【百合ファンタジー短編小説】月影の剣と白き翼~空翔る騎士の恋~(約7,700字)

藍埜佑(あいのたすく)

【百合ファンタジー短編小説】月影の剣と白き翼~空翔る騎士の恋~(約7,700字)


●第1章:謎めく転入生


 澄み切った秋の空に、一羽のペガサスが優雅な弧を描いて飛んでいた。純白の翼が朝日に輝き、その姿は見る者の心を奪わずにはいられない。


 セント・ミネルバ騎士学園の生徒たちは、空を見上げては溜め息をついていた。あのペガサスに乗っているのは、ペガサス調教科の主席、アイリス・ヴァンブルームに違いない。彼女の朝の調教風景は、学園の日課のような光景となっていた。


「おはようございます、アイリス先輩!」


 地上から声をかける後輩たちに、アイリスは軽く手を振る。凛とした横顔は誰が見ても美しく、長い金髪が朝風にたなびいていた。


 十七歳にして既に一級調教師の資格を持つアイリスは、学園きっての秀才として知られている。特にペガサスの扱いには天性の才があり、荒々しい野生のペガサスも彼女の前では従順な子馬のように振る舞うのだ。


 朝の調教を終えたアイリスが地上に降り立つと、周囲から歓声が上がった。


「相変わらず素晴らしい飛行でしたね、アイリス様」


「今朝のスパイラルターンは見事でした!」


 にこやかに応えながらも、アイリスの心は少し落ち着かなかった。今日から新学期が始まる。そして、珍しい転入生を迎えるのだ。


「噂では、東の大陸から来た剣術の達人だとか……」


「男子寮に入るらしいわよ。きっと素敵な方なんでしょうね」


 囁き合う後輩たちの声を聞きながら、アイリスは遠い空を見つめた。


 朝礼が始まり、生徒たちは講堂に集まった。厳かな雰囲気の中、校長が演壇に立つ。


「今学期より、新たな生徒を迎えることとなりました。レイ・ツキカゲ君です」


 静寂の中、一人の少年が前に進み出た。すらりとした体格に、漆黒の短髪。東洋的な面立ちは精悍で、凛とした佇まいが印象的だった。


「レイ・ツキカゲです。よろしくお願いします」


 短い挨拶の言葉に、会場がざわめいた。その声は張りがあり、しかし妙に涼やかだった。


 アイリスは新入生の姿を興味深く観察した。噂には聞いていたが、確かに並外れた才能を感じさせる雰囲気がある。しかし、どこか不思議な違和感も……。


 その日の午後、剣術の実技試験が行われた。レイの実力を確認するためだ。


 相手を務めたのは、剣術科の主席、ヴィクター・ブラッドストーン。彼は学園一の剣術の使い手として知られている。


「では、始めてください」


 試験官の声が響く。


 一瞬の静寂――。


 次の瞬間、二人の剣が激しく交錯した。鋭い金属音が響き渡る。ヴィクターの豪快な剣筋に対し、レイは軽やかな動きで応戦する。


「なんという身のこなし……!」


 見学していた生徒たちから驚きの声が漏れる。レイの剣さばきは、まるで舞を見ているかのように美しかった。力任せの攻撃を巧みにかわし、隙を突いては繊細な反撃を繰り出す。


 アイリスは息を呑んで見つめていた。これほどまでに洗練された剣術は見たことがない。しかし、それ以上に気になったのは、レイの動きの中にある何か……女性的な優美さだった。


 試合は接戦の末、レイの勝利に終わった。


「見事な剣術だ」


 ヴィクターは潔く敗北を認め、レイに歩み寄って右手を差し出した。レイはわずかに戸惑ったように見えたが、すぐに手を取って握手を交わした。


 その夜、自室でペガサスの世話を終えたアイリスは、窓辺に立って夜空を見上げていた。


(不思議な転入生……。あの人には、何か秘密がありそう)


 星明かりに照らされた中庭で、一人剣を振るう姿が見えた。レイだった。月光の下で繰り広げられる剣術の稽古。その姿は、まるで月下の舞いのように美しい。


 アイリスは無意識のうちに、その光景に見とれていた。


●第2章:剣と翼の交差


 それから数日が過ぎ、レイは着実に学園生活に馴染んでいった。剣術の授業では常に抜群の成績を収め、他の科目でも真面目な態度で臨んでいた。ただし、必要以上に他の生徒と交わることは避けているようだった。


