4章 選択の時

 次の日、学校に向かう道、私は自分の足音がやけに大きく響く気がした。最近、心の中でくすぶっている不安を感じながら、何もかもが少し重く感じられる。学校に着くと、いつも通りに二人と会った。美咲は明るく、普段通りの笑顔を見せてくれる。けれど、その笑顔には少しだけ引っかかるものを感じた。恭平も、いつも通り優しく接してくれているけれど、どこか無理に笑っているような気がして、私はそれに気づいていた。それにどうも2人に距離を感じる。


 放課後、私は一度、二人から少し離れて歩くことにした。心の中で色々な思いが交錯していて、その全てを整理しきれずにいた。


 「夏美、ちょっと待って!」


 美咲の声が背後から聞こえて、私は足を止めた。振り返ると、美咲が少し息を切らして私の方に駆け寄ってきた。


 「どうしたの?」


 私は少し不安そうに聞いた。



「うん、なんでもないんだけど…」


 美咲は一瞬言葉を濁し、その後すぐに明るく笑った。けれど、その笑顔に、なぜか少し違和感を感じた。私の心の中で、その違和感が引っかかって仕方がなかった。


 美咲は言葉を続けるのを躊躇うように、一度間を置いた。


 「なんでもないよ、夏美が気にしなくても大丈夫。」


 何を言っているのか分からないかった。美咲が何かを隠している、そう直感的に感じた。


 私たちの会話はそのまま途切れ、いつものように一緒に帰り道を歩いたけれど、いつもとは違う沈黙が流れていた。恭平は何かを言い出しそうで、でもそれを躊躇しているような表情をしていた。私はその場に居ること自体がどこか居心地悪く感じ、胸がチクチクと痛むのを感じていた。


 家に帰ると、私はベッドに倒れ込み、今日のことを思い返していた。美咲の笑顔、恭平のぎこちない表情、そして二人の間に漂う微妙な距離感。それはただの気のせいなのか?それとも、私が見逃している何かがあるのか?


 「何が変わってしまったんだろう…」


 私はそう自分に言い聞かせた。だけど、その変化が何なのか、まだ明確な形を取って私に見えていなかった。それでも確かなのは、私たち三人の関係が、以前のように純粋で透明なものではなくなっているということだった。そのようなことを考えながら静かに目を閉じた。


 冬休みが近づき、教室の窓から差し込む日差しも弱々しくなってきた。学校は年末の締めくくりとして、静かに終了式の準備が進んでいた。けれど、私の心はそれとは反対に、日に日に重く、ざわつきが増していくのを感じていた。


 いつも通りの教室、いつも通りの授業、そしていつも通りの休み時間。けれど、私の心の中では、何もかもが「いつも通り」とは違う感覚だった。美咲と恭平の距離感は、以前よりもさらにぎこちなくなっているように思えたし、それを見ている自分自身もますます焦りを感じていた。二人の関係が、何か見えない線で引かれてしまっていることに気づいているのに、それをどう対処すればいいのかが分からないまま、時間だけが過ぎていった。


 終了式の日が近づくにつれて、教室は慌ただしさを増していった。生徒たちは冬休みの計画や、年末の準備について楽しそうに話し合っている。でも私は、なぜかその輪の中に入り込むことができず、少し離れたところからぼんやりとその光景を眺めていた。


 昼休み、ふと美咲が私に声をかけてきた。


 「夏美、冬休みの間、何か予定あるの?」


 その声はいつも通り明るかったけれど、私はどこかぎこちなさを感じていた。


 「特にないかな…家でのんびりするつもり。」


 そう答えると、美咲は一瞬だけ視線を落とし、何かを考え込むような仕草を見せた。


 「そっか、じゃあ、また遊ぼうよ。」


 美咲はそう言って笑顔を見せたけれど、その笑顔にはどこかしら寂しさが滲んでいた。


 その後、恭平も加わり、三人で冬休みの計画を立てようと話を始めた。けれど、会話はどこか上滑りしているようで、以前のような自然な空気が戻ることはなかった。恭平も美咲も、言葉の端々にどこか遠慮を感じさせるような、そんな微妙な雰囲気が漂っていた。


 午後の授業が終わり、終了式が始まる時間になった。私は教室を後にして、体育館へ向かう途中、ふと後ろを振り返ると、美咲と恭平が少し離れた場所で何か話している姿が目に入った。二人の表情は見えなかったけれど、その距離感と雰囲気から、何かが違うということは確かだった。


 終了式が終わり、冬休みが始まった。みんながそれぞれの計画を立て、楽しそうに帰っていく中、私はひとりで学校を後にした。心の中で渦巻く疑念と不安、それに加えて何かが確実に終わりに向かっているような予感が、私の胸を重くしていた。


 家に帰る途中、私はこれからどうすればいいのか、何をすべきなのか、ずっと考えていた。美咲と恭平の関係、そして私自身の気持ち。何もかもが曖昧なまま、答えが出ないままでいることが、ますます私を苦しめていた。


 「このままじゃダメだ…」


 そう思いながらも、次に何をすればいいのかが分からないまま、私は冬休みの初日を迎えることになった。


 冬休みの初日、外は雪がちらつき始めていた。私は窓の外を眺めながら、ぼんやりとした気持ちで一日を迎えていた。学校が終わり、しばらくのんびり過ごすはずだったけれど、心の中は休むどころか、ますますざわついていた。


 美咲と恭平のことが、どうしても頭から離れなかった。二人が何を考えているのか、なぜあんなにぎこちないのか、そして自分自身がそれにどう関わっていくべきなのか…そんなことばかり考えていると、気持ちがどんどん重くなっていく。


