第4話 守りたかったもの

「ごめんね、迷惑かけちゃって」


「全然迷惑じゃないですよ! 私たちを守ってくれたんですから!」






 ボロボロになりながら帰ってきたサブリナさんたちを医務室へ運び、手当をした。


 知識も経験もないため、応急手当ほどのことしかできなかったが、とりあえず傷口を保護し、血も止めた。


 怪物に吹き飛ばされ、木にぶつかって強打した場所は、青紫色に変色している。


 正しい手当の仕方は分からないが、とりあえずは患部を冷やす。


 なるべく楽な体制で彼女たちを横にし、私たちは見守る。


 眠っているサブリナさんたちの表情はとてもしんどそうで、何もしてあげられないのが悔しい。






 影が居て不気味だったから、自分の部屋には戻りたくなかったが、今は他に行くところもないため、仕方なく戻った。


 戻った後も怖くて、ベッドの上で布団に潜った。


 あの怪物、キュニティ君が来た時に見た怪物よりもはるかに強かった。


 あんなに強いサブリナさんたちが、手も足も出ないなんて……


 それに、あの影もだ。


 私にしゃべりかけてきたし、明らかに怪物と関係がある。


 怪物も、私においで、おいでと言ってきた。


 それを止めようとしたサブリナさんたちを、怪物は殺しにかかっているように見えた。


 つまり、私以外はどうなってもよかったってこと。


 なんで私なの? 私は何もしていないはずだよ? 怪物に目を付けられることなんて、何もしていない。


 きっと、他の子も私が怪物と何か関係があるのかもって思ってる。


 あの時はみんな必死に守ってくれたけど、冷静になった時、皆が私をどんな風に見るんだろう。


 もしかしたら、私が怪物を引き寄せてるって考えて、冷たい目で見られるんじゃ!?


 そんなのは嫌だよ……






「呼び子……近頃増えてきたとは思っていたが、あいつらの君に対する執着は異常だったな」



 私以外居ないはずの部屋から、男の人の声がする。


 布団から顔を出し確認すると、入り口に一人の男性が立っていた。


 腰には沢山のナイフを付けている。


 まだ若いようだが、左手はしわだらけで震えている。


 目は片目が赤く、もう片方は私たちと同じで黒い。


 






 そうだ!


 この人がサブリナさんたちを助けてくれたんだ。


 急に現れてすぐに姿を消したため、お礼も言えなかったけど、耳元で囁かれたこの声はしっかりと記憶に残っている。






「……サブリナたちは無事だったか?」


「あ! はい、あなたのおかげで全員生きてます! 本当にありがとうございました」




「ならよかった」




 とっさに返事をしたけど、この人はサブリナさんを知ってる?


 でも、この人が館に来たことなんてないと思うけど……






「僕はサクリファ。僕と君は、初めましてだ。サブリナとは関りがあってな。まぁ、 

 あまり警戒しないでくれ」


「サラです……」






 サクリファはこちらへ歩いてきて、ベッドの横にある椅子に座った。


 サブリナさんたちを助けてくれたし、その後の心配もしているのを見ると、本当に悪い人ではないみたいだ。


 それに嘘をついているようにも見えない。


 何の関りがあるのかは言わなかったけど、本当に面識があるのだろう。






「外の世界には、まだ興味があるのか?」


「……え?」






 びっくりした様子の私を見て、彼はフフっと微笑む。


 そして椅子から立ちあがると、棚から一冊の本を取り出した。


 やっぱり左手は動かないのか、わざわざ左側にある棚から、右手で本を取った。


 彼が取ったのは、私が図書室から借りている本だ。


 外の世界について書かれたもので、図書室が閉まっている時間や日に読んでいた。






「まだ興味はあるようだな。でも、外に出ようとするほどの欲望はなくなったか?」


「外には興味ありますよ。でも、外は危ないので、出ようにも出られません」






 彼の質問の意味はあまり分からなかったが、分かるところだけ答えた。


 実際、外が安全ならば出ていただろう。


 いや、安全ならまず外に興味すら持たなかったか。






「それを聞いて少し安心したよ。やっぱり恐怖心は強いものだな」


「……?」






 本当に何を言っているのかが分からない。


 さっきも、欲望はなくなたか? と聞いてきたけど、まるで過去に私を見たような口ぶりだ。


 でも、さっき彼が自分で言ったように、私たちは今日が初めましてだ。






「まあ君がその様子なら、また”呼び子”が増えたのも納得だな。また終わりに近づくってことか」


「終わり? なんのですか?」




「いずれ分かるよ」






 そういって彼は本を棚に戻す。


 やはりわざわざ体を棚に向け、右手で本を戻す。






「左手……動かないんですか?」


「昔ちょっとやらかしてね。まあ、得たものの代償としては安いものだと思ってるよ。実際、あの時の


 僕の行動は、確実に意味があったんだと、ここにきて確信できた」


 




