見知らぬ少女が私の部屋で泣いていた
青空 雨
見知らぬ少女が私の部屋で泣いていた。
少女が泣いていた。
そこは私の家の中。時刻は深夜0時を過ぎ、布団に包まって、さあ、寝よう、さあ、寝よう、と決意したのも虚しくなかなか寝付けない夜だった。
暗闇に目が慣れ、ふいに横を見てみれば、見知らぬ少女が音もなく泣いていたのだった。
このまま話しかけてみるべきか。
そもそもこの少女は一体何者か。
私は一緒に住む娘も、同居している家族もいやしない。自由気ままな一人暮らしの身だ。少女など心当たりが微塵もない。おそらく、幽霊か、幻か、はたまた私がおかしいか。
どちらにせよ、無視するのが無難か。それにここで一度、話しかけようものなら頭が冴えてしまって、またしばらく眠るのが遠くなるかもしれない。そうなっては明日の仕事に支障が出てしまう。
私は不信感と動くことへの抵抗感から少女を無視して再び瞼を閉じた。
しかし、目を閉じ、眠ろうとすればするほど少女の存在が近く感じてくる。音もないはずの泣き声が、わんわん、わんわん、とうるさくなってくる。
私はとうとう辛抱、耐えられず、瞼を開け、少女へと首を動かし話しかける。
「君は誰だい? どうしてここで泣いているの?」
「わからない。けど、とってもとってもコワイの」
「一体、何が怖いの?」
「わからない。おかあさんのせいかもしれないし、なかのいいみんなのせいかもしれない」
「お母さんと何かあったの?」
「ううん。おかあさんはいつもはなしをきいて、だきしめてくれるよ」
「じゃあ、皆んなに何かされたの?」
「みんなはいっつもやさしいし、すごいんだ。いろんなことができるんだよ」
「泣かないで泣かないで。皆んな笑顔でいて欲しいって思ってるよ」
少女の話を聞いても、どうも泣いている理由ははっきりしない。慰めの言葉を投げかけても、それでも泣き止むことはないのだから困り果ててしまう。
どうしたものか。次第に面倒くさくなって来たので、適当にいい感じのことを言っては切り上げよう。そうすれば私も納得する。
「じゃあさ、明日、やってみようよ、明日。君が言う通り、お母さんは話を聞いて優しく抱きしめてくれる。仲良しの皆んなは優しくしてくれる。だから、きっと大丈夫」
「やだ! 明日なんて来ないで欲しい!!」
すると、初めて少女からはっきりとした返事が返ってくる。
「どうして?」
「あしたになったら、おかあさんはだきしめてくれる。みんなやさしくしてくれる。でも、わたしはみんなになんにもできないんだ」
少女は今までで一番うるさく泣き始める。
「そんなことないよ。きっと出来るよ。皆んなみたいにさ、君にしか出来ないことがさ」
「そんなものないよ。きっとできない。みんなできること、わたしはできなかったもん」
そう言われては、もう私には言葉がなかった。
次第に少女と話すのが面倒になる。
少女と話していると眠ることがどうでも良くなってくる。それでも、明日がやってくるのだからそうは言ってられない。
少女と距離を取るため布団を頭まで被った。
しかし、布団に身を包め、体を覆い隠そうとすればするほど少女の泣き声はどんどんどんどんうるさくなった。
もうどうすればいいか分からない。
いっそ、少女を殺してしまえば楽になるだろうか。
そう思うと、心なしか少女の泣き声が静かになった気がする。
そう感じるとともに、少女の気配も遠くなっていく感じがした。
これでいい、これでいい。
私はさあ、眠ろう、さあ、眠ろう、と瞼を閉じる。
しかし、30分、1時間と経とうと眠れない。
ふと、忘れかけていた少女の方を見れば、少女は泣いておらず、膝を抱えて蹲っていた。
「ねぇ、君は何がしたい?」
気づけば、また話しかけていた。
今度は布団から出て、少女の前に向き直って。
「わたしはがんばりたい」
「どうして?」
「みんなすごいから。とってもとってもすごいから。わたしまだなにもできないから」
「焦ってるんだ。でも、きっと……ううん、大丈夫だよ」
「どうして? あしたがこわくないの?」
「私もきて欲しくないって思うけど。あなたが泣いてくれたから」
少女をギュッ、と抱きしめる。
「ごめんね。ごめんね。大きすぎるものを押し付けて。まだ、どうしたらいいか分からないけどさ、頑張るよ」
「うん。うん。おおきくかんがえすぎないでね。わたしにできるなものから、がんばって」
一つ、固くなった糸の絡まりが解けた気がした。
次に目を覚ました時は、目覚ましがうるさく鳴っていた。
見知らぬ少女が私の部屋で泣いていた 青空 雨 @AmeAozora
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