに寝かせても、朝、気もちよかったなどと言って目覚めるかも知れない。

 アヴィアとカスティリナはスープ皿とスプーンと鍋を盆の上に片づけた。

 ほっと息をつく。

 カスティリナはききたかったことをきいてみることにした。

 「ところで、あんたって何かこだわりがあるの? その、公女とか公子とかに」

 「うん?」

 アヴィアは、きょとん、としてカスティリナの顔を見た。

 「どうしてそう思うわけ?」

 「だって、インクリークを出るときはわざわざ公女の行列を見に行くしさ、いま公女がかわいそうとか言われて、むきになってたじゃない」

 「泣いてたかって言ったんだよ、あの子。失礼じゃない? 自分の国の公女がお嫁入りに行くっていうのに」

 「ほら、またそうやってむきになる」

 「こういうのをむきになるっていうのなら、そうかも知れないけど」

 アヴィアは不服そうにその小さくない唇をとがらせた。

 「でも、そんなこと言うんだったら、アルコンナのことをあんなに言われて腹が立たないの、あんた? だって生まれた国でしょ?」

 「あ」

 不意を突かれてカスティリナは答えに詰まる。

 「知ってるんだ?」

 「それは知ってる」

 アヴィアはあのきれいな声で早口で言った。

 「いくつも傭兵局があるなかで、とくにシルヴァスさんの傭兵局に、カスティリナ・フェルディエンドさんをお願いってお願いしたんだから」

 「名指ししたの?」

 驚いた。

 アヴィアはその両方の小さい目でカスティリナをじっと見ていた。

 自分が目をらさないだけではない。相手にも目を逸らすことを許さない。そんな力が伝わってくるようだ。

 これがこの子のまじめな表情なんだろうと思う。

 いまはそれはどちらでもよかった。

 アヴィアは答える。

 「うん。わたしにこの仕事を頼んだのとおんなじひとが、ね」

 局の先輩や仲間が公女の護衛に出てしまったから、しかたなく回ってきた仕事ではなかったのだ。

 では、カスティリナを名指ししたのはだれ?

 何人か心当たりはある。

 だが、それを直接にきくと、アヴィアというこの娘の素姓に触れそうだ。

 いまのアヴィアならすなおに答えてくれそうだからかえってききにくい。

 そこで少し違うききかたをしてみる。

 「でも、どうして、わたしに? わたしなんかまだ未熟なのに」

 「それはさ、当然」

 アヴィアはそこでひと呼吸置く。

 答えはいくつか見当がついた。

 未熟な新参者ではあっても、カスティリナは、傭兵局に持ちこまれた大きな事件の解決に何回かかかわっている。公女誘拐未遂事件もその一つだし、やはりセディーレやアルコンナ、それにヴィラナ君侯くんこうこくの絡んだ事件でも危ないところに身を置いて戦った。

 ほかにも、アヴィアと歳が同じくらいの少女だから、新参者でやとい賃が安いからなどと、いくらでも考えられる理由はある。

 でも、アヴィアの答えはどれでもなかった。

 「あんたがステッセン・フェルディエンドさんの娘だから」

 驚いたところは気取られたくない。

 カスティリナは黙って伏し目がちにアヴィアを見返した。

 アヴィアは続ける。

 「見たよ、さっき。あんたがその剣をおまつりするの。林檎りんごもそのために必要なんでしょ? ステッセンさんも、ミュセスキアにいらしたころ、その剣をそんなふうに祀ってたって」

 知っていたのだ。この子は。

 だから驚かなかった。

 剣に水と林檎を供えるなどという、普通のひとから見れば奇妙なことをカスティリナがやっても。

 「父がここの国で何をやってたかは知らない」

 カスティリナはわざと不機嫌そうに言った。

 「でも、けっしてきれいな仕事をしてたひとじゃなかった。さっきあの男の子が言ってた、エジルとか、ソフェとかポジアとかがアルコンナに併合されたっていう、そのどれにも父がかかわってた。それも、暗殺とか、脅しとかの役割で」

 「知ってる」

 アヴィアは今度は目を伏せた。

 「それは、ステッセンさんがここの国からアルコンナに移ってからだよね。でも、それはアルコンナ公への忠誠心からやったこと、そして、そういうまじめさはステッセンさんがこの国にいたときからそうだったってきいた。引き受けた仕事は、どんな仕事でもきっちりやり遂げるひとだったって」

 「で、その娘だから、わたしもそうだろうって、そういうこと?」

 にらみつけるようにアヴィアを見てやる。

 アヴィアは落ち着いてゆっくりと答えた。

 「娘だから、というより、剣の継承者だから」

 アヴィアはさらに声の速さを落とし、間を置いて言った。

 「名まえも知ってる。そのあんたの剣の。でも言ってはいけないんでしょ?」

 言って、「どう?」と問い返すように、アヴィアはカスティリナの目を見返す。

 カスティリナもアヴィアの目から目を逸らさず、じっと見つづける。

 相手がこの子でなければけんか腰になってもよかった。

 父のことを知っているような口をきかないでほしい。

 カスティリナはけっして穏やかにこの剣を父から譲られたわけではない。この剣を得たかわりに、カスティリナは、家族も、友だちも、それに大げさに言えば祖国もなくした。

 それを、まるでカスティリナにとっての幸いのように言ってほしくはない。

 だが、アヴィアは知っているのだ。

 たぶん、カスティリナ以上に。

 この剣のことも、父ステッセン・フェルディエンドのことも。

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