第3話

「あたしとオタ友にならない?」


「……はい?」


 突拍子もなくそんなことを言い出す水無月に、俺は困惑のあまり素で聞き返してしまう。


 オタ友、というのはいわゆるオタク友達のことだろう。

 オタク友達とは、自分の同じオタク趣味を共有する友達のことだ。


 ダメだ、発言の意味が分かっても、今の話の流れなぜいきなり『オタク友達にならない?』という誘いに繋がるのかが分からない。


「あれ?もしかしてイヤだった?」


「イヤもなにも、いきなりなんで?って感じなんだが……」


「なんでって、オタ友が欲しいからだけど。高校からオタクを隠すようになったせいでオタ友が全然できなくなってさ」


 クラスの男子が擦り寄ってくるのは面倒くさいけどオタク友達は欲しいと……なんとも難儀な。


「……だとしても、なんで俺?」


 水無月とオタク友達になりたいヤツなんざ他にいくらでもいるはずだ。

 俺は水無月のように優れた容姿を持っているわけでもないし、他に特筆した点がある訳でもない。

 そんな俺の何が彼女の関心を引いたのかが分からないのだ。


「理由は色々あるよ。まず、あたしがオタクだって知ってること」


「知った原因はほとんど事故みたいなものだけどな」


 とはいえ、彼女が自分からオタク趣味を他人に暴露する気はさらさらないのだろう。変装までして隠そうとしてるくらいだし。

 俺は偶然知ってしまっただけなのだが、それがかえって好条件になったというわけだ。


「それに、あたしに変な気を起こしたりしなそうなこと。最初にあたしの正体に気づいたときに見て見ぬふりしようとしてたし、良い意味であたしに執着しなそう」


「それ、都合の良い男って言ってるようなもんだぞ……」


「都合の良い男はいい男でしょ」


「いや、そこは否定しろよ」


取り繕う気もない水無月に俺はツッコミを入れる。

 こうして実際に話してみると、水無月は意外に辛辣というか、思ったことを結構はっきり言うようなヤツなんだな。

 学校での彼女を見て『しっかり者だけど親しみやすい女子』といった印象を勝手に抱いていたのだが、こういう人間味のある一面も持ち合わせているらしい。


「あと、さっき買ってたラノベのチョイスが良い感じだったこと」


 先程俺が買ったラノベは、ほとんどがゴリゴリ男性向けのラブコメや異世界モノだったのだが、彼女のお眼鏡にはかなったようだ。


 最近は女性向けのラノベも結構あり、ラノベを読む女性もそれなりに増えてきているが、男性向けのラノベを読んでいる女子高生は中々いないだろう。


「で、どう?ここで会ったのも何かの縁だと思ってさ」


 水無月が催促するようにそう言ってくるが、俺はどこか納得しかねる。

 話を聞いている限り、今彼女が挙げた理由も嘘ではないのだろうが、それだけでいきなりあのような提案をしてきたとは考え難い。


 自分の秘密を知っている俺を監視下に置いておきたいのか、あるいは自分に情を抱かせれば秘密を暴露しないと考えたか。いや、俺の考えすぎか……?


 まあ、仮にそのような思惑があったとしても、彼女の誘いには乗っておいた方が良さそうだ。

 ここで下手に断って、秘密をバラさないかと警戒され続けるよりも、友好的な関係を築いておいた方が面倒ごとを避けられるだろう。


「……分かった」


「あれ、いいの?めっちゃ考えてたし、てっきり断られるかと」


「もし断ってたらどうするつもりだったんだ?」


「んー……『藤咲くんにフラれた~』って、クラスの友達に言いふらすとか?」


「悪質すぎるだろ……」


「流石に冗談だよ」


 もし本当にそんなことをされたら、俺は学校中の男子から刺すような視線を向けられながら生活を送ることになるだろう。いや、マジで冗談にならないんだが。


「それじゃあ、今日からあたし達はオタク友達ということで」


 そう言って水無月はこちらに手を差し出してくる…………ああ、握手か。

 一瞬戸惑ったが、とりあえず差し出された手を軽く握る……柔らかいな。


「なんというか、新鮮な感覚だな。こうやって面と向かって『今日から友達』って言われるのは」


 というか、『友達になろう』と言って友達になること自体が今どき珍しいのではないだろうか。

 少しずつ話すようになって、気づいたらもうすでに友達、みたいなことの方が多い気がする。


「きっかけなんて何でもいいんだよ。どうせ仲良くなったら忘れるんだし」


「……そうかもな」


 こうして、俺と水無月の奇妙な関係が始まった。



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俺は同級生の美少女の変装を見抜いてしまったらしい 七宮理珠 @reazMK

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