 特に入浴や着替えの際は、なぜか必ず人気のない時間を選んでいる。そんな様子を、アイリスは何となく気にかけていた。


「レイ君、今日の放課後、少し時間をもらえないかしら?」


 ある日、アイリスはレイに声をかけた。


「アイリス先輩……。何かご用でしょうか?」


「ええ、ペガサスの調教を見学してもらいたいの。もしよろしければ、だけど」


 レイは少し驚いた表情を見せたが、穏やかに頷いた。


 放課後、二人は学園の裏手にある広大な練習場に向かった。そこには、アイリスが普段から世話をしているペガサス、シルフィードがいた。


「美しい生き物ですね……」


 レイの声には、純粋な感動が込められていた。


「ええ。でも、とても気位が高くて。普段は私以外の人間には近寄らせないのよ」


 アイリスがそう言って笑うと、レイは静かにシルフィードに近づいた。予想に反して、シルフィードは穏やかな様子でレイを受け入れた。


「まあ、珍しい……。シルフィードったら、レイ君のことが気に入ったみたいね」


「そうでしょうか……」


 レイの手がそっとシルフィードの首筋に触れる。その仕草は驚くほど繊細で優しい。


(やっぱり……)


 アイリスの胸の内で、ある確信が強まった。


「レイ君、一緒に飛んでみない?」


「え? でも、私には経験が……」


 言葉の途中で、レイは自分の失言に気づいて口を噤んだ。「私」という言葉を使ってしまったのだ。


 アイリスは優しく微笑んだ。


「大丈夫よ。シルフィードが受け入れてくれたってことは、きっと才能があるはず」


 戸惑いながらも、レイはアイリスの後ろに乗った。離陸の瞬間、思わずアイリスの腰に手を回す。


「しっかりつかまっていてね」


 シルフィードが大きく羽ばたくと、地上が遠ざかっていく。夕暮れの空に、二人の姿が浮かび上がった。


「すごい……!」


 レイの声が風に乗って響く。その声には、もう緊張の色はない。純粋な喜びに満ちていた。


 アイリスは、この瞬間を密かに楽しんでいた。レイの細い腕が自分の腰を抱いている感触。風に揺られる黒髪から漂う微かな香り。


(やっぱり、女の子の香りがする)


 夕陽に照らされた雲の間を縫うように飛びながら、アイリスは確信を深めていった。レイ・ツキカゲには、大きな秘密がある。そして、その秘密を探り当てるのは、それほど難しくはないだろう。


 しかし――。


(今は、この時間を楽しみましょう)


 アイリスはシルフィードに軽く合図を送った。ペガサスは優雅な弧を描いて上昇し、夕焼けに染まった空をさらに高く舞い上がっていく。


「美しい……」


 レイの囁きに、アイリスは密かに頷いた。


 降り立った後、レイの頬は興奮で紅潮していた。


「ありがとうございました、先輩。素晴らしい経験でした」


「また一緒に飛びましょう?」


「はい……ぜひ」


 レイの答えは、心からの喜びに満ちていた。


 その夜、アイリスは日記にこう記した。


『今日、私は大切な何かを見つけた気がする。それが何なのか、まだ言葉にはできない。でも、きっと素敵な何かが始まろうとしているんだと思う』


 月明かりに照らされた日記帳の上で、アイリスはペンを走らせ続けた。心の中で、あの夕暮れの空を共有した感覚が、まだ鮮やかに残っていた。


●第3章:揺れる心


 朝靄の立ち込める練習場で、レイは一人剣を振るっていた。しかし、いつもの切れ味のある動きが、どこかぎこちない。


(集中できない……)


