嘘みたいな告白

白河黒江

嘘みたいな告白

 LINEやらで顔も合わさずに告白されるんは馴れとるけども、こないに机の中に恋文みたいなんを入れられるとちょっとドキッとするなぁ。

 ほんの数刻前——5時間目に机から教科書出そうとしたら何や白い便箋が落ちそうになるさかい、いったい平然と授業受けとるこの教室の中の誰からやろか、中身を検める前からずぅとどきまぎしてもうて。

 でも浮足立つそばから溜め息が出てまうなあ。あの男の子ちゃうかこの男の子ちゃうか思うてあちこち教室見回しても、えぇ、申し訳ないけども期待より断り文句が先に浮かぶもんで。

 うちはマセてる言われることもあるけど、恋とか恋心とか、よくわからんねんな。もう口が「ごめんな」って言う準備してんねん。

 ほんでも気にはなるから教科書を盾にしてこっそり開けてみたら、——まあびっくり、女の子の字で「日下部さんへ 午後4時、4階の空き教室に来てください」なんて書いてあってなあ。

 それを見てからは、何でか知らんけど、教室の中のあの娘やろか、この娘やろか、それとも隣のクラスのあの娘やろか、考えたら妙にうきうきしてもうてなあ。

 何やろ、この気持ち。うち、転校してきたばっかでまだ友達が少のうて、何でもええから女の子と話したいのかしらん。それとも——うち、女の子が好きなんやろか。


 その答え合わせをしよか、いう気持ちで放課後のチャイムが鳴ったらすぐ階段を上っていく。まだあと30分もあるのになあ。

 階段上りながらこっそり便箋を開いたらやっぱり何度見ても女の子の丸い字で。文字の大きさが控えめで用紙を目一杯余らしてるところからして、どうやら恥ずかしがりで大人しめの娘やろか。

 まあ、大人しい娘やったら、クラスにおる結城さんやったらええなあ。物静かで、舶来もんみたいな顔立ちで目がぱっちりしとって、何やわからんけど、ときどき目が合うねんな。それもうちが結城さんのことよう見てるからやろか。そう思うたら恥ずかしなってきたわぁ。

 でも、ちょっとだけ気になるんは筆圧が強そうな割に文字が右上に流れとって、走り書きっぽいいうんかな。どうも雑な感じもするねんな。大人しいけど、大胆な娘ぉかも知れんなあ。

 そうやって浮つきながら便箋を閉じたんやけど、ふと階段の上を見たら、女子が何人かバタバタ、って隠れるみたいにして、

「ホントに来たよ!」

「ちょ、声!」

って小声でささやきあいながら踊り場のさらに上へ消えていきよった。

 ……はあ、何やら胡散臭いような気もしてきたで。もしかしたらさっきの女子数人がドッキリみたいなんをけしかけとるんかもしれんなあ。

 転校生をびっくりさせて、ほんで反応を見物するんかいな。なんなら、その娘に嘘の告白をさせる罰ゲーム、もっと言えばイジメみたいなんかも知れんなあ。

 それで少し冷えたような気持ちで勿体つけて4階まで上がったら、またこそこそ動いとる女子たちが階段上の物陰に隠れよったわ。それも一人ははっきり後ろ姿が見えて、クラスメイトの白石さんやった。

 白石さん言うたら、これまたクラスメイトの茗荷谷くんいう男子とこの間まで付き合っとったらしゅうて、びっくりした覚えがあるなあ。

 何がびっくりしたって、そのことを聞く3日前に、うち、茗荷谷くんに告白されてたんよ。ほんで、申し訳ないけど断ってたんやけどな。

 つまり、茗荷谷くんは白石さんと別れてすぐにうちに告白してたってことなんよ。

 もしその時、告白を受け入れて付き合っとったら、何や白石さんから茗荷谷くんを奪ったみたいになってたかもしれへん。おお、危なかった、と思うたことや。

 でも——今思うと、もし茗荷谷くんがうちに告白するために白石さんと別れたんやとしたら、それは告白の成否に関わらず、茗荷谷くんを奪ってしまったようなもんかもしれんなあ。

 はあ、難儀な難儀な。白石さんが何を仕掛けとるかわからんけど、逃げるのも何やし。最後まで付き合いまひょか。


 4階の空き教室、扉に手を掛ける前から窓越しに見えたのは——あら、あの後ろ姿は結城さんやないの。

 予想が当たった。けど、最後まで当たってしまうんやろか。結城さんは普段から口下手で静かにしてる印象やから、罰ゲームで無理やり言わされてるとか、想像できてしまうねんな。

