最終章 2つの告白
その言葉に、私の胸は一瞬で締め付けられた。頭が真っ白になりそうだった。でも、私の中で何かが動き出した。美咲が目を伏せる前に、その言葉をどうしても聞かなきゃいけなかった気がした。
「美咲…」
私は、やっとの思いでその言葉をかける。美咲は黙ってうつむき、少しずつ顔を上げる。そして小さな声で続けた。
「私…好きだったの…恭平が…だからあの日…」
そう言い美咲は視線をずらす。
「あの日?」
思い当たる節があった。
「あの…」
「3人で映画を見た日」
私は口を割り込ませる。それに美咲は目を丸くし、固まった。少しすると顔が緩んでいき、涙ながらに微笑んでいた。
「…そう…、あの日私は恭平に告白…好きだって言ったの」
その言葉で胸が締め付けられる。しかし、美咲はさらに言葉を続ける。
「恭平…なんて言ったと思う?」
私は一瞬息を飲んだ。
「…なんて言ったの?」
「好きな人がいるんだって…」
その言葉を聞いた瞬間、胸がしめつけられるような痛みが走った。美咲の瞳がじっと私を見つめ、彼女の表情はどこか遠くを見つめているようにも感じた。
「好きな人がいる…?」
私はその言葉を繰り返し、無意識に声を上げてしまった。その言葉の重さが、胸にどんどん圧し掛かってくる。
美咲は顔を緩めてさらに続ける。
「そう…、だから私聞いたの。…だれ?…って」
聞きたくない。さらに胸が痛んでしまう。
しかし、無意識に口に出してしまっていたらしい。
「だれ?」
美咲はまた涙ながらに言った。
「夏美」
「え?」
予想外の答えで聞き返してしまう。
「夏美だって。好きな人」
言葉が喉に引っかかり、何も出てこない。ただ、美咲の顔を見つめることしかできなかった。
「あ…」
声が出ない。
「分かっていたよ。恭平が夏美のことが好きなの…。でもどうしても伝えたかったんだ…」
目を見ることしかできない。
「あの!」
やっとの思いで声を出す。
「今言うことじゃないかもしれないど…私!…恭平のこと…好き!」
美咲は目を大きくすると、少しずつ目を細めて微笑みながら言った。
「知ってるよ…友達だもん。見ていれば分かるよ。分からないわけないでしょ?」
美咲の言葉が、私の胸を締めつけた。私の中であふれそうになる感情をどうしていいかわからず、言葉が出てこない。
「でも…でも、どうして…分かっていたら言ってくれたらいいんじゃないの?」
私は無意識に声を震わせて問いかけていた。
美咲はしばらく黙っていて、目を細めると、静かに答えた。
「言えるわけないよ…だって、夏美が恭平のことを好きなの、知ってたから。」
美咲は少し声を震わせながら続けた。
「こんなに大切な友達に、自分の気持ちを押しつけたくなかった。私が告白したことで、夏美がどんなに辛くなるのか…それが怖くて、言えなかった。」
その言葉が、私の心に突き刺さった。私は目を伏せ、必死に涙をこらえる。
「でも、今はもう…どうしても言わなきゃと思った。ずっと心の中で悩んでたことを、夏美に伝えたくて…。もし伝えなかったら、もっと後悔してしまうから。」
美咲は涙を浮かべながら微笑んで言った。
私の心はまだ揺れていた。どうしても素直に受け入れられない部分もあって、涙が止まらない。
「ごめんね…」
美咲が小さく呟くと、私は思わずその手を取った。心の奥で何かが溢れ出しそうになったけれど、言葉が出ない。代わりに、私はただ美咲をしっかりと抱きしめた。お互いに沈黙の中で、ただその気持ちを感じ取るだけで、十分だった。
お互いに傷つけ合ったかもしれない。でも、今この瞬間にわかったことがある。私たちはきっと、この先もずっと、支え合っていけるんだと。
あの泣きじゃくった後の翌日。冷たい空気が窓を通り抜けて部屋に広がっていた。外では雪がちらちらと降っており、世界が静まり返ったような感じがする。
あの後、恭平ともモヤモヤを解消するためにメッセージアプリで連絡を取って、合うことになっている。正直、少し怖かった。しかし、あの時のあの言葉と美咲の告白が、どこかで自分を突き動かしているような気がしていた。
約束の時間が近づくにつれて、胸の中に不安と期待が入り混じっていた。外の空気は冷たく、冬の静けさが一層心を締め付ける。でも、何かを終わらせるためには、この一歩を踏み出さなければならないのだと、心のどこかで覚悟を決めていた。
約束の場所に到着すると、喫茶店のドアが音を立てて開く。店内の温かな空気に包まれながら、私は席に着く。その時、少し遅れて恭平が店に入ってきた。彼は私を見つけると、少し驚いたように目を見開いた後、ゆっくりと歩み寄ってきた。
「遅くなってごめん。」
恭平は少し息を整えてから、照れくさそうに言った。
「ううん、大丈夫。」
私は小さく微笑んで返す。
少しの間無言の時間が流れる。
「恭平…」
私は言葉を切り出す。そして、昨日あったことを恭平に話す。
恭平は黙って聞いていた。時折、何か考えるように目を細めたり、少しだけ頷いたりしていたが、言葉を挟むことはなかった。私の話が終わると、恭平は静かに口を開く。
「少し歩こうか」
恭平が提案してくる。
「…うん」
それに私は承諾する。
二人は静かな街を歩き、公園に着く。ベンチに腰掛けると、冷たい風が頬を撫でる。目の前には凍った噴水が広がっていて、水が凍りついてまるでガラスのようになっていた。その静けさが、心に深く響いた。
「寒いね。」
私がつぶやくと、恭平が少し笑って、そっとコートの中から手を出して私に差し出してくれる。温かさが手のひらを通じて伝わり、何も言わずにその手を取ると、心の中が少しだけ穏やかになった。
しばらく、二人とも言葉を交わさなかった。ただ静かな時間が流れ、周りの風景や音だけが二人を包んでいる感じがした。寒さの中で、心の中でずっと抱えていたモヤモヤが少しずつ溶けていくようだった。
「恭平…」
私は口を開く。
「私…恭平のこと…好き」
その言葉が、凍りついた空気を少しだけ温めたような気がした。
恭平は少し驚いた表情を浮かべたが、すぐに優しく微笑んで私を見つめ返してくれた。その瞳に、何か温かいものが溢れているのを感じた。
「俺も…」
恭平が一瞬ためらうように言葉をつなげた後、私の手をそっと握りしめた。
「夏美、俺も…ずっと好きだった。」
その言葉に、私の胸は大きく高鳴った。まるでずっと待っていたような、その瞬間がやっと来たことが、信じられないくらい嬉しくて、心の奥で何かが溢れ出した。
それに応えるように二人は顔を近づける。
その様子を美咲は微笑みながら木の後ろから見ていた。
美咲の目尻が少し光って見えたが、それが雪が銀色に光輝いたものなのか、それとも噴水に照らされた光なのか、はたまた別のものだったのかは、今の私にはそれが何か分かっていた。
―おわり―
揺れる心、隠された気持ち やまもどき @yamamodoki
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