 昨日の空中散歩が、まだ心に残っているのだ。風を切る感覚、アイリスの背中の温もり、そして何より――彼女の優しさ。


「おはよう、レイ君」


 思いを巡らせていた相手が、突然声をかけてきた。レイは慌てて振り向く。


「ア、アイリス先輩! こんな早くから……」


「ええ、ちょっと様子を見に来たの」


 アイリスの微笑みには、何か意味ありげなものが含まれているような気がした。


「実は、レイ君にお願いがあるの」


「はい?」


「来週、年に一度の騎士学園連合大会があるわ。私は例年通り、ペガサス競技に出場するんだけど……」


 アイリスは一瞬言葉を切り、レイの様子を窺うように見つめた。


「今年は、剣術の演武競技にも出たいと思っているの。レイ君、組手の相手をしていただけないかしら?」


 レイは困惑した表情を浮かべた。


「でも、先輩はペガサス調教がご専門で……」


「ええ、でも私も一応は剣術の心得はあるのよ。それに、レイ君となら、きっと素敵な演武ができると思うの」


 その言葉に込められた何かが、レイの心を揺さぶった。


「分かりました。お手伝いさせていただきます」


 こうして、二人の特訓が始まった。


 朝夕の空き時間を使って、アイリスとレイは剣を交えた。最初は、レイが圧倒的に優位だった。しかし、日を追うごとにアイリスも上達していく。


「レイ君の剣さばきって、本当に美しいわ」


 ある日の練習後、アイリスがそう言った。その言葉に、レイは思わず顔を赤らめた。


「先輩こそ、上達が早くて驚きます」


「ふふ、それはレイ君が良い師匠だからよ」


 二人の距離は、確実に縮まっていった。しかし、それと同時にレイの心の中の不安も大きくなっていく。


(このままでいいの? 私は、先輩を騙していることになる……)


