第10話

成田空港から、麻美はまっすぐ実家へ向かった。家に着くと、玄関で父が待ち構えており、麻美は顔を見た途端に父から頬を打たれた。

「わかってるな、今のは桃香の分だ。」

 麻美は思わず涙ぐんだ。

「うん。ごめんなさい。ごめん、桃香。」

 母がすかさず、

「帰ってきたんだから、もういいわ。明日、桃香を迎えに行くわよ。」

 麻美は、桃香を自分の手で育てる自信はまだなかったが、両親の元でなら、できる気がしていた。その日は食欲もなく、ベッドでまんじりともせず一夜が明けた。

 次の日は土曜日だった。母は陶子と咲子に電話をかけ、麻美が台湾から帰って来た旨、伝え、これから桃香を迎えに行くと伝えた。

陶子と咲子は内心、ほっとした。両親の元で麻美が桃香を育てるという。それなら、安心だ、と思った。

 桃香は何も知らずにミルクを飲んで、眠っていた。

「これから可愛がってもらいなさいよ。あなたのお母さんがあなたを愛情込めて育ててくれるように祈っているわ。」

咲子は桃香の寝顔を見ながら呟いた。陶子は、

「向こうの家庭に任せるしかないわよ。私たちの役割は終わったわ。警察に届けなかったことと、養護施設に預けなかったことは正解だったと思うわ。」

「そうね。正しかったわね。」

 家の前に車が止まり、両親と麻美が降りて来た。玄関のベルが鳴る。

「はい。」

「椎名です。」

「はい。」

 陶子と咲子は玄関で三人を迎え、家の中に案内した。桃香は目を覚まして、ニコニコ笑っていた。

「ご両親が一緒なら、安心です。桃香ちゃんをお返しします。麻美さん、今度はちゃんとお母さんしてね。若いからいろいろ悩むかもしれないけど、桃香ちゃんのお母さんは麻美さんなんだから。」

 麻美は黙って俯いていた。

「この子はまだ母親の自覚ができてないですが、桃香を私たちと一緒に育てながら、母親になっていくでしょう。今まで本当にありがとうございました。お礼の言葉もありません。命を救ってくださったと思っています。」

「いえいえ。私たちもいろいろ考えて、私たちにできることはここまでだったと思っています。警察に届けなかったこと、保護施設に預けなかったことだけ、よかったと思います。」

「はい、本当に。」

「じゃ、桃香ちゃんをこっちに連れて来ますね。」

 桃香は機嫌が良かった。麻美を見ても、人見知りをせず、両親にも代わる代わる抱かれても、ニコニコと笑っていた。

 麻美は桃香を抱くと、思わず自責の念に駆られて咽び泣いた。


「では、失礼します。」

 三人は、席を立って、玄関から出て行った。


 陶子と咲子は、

「少し疲れたわ。緊張していたのかも知れない。赤ちゃんの世話は、若いうちじゃないと難しいわね。」

「カッコウの親が他の鳥の巣に卵を産みつけて育てさせるって知ってる?托卵って言うらしいけど。」

「聞いたことあるわね。」

「まるで托卵されたみたいだわ。」

「そして、そのカッコウの親鳥が子供を引き取りに来たのよね。」

「そうそう。そして、私たちは素直に親鳥に雛を返したのよ。」

 

 家の前に止まった車は、もういない。それ以後、陶子たちと椎名家に何も連絡はなかった。


   了

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托卵 長井景維子 @sikibu60

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