第11話 儀礼と商売
カスティリナは貴族というのが好きでない。
貴族のなかに男でも女でもいい人がいることは知っている。これまでの仕事でもそういう人に出会ってきた。
でも、貴族という人たち全体についていえば、どうしても好きになれない気もちが先立つ。
しかも、
いや、たぶんそうだろう。
正確にいえば、いまの国公家がアルコンナ寄りだと思って毛嫌いしているセディーレ派の貴族だ。
ミュセスキアは小国で、アルコンナ公国、セディーレ
このうち、ヴィラナは遠く海岸地帯に中心がある国なので、いまのところミュセスキアの政治にはあまり関係がない。過去にミュセスキアとヴィラナは何度も戦争したことがあるので、いろいろとつながりやしがらみはあるけれど、ミュセスキアの国政に影響を与えるほどの力は持っていない。
問題なのはセディーレとアルコンナだ。
ミュセスキアには長いあいだ南の古い国セディーレ大公国の影響が強かった。
とくに貴族には強い。セディーレに本家のある貴族も多いし、ほんとうかどうかは知らないけれどセディーレ出身の家柄を名のる貴族の家柄も多い。貴族のつきあいでは、儀礼をセディーレの礼式にしたがって行うとつきあいの格が上がるらしい。
ところが、ミュセスキアは、商売上は同じネリア川沿いのアルコンナとのつながりがずっと強い。
アルコンナがチレス高原を開拓して牧羊と養蚕を盛んにやり始めてからは、セディーレから羊毛や生糸を仕入れる必要もなくなり、商人たちにとってはセディーレなんかよりもアルコンナのほうがずっとたいせつな国になった。
だから商人や織物業者として成功して貴族になった新しい貴族たちはたいていアルコンナ寄りだ。
それに最近のアルコンナは強国だ。アルコンナと仲よくしておいたほうが安全だという考えからアルコンナ寄りの立場をとる貴族もいる。
それに対して、またセディーレ派が反発する。
アルコンナ派は金儲けのことしか考えないいやしい連中だとか、ミュセスキアを滅ぼそうとしているアルコンナを引き入れようとする不忠者だとかと言う。
いま、ミュセスキアでは、宰相のボンヴォディン子爵一家がアルコンナ派、
国公家は、娘をアルコンナに嫁入りさせるぐらいだからアルコンナ派だと思われている。
このアヴィアという娘が貴族で、国公家を尊敬していないとすれば、それはたぶんセディーレ派の貴族だろう。
ややこしいことに巻きこまれたかも知れない。
カスティリナ自身はアルコンナ派のつもりはないけれど、ともかくもアルコンナの出身だ。
それに、セディーレ派の中心にいるバレン護民長官とはあまり嬉しくない因縁がこれまでいくつかあった。それは、あの公女誘拐未遂事件も含めて、だ。
でも、自分は「ややこしいことに巻きこまれる」のは嫌いだろうか?
少なくとも平凡なわがまま娘の護衛よりもそのほうが好きに違いないと思う。
ただ、いや、だからこそ、この娘がセディーレ派の家の娘かどうかは知っておきたいと思う。
どう探りを入れようかとカスティリナは思案した。
でも、その考えがまとまる前に、戸口のところに人の気配を感じた。
「どうぞ」
と言っても入ってこようとしない。
カスティリナが行って、いちおうは用心しながら戸を開ける。
入ってきたのは男の子だった。
十歳を超えたばかりというところだろう。
顔はほっそりしている。
でも、鼻は低いくせに鼻筋が通っていて、うまく育てば将来は美男になりそうにも思う。
男の子は四角い大きい盆を胸の前に持っていた。上には、湯気の立っているスープ鍋と、パン
カスティリナが開けた戸からおぼつかない足どりで入ってくる。
「これ、あんたたちの
カスティリナに戸を開けてくれたことのお礼も言わない。
お世辞にも礼儀正しいとは言えないが、
「うん。ありがとう」
と言ってカスティリナは盆を受け取った。
アヴィアからもう少し話を聞いておきたかったから。
ところが痩せっぽちの男の子は盆を渡してからも帰ろうとしない。
お盆をテーブルに置いて自分のほうを振り向いたカスティリナと、おとなしくテーブルのところに座っているアヴィアとを上目遣いで交互に見ている。
「何かご用?」
カスティリナがぞんざいにきく。
男の子はしばらくもじもじしていたが、カスティリナににらみつけられて、不満そうに顔を上げた。
「姉ちゃんたち、インクリークから来たんだろう?」
「そうだけど?」
答えたのはアヴィアだった。
まあ答えさせてもいいかとカスティリナは思う。
男の子は続けた。
「公女様のお結婚行列って見た?」
「お結婚行列」とたどたどしく言われてもアヴィアは笑わないでまじめに答える。
「ちょっとだけね」
「公女様って泣いてた?」
「いいや」
男の子がいきなり「泣いてた」ときくのも変だったが、それに答えたアヴィアの声の変わりようにもカスティリナは驚いた。
素っ気ないという以上に
こんな声はいままでこの娘は一度も立てなかった。
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