 ある日の練習中、レイの動きが乱れた。その瞬間、アイリスの剣が不意をついた。


「危ない!」


 アイリスは咄嗟にレイを受け止めようとして、二人は絡むように倒れた。


「大丈夫? 怪我は……」


 心配そうに覗き込むアイリスの顔が、すぐ近くにある。レイは動揺を隠しきれない。


「は、はい。大丈夫です」


 慌てて体を起こそうとするレイだったが、その拍子に胸の包帯が少し緩んでしまった。アイリスの眼が、わずかに見えた膨らみに釘付けになる。


「レイ君……いいえ、レイさん」


 アイリスの声は、驚くほど優しかった。


「私……」


 レイの声が震える。しかし、アイリスは静かに首を振った。


「今は何も言わなくていいわ。ただ、もう少し練習を続けましょう?」


 その言葉に、レイは深く頷いた。心の中で何かが溢れそうになるのを、必死に押さえ込んで。


●第4章:真実の瞬間


 連合大会の前日。夕暮れ時の練習場で、アイリスとレイは最後の調整を行っていた。


 二人の剣が描く軌跡は、もはや戦いというより、一つの舞のようだった。互いの動きを完璧に理解し、呼吸を合わせ、美しい剣の律動を奏でる。


 練習を終えた後、二人は学園の屋上に腰を下ろした。空には、夕焼けが広がっている。


「レイさん」


 アイリスが静かに切り出した。


「私、ずっと気になっていたの。どうして剣術が、そんなにも美しいのか」


 レイは黙っていた。


「私の母国では、『月影流』という剣術があるわ。女性のための剣術なの。力ではなく、しなやかさと技巧で戦う術……」


 アイリスの言葉に、レイは驚いて顔を上げた。


「よく、ご存知で」


「ええ。だって、レイさんの剣術を見た時から、気になっていたから。調べてみたの」


 沈黙が流れる。


「私は……月影流の後継者です」


 レイの声は、震えていた。


「でも、この学園は男子しか受け入れない。だから私は……」


「男装して入学した、というわけね」


 アイリスは優しく微笑んだ。


「本当の名前は?」


「……レイナ。月影レイナです」


 その瞬間、レイナの目から涙が零れ落ちた。


「すみません、先輩を騙っていて……私は……」


 アイリスは、そっとレイナの肩を抱いた。


「謝らないで。あなたには、あなたの理由があったはず」


「私は、この学園でしか学べない剣術があると聞いて……。でも、女性だということが知れたら……」


「大丈夫よ」


 アイリスの声は、強く、温かかった。


「私が守るわ。誰にも言わない。そして……」


 アイリスはレイナの手を取った。


「明日は、私たちにしかできない演武を、見せましょう」


 レイナは、涙の向こうでアイリスを見つめた。その瞳に、月明かりが優しく映っている。


「はい……!」


 二人は、まだつないだ手を離さないまま、夜空を見上げていた。明日への期待と、そして言葉にできない想いを胸に秘めながら。


アイリスは咄嗟にレイを受け止めようとして、二人は絡むように倒れた。


「大丈夫? 怪我は……」


 心配そうに覗き込むアイリスの顔が、すぐ近くにある。レイは動揺を隠しきれない。


「は、はい。大丈夫です」


 慌てて体を起こそうとするレイだったが、その拍子に胸の包帯が少し緩んでしまった。アイリスの眼が、わずかに見えた膨らみに釘付けになる。


「レイ君……いいえ、レイさん」


 アイリスの声は、驚くほど優しかった。


「私……」


 レイの声が震える。しかし、アイリスは静かに首を振った。


「今は何も言わなくていいわ。ただ、もう少し練習を続けましょう?」


 その言葉に、レイは深く頷いた。心の中で何かが溢れそうになるのを、必死に押さえ込んで。


●第4章:真実の瞬間


 連合大会の前日。夕暮れ時の練習場で、アイリスとレイは最後の調整を行っていた。


 二人の剣が描く軌跡は、もはや戦いというより、一つの舞のようだった。互いの動きを完璧に理解し、呼吸を合わせ、美しい剣の律動を奏でる。


 練習を終えた後、二人は学園の屋上に腰を下ろした。空には、夕焼けが広がっている。


「レイさん」


 アイリスが静かに切り出した。


「私、ずっと気になっていたの。どうして剣術が、そんなにも美しいのか」


 レイは黙っていた。


「私の母国では、『月影流』という剣術があるわ。女性のための剣術なの。力ではなく、しなやかさと技巧で戦う術……」


 アイリスの言葉に、レイは驚いて顔を上げた。


「よく、ご存知で」


「ええ。だって、レイさんの剣術を見た時から、気になっていたから。調べてみたの」


 沈黙が流れる。


「私は……月影流の後継者です」


 レイの声は、震えていた。


「でも、この学園は男子しか受け入れない。だから私は……」


「男装して入学した、というわけね」


 アイリスは優しく微笑んだ。


「本当の名前は?」


「……レイナ。月影レイナです」


 その瞬間、レイナの目から涙が零れ落ちた。


「すみません、先輩を騙っていて……私は……」


 アイリスは、そっとレイナの肩を抱いた。


「謝らないで。あなたには、あなたの理由があったはず」


「私は、この学園でしか学べない剣術があると聞いて……。でも、女性だということが知れたら……」


「大丈夫よ」


 アイリスの声は、強く、温かかった。


「私が守るわ。誰にも言わない。そして……」


 アイリスはレイナの手を取った。


「明日は、私たちにしかできない演武を、見せましょう」


 レイナは、涙の向こうでアイリスを見つめた。その瞳に、月明かりが優しく映っている。


「はい……!」


 二人は、まだつないだ手を離さないまま、夜空を見上げていた。明日への期待と、そして言葉にできない想いを胸に秘めながら。


●第5章:新たな絆


 連合大会の朝は、快晴だった。


 まず行われたのは、ペガサス競技。アイリスは、シルフィードと見事な飛行を披露。会場から、大きな拍手が沸き起こる。


 レイナは観客席で、その姿を見つめていた。?を操るかのような優雅な飛行。まるで空と一体になったような美しさに、胸が高鳴る。


(先輩は、本当に素晴らしい)