 携帯を手に取り、メッセージアプリを開く。美咲と恭平の名前が画面に並んでいるのを見て、一瞬だけ送信ボタンに指がかかった。でも、結局何も送らずにアプリを閉じた。二人に連絡を取ることが、なぜか今はとても重いことに思えてしまったのだ。


 その日は、ずっと家の中で過ごした。外はますます雪が降り積もり、静かな冬の風景が広がっていた。暖かいコーヒーを手にしながら、私はただ考え続けていた。


 そして、気が付けば夜になっていた。外の雪はやむことなく降り続き、街灯に照らされた白い世界が広がっている。そんな景色を見つめながら、私はふとある決心をした。


 「このままじゃダメだ。」


 自分の気持ちを押し殺し、ただ流されるままに過ごすことは、きっと二人との関係をさらに悪化させるだけだろう。何か行動を起こさなければならない、と心の中で強く感じていた。


 次の日、私は意を決して美咲にメッセージを送ることにした。


 「明日、少し話せる?」


 送信ボタンを押した瞬間、心臓がドキドキと高鳴る。しばらくして、美咲から返事が返ってきた。


 「もちろん!どこで会う?」


 その明るい返事に少しだけ安堵しつつも、私は心の中で何を話すべきかを考え始めた。美咲とちゃんと向き合って、今まで感じていたことを正直に伝える。それが、これからの自分にとっても、二人との関係にとっても大事なことだと感じていた。


 そして、次の日がやってきた。私は美咲と約束したカフェに向かいながら、心の中で自分に言い聞かせていた。


 正直に話すんだ。これ以上、隠し事をしたり、疑いを抱えたままでいたくない。


 カフェに着くと、美咲はすでに席に座って待っていた。いつも通りの笑顔を見せてくれたけれど、その笑顔の裏に何かを隠しているような気がした。


 「夏美、久しぶりだね!冬休み、どう?」


 軽い会話から始まったものの、私はすぐに本題に入ることにした。


 「美咲、少し話したいことがあるんだ。」


 そう切り出すと、美咲の表情が少しだけ硬くなったように見えた。


 「…何?」


 その瞬間、私は美咲もまた何かを抱えていることに確信を持った。何を話すべきか、どう切り出すべきか、迷いながらも私は続けた。


 「最近、なんだか…二人とも少し変じゃない?私、何かしちゃった…?」


 言葉を選びながら伝えると、美咲はしばらく沈黙したまま、テーブルの上のコーヒーカップを見つめていた。そして、少しだけ笑顔を浮かべて、こう言った。


 「うん…夏美には隠してたけど、実は色々あったんだ。でも、それはもう大丈夫。だから心配しないで。」


 もう大丈夫?美咲はそう言っているが、分からない。理解ができない、いや、したくなかったのかもしれない。自分の中で完結して、私には一切話そうとしてこない。私は美咲のことをずっと親友だと思っている。今までも、これからも。だから、こんな感じでずっと、ぎこちない雰囲気でいたくない。また一緒に3人で笑いあったり、馬鹿しあったりしたい。


 「……いやだ…」


 声がこぼれる。


 「え…?」


 ここで引くわけにはいかない。もしここで引いてしまったならモヤモヤが残るだけだ。絶対に引かない!


 「いやだ!」


 美咲はその勢いで思わず唾を飲む。


 「なんで、隠すの?!私たち、ずっと友達だよね!それなのに、どうしてこんなふうに…!私はずっと気づいてた、なんか変だって!美咲、何も言わずに隠して、どうして一人で抱え込むの!私たち、友達でしょ!お互いに何でも話せる関係だったじゃない!なのに…。私は、あなたに隠し事をされるのが嫌だし、こんなに気まずいままでいるのが辛い!あなたが何かを抱えてるって分かってる、それを聞かずにいるのは私にとって耐えられない!ちゃんと話してよ!私たち、ずっと一緒に乗り越えてきたでしょ!なんで今さら、こんなふうに悩みを一人で抱えるの!」


 思わず感情的になってしまったその瞬間、自分でも少し驚くほど、心の奥に溜め込んでいたものが一気に溢れ出した。言葉は止まらない。胸が苦しくて、切なくて、でも、どうしても止められなかった。心の中のモヤモヤが一気に口から溢れた。そのせいで息が少し荒くなり、視界がかすむ。目の奥が熱くて、しっかりと見ようとしても、どこかぼやけたように感じた。目元がじんわりと熱くなり、その温かさが頬を伝っていく。静かに頬を伝い、テーブルの上に落ちていった。それが、机の上に小さな跡を作り、少しずつ広がっていった。


 私は深呼吸をして、すぐに我に返った。


 「ご、ごめん!」


 私はすぐに謝る。それに応えるように美咲は首を横に振る。


 「…そんな…謝らないで」


 美咲は静かに言った後、少しだけ視線をそらす。その様子に、私は胸の中でさらに自分の気持ちが揺れ動くのを感じていた。涙はもう流れていないけれど、その温かさがまだ頬に残っているようで、心が少しずつ沈んでいく。


 「夏美…」


 美咲は深く息を吐き、ゆっくりと口を開いた。


 「ごめん、私…本当に…」


 その言葉に、私は黙って美咲を見つめる。


 「どうして、こんなに遠回りしてしまったんだろうって、今は本当に思う。でも、あなたに言うべきだった。ずっと、ずっと前から。」


 美咲の声は、少し震えているようだった。それが私の心に刺さり、また胸が苦しくなる。


 「でも、私は…」


 美咲は言葉を選ぶように、少し間を置いた後、顔を上げて私を見つめた。


「好きなの…好きだったの!…恭平のことが…」

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