 何を言っているのかあまり分からないが、何かに失敗して動かなくなってしまったのだろう。


 得たものが何かは分からないけど、本人が良かったと思っているならそれでいいや。






「さて、サブリナたちの無事も確認できたし、僕はそろそろ帰るよ。彼女たちに、僕が来たと言ってお 


 いて」






 そういって立ち去ろうとする彼を、私は呼び止める。






「外は、危険なんじゃないですか? ここにいたほうが安全ですよ」


「まぁ、安全な場所はここだけじゃないってことさ。これ以上話過ぎたらサブリナに怒られちゃうよ。


 また来るから、その時もっとゆっくり話そうね」






 部屋の扉を開けて出ていく彼の姿を、私はずっと見ているだけだった。












 ーーーーーーーーーーサクリファーーーーーーーーーー










 次は彼女なのだろう。


 もう、長いことあの子を見てきた。


 ある程度は分かっていた。


 昔と比べて彼女は、明らかに外の世界への興味が薄くなっていっていた。


 欲望に負け、悪魔に体を乗っ取られるたび、僕たちで戻していた。


 彼女も、いつか欲望に打ち勝つ日が来ると信じて。


 記憶が消えても、体に染みついた恐怖心は消えない。


 体が拒むのだ。


 外へと出ることを、欲望のままに生きることを。


 だからこそ、欲望に負け続けたものは、そのたびに強くなる。


 いつかはきっと、欲望に打ち勝つ日が訪れる。


 でもまだ、サブリナを入れても十人ほどだ。


 大人になり、この世界の真実を知ったものは。


 忘れもしないあの日、僕は妹のために左手の自由を失った。








「ダメだサブリナ! 戻ってこい!」






 大声で呼んでも、妹は戻ってこなかった。


 館の扉を開け、全速力で外へと飛び出した。


 当時、大人は僕しかいなかった。


 子供たちに館から出ないよう注意し、妹を追いかけたころには時間が経ちすぎていた。


 聞こえるな、まだ叫ぶな!


 そう祈りながら、外へと飛び出した。


 でも、やはり遅かった。






「ギャアァァァァァァァァァ!!!!」






 森中に、怪物の叫び声が響き渡る。


 また繰り返すんだ……そんな絶望が、心を侵食してくる。


 でも連れ戻さないといけない。


 またやり直すのだとしても、諦めるという選択肢は、僕にはないんだ!


 






 森中を走り回り、ようやく怪物を見つけた。


 その姿を見て、涙がこぼれてくる。


 もう、何度も何度も経験したのに、まだ慣れることはない。


 ”欲望”という名の心に巣食う悪魔に体を乗っ取られ、人間だった時の面影など全くない妹の姿。


 あと何回繰り返せばいい? あと何回で妹の体は欲望を拒否する? あと何回、僕は妹の体を斬ればいい?


 答えてくれる人などいない中、僕はまた、妹の体をナイフで刻んだ。


 




「また……みんな忘れるんだ。彼女の居た記憶をすべて失ってしまうんだ……」






 涙を流しながら、怪物の首へナイフを突き立てた。


 妹の体を乗っ取る悪魔の力を、ナイフで刺した。


 刺された悪魔の力は、弱体化する。


 だが再び、宿主の欲望を餌に、成長してくる。


 だから、体が覚えるしかないんだ。


 欲望のままに生きることへの恐怖心を、悪魔も拒否する心からの恐怖を。






「戻ろう、みんなのところに。またやり直そう、正しい道に進めるまで」






 人間の姿に戻った妹を抱いて、その場を立ち去ろうとした……その時!






