俺は同級生の美少女の変装を見抜いてしまったらしい

七宮理珠

第1話

 ゴールデンウィーク。

 土日祝日のみで形成された、まさに天然の連日休暇。


 仲の良い友人と遊ぶ、家族と旅行に行く、部活動に打ち込むなど、人によって過ごし方は様々だ。


 そして、俺のように暇を持て余しているような人種もそれなりにいるだろう。

 友人と遊びに行く約束は一つもしていない。

 部活動は特に日数が増えることもなく、ゴールデンウィーク中に二日のみ。

 唯一の家族である父親は仕事が忙しく、久しぶりに会うことすら叶わなかった。


 そんな俺のゴールデンウィークの過ごし方は、動画配信サービスでアニメや映画を見たり、家でゴロゴロしながらラノベや漫画を一気読みしたりと、引きこもり予備軍のような生活になっている。

 今日は部活もないので、このままだと一日中家に居ることになるが、流石にそれは宜しくない。


 ……月初めに出たラノベの新刊でも調達しに行くか。

 財布とスマホ、家の鍵をポケットに突っ込み、玄関を出る。


 五月に入れば、春はもう終盤と言ってもいい。

 朝晩こそ涼しいものの、日中は少し汗ばむほどには暑く、汗っかきの俺にとっては非常に忌まわしい季節が始まろうとしている。

 もう少しすれば、常にハンカチを持ち歩かなければならなくなるだろう。


 住んでいるアパートから歩くこと十分弱。

 そこそこ栄えている最寄り駅が見えてくる。

 ちなみに、通っている高校の最寄り駅でもある。まあ、高校は駅から見てアパートとは反対側にあるのだが。


 駅直結のやや大きな商業施設の中に、この辺では一番規模の大きな書店がある。

 この書店はライトノベルのゾーンが他の書店と比べて広く、新刊の仕入れも比較的早い。

 そのため、月初めは毎回ここにお世話になっている。

 最近は参考書を探しに来たりもしているので、行きつけの書店と言っても過言じゃない。


 店に入り、いつも通りライトノベルのゾーンに直行する。

 見慣れた本棚が見えてくると同時に、見慣れない光景が俺の視界に入った。


 ライトノベルの本棚の前で、高いところの本を取ろうと必死に手を伸ばす少女。

 左右に分かれるように三つ編みにされた黒い髪に、落ち着いた色味の控えめな服装、黒縁のメガネ。

 全体的に地味な格好をしているが、その姿にはどこか既視感がある。


 彼女が手を伸ばす先にあるのは、アニメ化もされた有名なラブコメラノベの最新刊。ちょうど俺も買おうかと思っていたものだ。

 彼女は必死に背伸びをし、挙句の果てにはピョンピョンとジャンプして本を取ろうとする。

 見ていて忙しないので、横からひょいと手を伸ばして本を手に取り、彼女に向かって差し出す。


「これですか?」


「え?……あ、はい」


 彼女は一瞬驚いたような顔をしたのち、そう言って俺の差し出した本を受け取る。


「助かりました。ありがとうございます」


「どういたしまして」


 そう礼を言う彼女の顔を見て、やはり俺はどこか既視感を覚える。

 その地味な格好に反して、彼女の顔立ちはかなり整っている。

 サファイアの宝石のような蒼く澄んだ瞳に、小ぶりながら筋の通った高い鼻、瑞々しく柔らかそうな薄い唇。

 各々のパーツもさることながら、全体的な造形のバランスも良く、可愛い系と綺麗系のどちらとも取れるような不思議な容姿だ。

 

 そうしてボーっと彼女の顔を眺めているうちに、俺は既視感の正体に気づいた。


水無月みなづき……」


「……え?」


 思わずその名前を口に出すと、彼女は目を大きく見開く。


 水無月琴里みなづきことり。俺と同じ高校に通っている同級生で、確か今年は同じクラスだったような気がする。

 その優れた容姿ゆえに校内ではちょっとした有名人で、俺も直接面識があるわけではないが一方的に彼女のことを認知していた。


 彼女の反応を見る限り、俺の予想は当たっていそうだ。

 普段とは髪型や雰囲気が違うので、最初に見た時は全く気づかなかった。


 しばらく呆然としていた彼女は、スっと何事も無かったかのような表情に戻る。


「水無月?……6月?」


 どうやら、彼女はどうにかして誤魔化すつもりらしい。


 しかし、水無月のような女子がライトノベルを読んでいるのはかなり意外だ。

 それも、彼女が欲しがっていたのは女性向けの恋愛モノではなく、ガッツリ男性向けのラブコメだし。


 よく見ると、彼女のつけているメガネには度が入っていない。いわゆる伊達メガネというやつだ。

 オシャレのためにつけているのかとも思ったが、その割には地味な服装をしているし、恐らく同級生にバレないようにするための変装かなにかだろう。


 彼女が無かったことにしたがっている以上、特に深追いする理由もない。


「いえ、なんでもないです。それでは」


 俺は目をつけていた新刊のラノベをいくつか手に取り、レジに向かって歩き出す。


 しかし、不意に後ろから手を引かれたので、俺は足を止める。


「なんですか?」


「ちょっと話をしようよ、藤咲奏ふじさきかなでくん」


 意外にも、彼女も俺のことを認知していたようだ。

 しかし、見なかったことにしようと思ったのだが、まさか本人に引き止められるとは。


「誤魔化すつもりじゃなかったのか?」


「いや、よくよく考えたら明らかにバレてたよなぁと思って」


「だから口止めしないと、ってか?」


「そゆこと。話が早いね」


 さっきまでの茶番はなんだったんだとツッコミを入れたくなるのをどうにかして飲み込む。


「とりあえず場所を変えないか?」


 いつまでも本屋の中で突っ立って話し続けるのははっきり言って迷惑でしかない。


「……そうしよっか。先に会計も済ませたいし」



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