「三振ループの地獄」第3話
ピッチャーは限界だった。何度も繰り返される「9回表、ツーアウト、ツーストライク」。彼は腕が痺れ、足が震え、目はかすんで何も見えなくなりかけていた。だが、誰もこの異常に気づかず、彼一人が同じ地獄を繰り返している。
再び投球。バッターが空振りして三振。しかし、瞬き一つで、また元の状況に戻る。疲労と恐怖が心を蝕み、もう限界だと感じていた。観客も仲間も無表情のまま、ただ静かに見つめているだけ。彼は孤独だった。
目の前が揺らぎ、意識が遠のきそうになったその時、ふと観客席にあの少女の姿を見つけた。彼女は相変わらず無表情で、しかしどこか哀しげな目で彼を見つめている。ピッチャーは力を振り絞り、震える声で問いかけた。
「…なぜ、僕はここに閉じ込められているんだ…?君が…この原因なのか?」
少女は小さく首を横に振り、口元に微かな微笑みを浮かべた。そして彼の耳元で静かに囁いたように、声が直接脳に響いた。
「それは、あなた自身の選択だからよ。」
その言葉に、彼は混乱し、理解できないまま記憶をたどる。いつからこの試合が始まったのか、いつからこの地獄に囚われているのか、彼にはもう思い出せなかった。だが、その言葉にはどこか心当たりがあるような気がしていた。
彼は必死に頭を振り、意識を保つためにもう一度ボールを握った。投球し、また三振。しかし、終わらない。
朦朧とした意識の中で、彼は過去の記憶の断片を垣間見た。学生時代、彼はエースとして注目を集め、勝利を追い求めて野球に全てを捧げてきた。勝つこと、称賛を得ること、それだけを追い求め続けた。しかし、勝利の執着がいつしか彼を蝕み、周囲との関係を壊していったことを思い出した。
「そうか…僕は、勝利に囚われていたんだ…」
その瞬間、彼は理解した。この終わらない試合、果てしない三振のループは、自分が作り出したものだと。勝利への執着が彼を永遠にこの地獄へと閉じ込めていたのだ。勝つことへの執念、終わりを望む心、その矛盾が彼を苦しめ続けている。
彼は深く息を吐き、震える手でマウンドに膝をついた。そして、静かに呟いた。
「…もう、勝たなくてもいい。終わらせてくれ…」
その瞬間、周囲の風景が音もなく消え去り、全てが暗闇に包まれた。そして、再び少女の声が優しく響いた。
「ようやく気づいたのね…さようなら。」
気づけば、彼は静かな闇の中に立っていた。どこにも野球場はなく、仲間も観客もいない。彼は肩の力を抜き、ようやく自由になったことを感じた。だが、その解放感と同時に、深い虚しさが心に広がっていく。
すべてが終わった後、彼はただ一人、何もない空間の中で立ち尽くし、自らが囚われていた執着と共に、永遠の孤独を味わい始めるのだった。
三振ループの地獄 〜終わらない9回表〜 星咲 紗和(ほしざき さわ) @bosanezaki92
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