「痛!? サブリナ!? 僕だよ、サクリファだよ!」






 意識が戻った妹が、僕の左手に嚙みついていた!


 それも、尋常ではない程の力で。


 離させようと左手を振ると、肉が引きちぎられるような痛みが走る。


 だが、放っておいても、手は嚙みちぎられてしまう。






「このくらいなんだ!」






 僕は右手にナイフを持ち、妹が噛んでいる部分を、切った。


 肉が斬られ、左手からは激しい激痛と、血が流れる。






「なんだよサブリナ……分からないのか? お兄ちゃんだよ!」






 僕から離れた妹の眼は、正気のものではなかった。


 明らかに理性を失っていて、話が通じる状況じゃない。






「悪魔……お前、まだそうやって他人から奪うのか! 何もかも……生きた時間さえも!」






 妹を狂わせていたのは、倒したはずの悪魔だった。


 人間の姿に戻ったということは、悪魔の活動が停止したということだ。


 こんなこと、普通はあり得ない。


 あっていいはずがない!






「この体は……紛れもないお前の妹の体だ。傷つけられるのか? お前に」






 妹の体で、妹の声で、悪魔は僕に話しかけてきた。


 その瞬間、強い怒りが脳を支配した。


 その体で、妹の声でしゃべるな! その体はお前のものじゃない! 僕の妹のものだ!


 だが、奴の言う通り、僕は手を出せない。


 あれは彼女の体なんだ……傷をつければ残るし、下手をすれば死んでしまう……






「はははは! やっぱり人間は弱いな! 大切なものが相手になった瞬間に、もう手を出せなくなる!


 ほらほらどうした? 目の前にいるのは、さっきと同じ”悪魔”だぞ? 殺さなくていいのか?」


「ぐっ……!」




 笑いながら悪魔は、僕の頭を殴った。


 しかし、痛みが走るだけで、僕に傷はできない。


 傷ができたのはむしろ……






「ちっ、人間の体はこうも脆いのか」






 妹の拳から血が流れる。


 殴った場所は真っ赤に変色し、見るだけで痛々しい。






「……もう、やめてくれ」


「……あ?」




「もうやめてくれ! それ以上、妹を傷つけないでくれ!」






 涙を流しながら頼み込む僕を、悪魔は笑った。


 気味の悪い笑みを浮かべ、こちらに近づいてくる。






「そうやって、自分の立場が悪くなったら相手に許しを請うのか? 今まで散々俺たちを傷つけてきた


 精神はどこに行った!? なあ? おい!」


「ぐうぅぅぅ!」






 そう叫び、悪魔は僕の左手を踏みつける。


 先ほど肉を失った場所に、強烈な痛みが走る。


 足についていた土や石が入り込み、傷口を悪化させていく。


 もう、左手の感覚がない……


 このままじゃ、妹も救えず、僕もやられてしまう。


 もう、迷っている場合じゃない!


 救えるものも救えずに死ぬことだけはしてたまるか!




「うぉ!? なんだ!?」


「戻ってこいサブリナ! お前はこんな奴に負けなんてしないだろ!?」






 妹の体を押し倒し、必死に呼びかける。


 抵抗して殴りかかってくる手を止め、足で踏みつける!


 踏み方が悪かった、恐らく変な方向に指が曲がった……ひどければ骨が折れただろう。


 悪魔が痛がっているのがその証拠だ。






「て、てめぇ! いいのか!? お前の妹の体だぞ? そう簡単に戻ってくるものじゃないんだ


 ぞ!?」


「失ったら、何も残らないだろ!」






 涙を浮かべながら、僕はひたすらサブリナの名前を呼び続けた。


 悪魔が抵抗するたびに、妹の体を傷つけながら…… 


 悪魔の悲鳴と、僕の叫びが森中に響きわたる。


 他人の体を乗っ取り生きる悪魔と、僕の自慢の妹。


 サブリナは、外を見るという自分の思いに正面から向き合い、困難を乗り越えたんだ。


 それが悪い結果に向かったとしても、彼女は自分の思いを貫いた。


 悪魔とサブリナ、どちらの信念が強いかなんて、分かりきっていることだ。






「帰ってこい! 僕を一人にするな!」






 そう叫んだ時、奇跡が起きた。






「……お兄……ちゃん?」

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呼び子の叫び @zinbeityan

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