均衡の箱庭
@gebo9_mumei
第1話 ようこそ新たな[観測者]
《エピローグ》
「やあ」
見知らぬ声に目が覚める。孔光とした日差しに目を擦りつつぼんやりと焦点を合わせるとそこは綺麗な花畑だった。青い空と一面の花々はしっかりと地面に根を張り、美しく咲き誇っている。
「君が新しい子だネ。会えて嬉しいヨ。」
声のする方向を向くと、やけに身長の高い人が貴方を見下ろしていた。場に似合わない黒の燕尾服に、蛍光黄緑のアクセントカラーをあしらったいかにも“危ない人”といった様相だった。
「そんなに驚かなくても……取って食ったりしないサ、大切なお客さんだからネ」
取って食ったりすることもあるのか……と一物の不安も抱きつつ、ここは何処だと尋ねることにした。よく見てみれば、ここに咲く花々は見たことこそあるものの統一性がない。ヒイラギの真横にダリヤが咲いていたりと、この場所が現実でないことを暗に表していた。
「嗚呼、皆同じことを聞くんだよネ。ここは夢の世界とでも思ってくれた方が早いと思うヨ。そのうち段々分かってくると思うから、その都度理解していけばいいサ」
ハッとして己の右頬を力の限りつねってみる。痛い。普段なら痛いことは極力したくなかったのだが、人間混乱すると何をするかわかったものじゃないなとビリビリする頬を抑えながら冷静になって思った。しかし、現実離れした話にはそうそう着いていける気がしない。現に今さっきまでいた世界とは違う所に来ているということは確かだ。ならば異世界転生というものだろうか。
「……あ、え?君死んでないヨ??」
倒錯した自分を見て驚いたのか安心させようとしたからなのか、目の前の謎の人物はそんなことを言う。
「異世界転生とかじゃないヨ、ほら、姿も変わってないし。勿論、君のいる世界にも返してあげられる。…その代わり、仕事はしてもらうけどネ。HAHAHA!そんなに怒らなくても!きちんと対価は払うし、現実世界との時間の相互性はないからここで気持ちが落ち着くまでゆっくりしていればいいサ。」
謎の人物が指を鳴らすと、ふわりと何処からかアンティークな椅子と机が現れた。机の上には目を引くような美しい柄を纏ったティーセットとショートケーキが置かれていた。既にその人は座って2人分の紅茶を淹れ終わっていた。促されるがままに椅子に座り、紅茶を1口含むと、芳醇な林檎の甘い香りが鼻を抜ける。
ホッと一息ついて落ち着いた後、帰る方法を教えて貰うことにした。まだゲームのデイリーが残っているのだ。戻れるというのなら戻りたい。
「皆割と帰りたがらないのに珍しいネ。まァ、現実にやりたいことがあるのはいいことサ。」
少し驚いた表情を浮かべると、持っていたティーカップを置いてまたその人は話し始めた。
「やってもらうと言っても難しいことじゃないヨ。軽い読書サ。私も小説家の端くれでネ。物語を書くのが好きなんだ。…しかし、最近溜まりすぎていて…ちょっと行った先に私の書斎があるんだが、その本を読んで、元の棚に戻す作業を帰る度に1冊、お願いしたいんだよネ。」
1冊でいいのか、と思うと同時にこれは何回か呼ばれるパターンだな…と感じつつ、1つ疑問に思ったことを聞く。
「ああ、なぜ管理が必要か?って事ネ。実はその本1冊1冊は1人の子の人生を全て書き表したものなんだよネ。勿論、もう死んでしまった子は追記されることは無いし、まだ生きている子はその状態が維持される。それを俯瞰で見てもらいたい…っていう私の拘りだヨ。」
「それと、1つ注意なんだけどネ。君はあくまでも[観測者]である事を忘れちゃいけないヨ。君が干渉して、物語が変わってしまったらいけないからネ」
最後まで名前も教えてくれなかったその人は、
「期待しているヨ」
とだけ言うと、目の前には大きな建物が現れたのだった。
ー続ー
均衡の箱庭 @gebo9_mumei
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