第2話
会計を済ませたのち、俺たちは商業施設内をぶらぶらしながら落ち着いて話せるような場所を探す。
「……」
正直に言おう。気まずい。
それもそのはず、俺も水無月も互いのことを認知してはいたものの、直接話したことはないのでほとんど初対面と言っていい。
尚早と、ここで軽く話題を振れるようなコミュ力を俺は持ち合わせていない。
そうして、互いに無言のまま並んで歩くという奇妙な状況が続く中、不意に水無月にトントンと肩を叩かれる。
視線を向けると、水無月はある方向を指さして言った。
「あそこでいいんじゃない?」
彼女が指さす方向を見ると、そこにあったのはカフェのチェーン店。
カフェにあまり馴染みのない俺でも行ったことがあるような有名な店だ。
特に他に案があるわけでもないので、水無月の提案に同意する。
「そうするか」
それぞれ注文を済ませてから、二人用のテーブル席に座る。
やや多めに砂糖を入れたコーヒーを啜り、一息ついてから本題に入る。
「一応確認するけど、水無月琴里だよな?」
「うん。そういえば、何気にこうやって直接話すのって初めてか」
「そうだな」
俺と水無月の関係は、本当の意味でただのクラスメイト。
同じ高校の、同じクラスであるということ以外に接点がないため、今まで話したことがないのも別に不思議なことじゃない。
交友関係の少ない俺なら尚更だ。
「俺としてはむしろ、自分が水無月に認知されていたことの方が意外なんだが」
「流石にクラスメイトのことぐらい覚えてるよ。それに、そっちだってあたしのこと知ってたじゃん」
「そりゃ水無月は目立つからな。クラスどころか学年でもお前のことを知らないやつの方が珍しいまである」
「流石にそれはない……とも言い切れないかも」
本人にも自覚はあるようだ。
別に特段目立つようなことをしているわけでもないのだが、やはり容姿が優れている者は周囲の注目を集めるものだ。
色恋沙汰に敏感な高校生の中ではそれがさらに顕著で、男子と話していると「あの子可愛くね?」といった文言をよく耳にする。
「てかそんなことより、よくあたしだって分かったね。今まで一回もバレたことなかったんだけど」
「最初見たときは俺も分からなかったぞ。目の前で顔を見て、なんとなく似てるなと思っただけだ」
普段の水無月と違うのは、ポニーテールにしている髪型を三つ編みのおさげにしていることと、伊達メガネをかけていること。
よく見ると、顔の雰囲気も記憶の中にあるソレとやや違うし、恐らく化粧の仕方も変えているのだろう。
地味でラフな服装も相まって、纏っている雰囲気は普段の彼女とは別人といってもいい。
普段と同じ部分は顔立ちくらいで、俺も近くで正面から顔を見なければ気づかなかっただろう。
「まあ、至近距離で顔を見られたらバレてもおかしくはないか。完全にあたしの不注意だわコレ」
「ラノベ取るのに必死だったもんな」
「……それは忘れて」
「…………フッ」
「おい、笑うな」
「悪い悪い」
正直、本棚の前でピョンピョンと跳ねている様子はかなりシュールだったし、それが水無月琴里だったと知ってから思い出すと尚更面白くてつい笑ってしまった。
「それで、出来ればこのことは誰にも言わないで欲しいんだよね」
「誰かに言うつもりはないぞ。わざわざそんなことをする理由もないし」
俺が言ったところで本気で信じるヤツはいないだろうが、たとえデマであっても広まるのが噂というもので、そこに真実か否かは関係ない。
なるべく口にしないに越したことはないのだ。
「助かる。もしあたしが実はオタクだって周りにバレたら面倒臭いことになりそうだからさ」
「まあ、未だに馬鹿にしてくるような輩は一定数いるからな」
最近は減ってきたとはいえ、未だにオタクに対する悪い偏見というものは存在する。
特に女子の中では、オタクに理解のある人間は男子よりも少ないだろうし、クラスの中でも馬鹿にするようなことを言いそうな連中には心当たりがある。
「それもあるけど、それよりもあたしがオタクだって知った瞬間、男子達がいきなり馴れ馴れしく話しかけてくるのがダルいんだよね」
「結構ストレートに言うな……実体験か?」
「あたしがオタクをオープンにしてた中学の頃の話」
「なるほどな。だから今は隠してるのか」
まあでも、その男子たちの気持ちは分からなくもない。
クラスの可愛い女子と自分に共通の趣味があると知ったら、男ならお近付きになりたいと思うものだろう。
「そゆこと。まあ、隠したらそれはそれでまた問題が……待てよ……?」
「どうした?」
水無月は話の途中で急に黙りこみ、何かを考え始める。
しばらくすると、水無月は顔を上げてこちらを見据える。
「……ねえ、藤咲くん」
「なんだ?」
「あたしとオタ友にならない?」
「……はい?」
俺は同級生の美少女の変装を見抜いてしまったらしい 七宮理珠 @reazMK
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