 ペガサス競技が終わり、いよいよ剣術演武の時間。


 アイリスとレイナが演武場に姿を現すと、会場がざわめいた。


「あれは、噂の東の剣士か……」


「まさか、アイリス・ヴァンブルームと組むとは」


 二人は向かい合って立った。一礼を交わし、剣を構える。


 鈴の音が鳴り、演武が始まった。


 レイナの剣が描く美しい弧。それに呼応するアイリスの動き。二人の剣は、まるで最初から決められていたかのように、完璧な調和を奏でていく。


 力と力のぶつかり合いではない。二つの魂が織りなす、剣の詩。


 観客は息を呑んで見つめていた。これまでの剣術演武では見たことのない、新しい美しさがそこにあった。


 フィナーレ。レイナとアイリスの剣が交差し、天を指す。


 一瞬の静寂――。


 そして、轟くような拍手。


「見事だ!」


「これこそ、真の剣術だ!」


 レイナは、目に涙が浮かぶのを感じた。自分の剣術が、こんなにも多くの人に認められる日が来るとは。


 アイリスが近づいてきて、そっと手を差し出した。


「私たちにしか見せられない演武だったわ」


 レイナは、その手を強く握り返した。


●第6章:共に飛ぶ空


 大会から一週間が過ぎた。


 夕暮れ時、レイナは練習場でシルフィードの手入れを手伝っていた。


「レイナ」


 アイリスが呼びかける。もう二人きりの時は、本名で呼び合うようになっていた。


「実は、提案があるの」


「はい?」


「来年から、この学園も女子の入学を認めることになったわ。校長先生に直談判してきたの」


 レイナは驚いて目を丸くした。


「それって……」


「ええ。もう、隠れる必要はないわ。レイナの剣術は、多くの人に感動を与えた。性別なんて、関係ない」


 アイリスは、レイナの手を取った。


「そして、もう一つ提案があるの」


「なんですか?」


「一緒に、新しい科を作らない? 剣とペガサスの技を組み合わせた、空戦術とでも言うべき分野。私たちにしかできない、新しい道を」


 レイナの目が輝いた。


「先輩と、一緒に?」


「ええ。だって私たち、最高のパートナーでしょう?」


 アイリスの瞳に、夕陽が映える。その中に、レイナは深い愛情を見た。


「はい!」


 レイナは強く頷いた。頬には涙が伝っているが、それは喜びの涙だった。


「じゃあ、約束ね」


 アイリスが、そっと顔を近づける。


「これからも、一緒に空を飛びましょう」


 二人の唇が重なる。夕陽に照らされた練習場で、新たな誓いが交わされた。


 シルフィードが、嬉しそうに鳴く。


 その年の秋、セント・ミネルバ騎士学園は、新たな一歩を踏み出した。剣術とペガサス調教を組み合わせた「空戦術科」の設立。そして、初めての女子学生の受け入れ。


 変わりゆく学園を見下ろす丘の上で、二人の少女が寄り添っていた。


変わりゆく学園を見下ろす丘の上で、二人の少女が寄り添っていた。


「新しい歴史の始まりね」


「ええ。私たちが、作っていきましょう」


 レイナとアイリスは、手を繋いで秋の空を見上げた。夕陽に染まった雲が、まるでペガサスの翼のように広がっている。


「ねえ、レイナ」


 アイリスが、そっと声をかけた。


「はい?」


「あの日、初めて一緒に空を飛んだ時のこと、覚えてる?」


 レイナは頬を染めて頷いた。


「ええ。私の人生で、最も美しい瞬間でした」


「私もよ。でも、今はもっと美しい瞬間かもしれない」


 アイリスがレイナの方を向く。夕陽に照らされた横顔が、かつてないほど柔らかな表情を浮かべていた。


「だって今は、本当の私たちでいられるから」


 風が二人の髪を優しく撫でる。レイナは、アイリスの瞳に映る自分の姿を見つめた。


 そこにあるのは、もう仮面を被った自分ではない。ありのままの、月影レイナの姿。


「先輩……アイリス」


 レイナが、小さく囁く。


 アイリスは、そっとレイナの頬に手を添えた。二人の吐息が、秋の空気の中で重なる。


「レイナ……あなたを愛しているわ」


 その言葉と共に、二人の唇が優しく重なった。柔らかで、温かで、そして深い愛情に満ちた口づけ。


 頭上では、シルフィードが幸せそうに鳴きながら、夕焼け空を舞っていた。


 二人の行く手には、まだ見ぬ冒険が待っている。でも、もう迷うことはない。なぜなら――。


 この広い空の下で、二人は最高のパートナーを、そして、かけがえのない愛を見つけたのだから。


(了)

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