 一回つばを飲んで、扉を開ける。

 結城さんは覚悟を決めたように振り返るけど、口をぱくぱくさせるばかりで言葉が出てきてへん。見開いた目に夕陽が差して、長いまつ毛が影を作ってはる。

 後ろ手にドアを閉めながら、問いかける。

「——うちにこの手紙くれはったの、結城さんやろか?」

「は、はい、あの、その……」

 5秒、10秒と沈黙が流れる。カーテンも閉めてない、ガラス張りのこの教室で。

 教室の外に響くざわめきが静かに途切れたとき、結城さんはもう一度口を開いて——。

「日下部さん。好きです、付き合ってください」

 まあ。

 いやまさか、いやあまさかと思うてたけど。本当に女の子に、結城さんに告白されるなんて。

 覚悟はとっくにできてたつもりやったけど、もう、何て言うたらええんかわからん。顔が真っ赤になってまう。ああ、もう、うちがうちやないみたいや。

 でも、どうなんやろ。白石さんらが仕組んだドッキリやないやろか。

 ええと、告白への返事も、ドッキリへの懸念も、何や頭ん中がごちゃごちゃして何もわからんようになってしまう。

 もしドッキリやったら、この様子も物陰から見られてるかもしれへん。せやから、自分の頭を冷やす意味も込めて——

「ここじゃ気ぃ散るから、二人になれる場所行きまひょか」

 結城さんの手ぇを引っ掴んで、教室から連れ出した。


「あの、あの、先に謝らなきゃいけないことがあって——」

「ええから、とりあえず歩きまひょ」

 校門を出るまでの間、結城さんは何やら慌てとって、申し訳なさそうにもしとった。それでもぐいぐい引っ張ったら外までずっと着いてきてくれて、道路を渡り、橋を越えて、近くの川と川の合流地点まで辿り着いた。ここやったら遮るものも何もないから、周囲数十メートル、誰一人聞き耳なんて立てられへん。

「ほんで、さっき教室でうれしいこと言うてくれた気がするけど」

 問い詰めるみたいになってもうて申し訳ないけど、あの言葉をもう一度要求してみる。すると結城さんは、目を逸らしながらも素直に応じてくれはった。

「その……好き、なんです。日下部さんのこと。あの、その、気品のある雰囲気とか、時々する流し目とか、抜け目のなさそうなところとか……」

 あらあらあら。「好きなところ」まで考えて、言葉に紡いでくれたんや。

「だから……女同士で、変って思うかもしれないけど……付き合ってほしいんです! あなたに!」

 躊躇いを振り切ってキッとうちを見つめる結城さんに、うちはもう、目を真ん丸にして、また白黒して。ええ、この娘、どうやらドッキリやない。本当に本気みたいや。

 川のせせらぎが静寂を満たす。その間にも結城さんは周りに目もくれず、うちを見つめてはる。

 もう、本気には本気で向き合うしかない。川岸のとんぼが飛び立ったとき、うちも覚悟を決めた。

「うちも。……うちも、結城さんのこと気になっとったから。恋とか愛とかようわからんけど……うちでええなら、その……付き合います」

 結城さんの表情がパッと華やいだ。よく見ると、涙目になって喜んどって——どちらからともなく手を差し出して、ぎゅっと握った。

 疑うて悪かったような気がして、何だかうちも涙が出そうになる。

 いや、でも、まだすっきりせえへんことというか、はっきりさせとかなあかんことがある。

「せやけど——さっき言ってた謝りたいことって何なんやろか、聞いてもええ?」

 すると結城さんは一度、口を固く結んで、それからすぐに答えた。

「実は今日の昼休み、茗荷谷くんが再チャレンジだっつって、日下部さんに告白する予定を周りに話してるのが聞こえて。それで、午後5時に5階の空き教室に呼ぶってことで、日下部さんのロッカーの中にラブレター入れてるところを見たんです。だから……」

 結城さんは目を逸らして、深呼吸して話を続けた。

「だから、大好きな日下部さんが茗荷谷くんに押し負けて付き合っちゃったらどうしようって、焦って。それで、慌てて私が、あの手紙を書いて、日下部さんの机に入れたんです。……ごめんなさいっ!」

 握ったまんまの手を額に付けるみたいにして、結城さんは頭を垂れた。

 何や、そういうことやったんかいな。

 そしたら、こそこそしてた女子はうちが5階に来るのを待ってたんや。しかも、白石さんまでも茗荷谷くんの再チャレンジを応援しとったんかいな。ええ子やなあ。

 そんで結城さんは、午後5時の5階に先んじるために午後4時、4階を選んで手紙に書いたんかいな。4時なんてまだ暇した生徒がそこら中でケンケンしてるような時間やのに勇気あるなあ、と思うたけど、そんな事情があったんやなあ。

「結城さん、謝らんでええよ。うちが帰り支度でロッカー開ける前に、机の中の手紙に気付いたんやから。恋の駆け引き? とやらに、結城さんが勝ったんやと思うわ。まあ、なんや、恋って……こんなアツいもんなんやなあ」

 言うと同時に、うちの頬も熱くなる。慌てて覚悟を決めて、便箋に走り書きしてまでうちに執着してくれた。そんな熱誠に感じ入ってしもて、結城さんの手をもう一度ぎゅっと握りしめる。

 まだ顔を上げへん結城さんに、駄目押しで声をかける。

「それに……うち、告白の順番がどないになってても、茗荷谷くんはフッて、結城さんなら付き合うてたよ。最終的に。だから申し訳ないことあらへんよ」

 それでやっと結城さんは顔を上げて、大きな目と長いまつ毛を涙できらめかせながら、嗚咽混じりに「日下部さん……」としぼり出してはった。


 お互いの手を握ったままでおったら、忙しなく日が傾いてきた。午後5時も近いことやし、二人で最初の共同作業をせなあかんなあ。

「結城さん、茗荷谷くんが待ってるから学校へ戻ろか」

 へっ、と一瞬は呆気に取られた結城さんやけど、すぐに意味をわかってくれたみたいやった。

「茗荷谷くんを5階でずっと待たせたら申し訳ないからなあ。うちらの『らぶらぶ』な様子をお見せして、諦めてもらいまひょ」


 誰がどう見てもカップルやとわかるように、がっちり腕を組んで1階から5階まで徘徊したうちらは、翌日にはすぐ学校中の噂になった。そのせいで茗荷谷くん以外にも色々な人の色々な想いを諦めさせてしもうたらしいけど、そんな話はまあ、うちと結城さんの恋を美味しくさせるスパイスみたいなもんやね。堪忍なあ。

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