ゴーストバスターは幽霊少女

たての おさむ

ゴーストバスターは幽霊少女

 怪人や魔物など、神に選ばれた魔法少女のうちの一人として色んな敵と戦ってきた。けれど――。


「こいつは一体、何なのよ!」


 見たことのない、白く薄ぼんやりとした人型の敵。道を歩いていたら突如目の前に現れ、触れようとしてきたから応戦しているのだが。

 ――何で、攻撃が当たらないのよ!


 先ほどから魔法で鞭を作って攻撃しているのに、敵の体をすり抜けていく。

 まるで当たっている様子はなく、鞭を何度振るっても空を切る音がするだけ。

 

 まさか、こいつが噂に聞く幽霊なの……?

 攻撃がすり抜ける、怪人や魔物とは別種の幽霊という存在が新しく現れたという噂は聞いたことがあった。ある魔法少女が逃げてきて、「まるであれは幽霊だった」と報告したのが始まりだ。

 でも、現実にそんなのが現れたとあっては魔法少女であろうがどうしようもないじゃない! どうすればいいの?


 ここで、幽霊の方から動き出してきた。鞭を避けることなく猛スピードでこちらに近付いてくる。

 そのまま私に触れてきた。すぐに飛び退いたが、何かぞわぞわした感じが体中を駆け巡った。気持ちが悪かった!


 何、今の。触れられなかったはずなのに、何かされかけた……?


 このまま交戦するのは危険だと本能が告げている。しかし、このまま逃げる訳にはいかないと理性が叫ぶ。

 やれるだけやってやる。試せるだけ試してやる。

 今度は水を集めた。そして、その質量で幽霊を押し流そうとする。人間どころか車ですらもひとたまりもない激流。これでどう!?


 だが、効いている様子は無かった。心の奥底から、そんなという声がする。

 相手はまるで意に介することなく再び私の元へ近付いてくる。


「危ない!」


 その時、後ろから声が聞こえてきた。かと思うと腕を引っ張られて抱き上げられる。


「ちょ――」


 そのまま、私を抱き上げた何者かは跳躍した。ゆうに身長の5倍は飛んでいるだろうか。何者かの顔を見る。

 赤い髪をした魔法少女のようだった。赤いフリフリしたドレスを着ている。凜とした表情の中にもかわいらしさが残るほど、くりっとした目をしている。


 彼女は幽霊と距離を取るように着地した。幽霊はこちらを伺っているのかすぐに手を出そうとして来なかった。

 私を降ろしてくれて、笑顔を向けてくれる。


「大丈夫だった? ダメだよ、幽霊と交戦しちゃ」


「やっぱり、あれが幽霊なのね! 一体どうすればいいの?」


「ひとまず魂が取られてなくて良かったよ。後は私に任せて」


 魂が取られる。もしかして、さっき幽霊が触れてきたときのぞわぞわした感じは魂に触れられたから起こった感触なのだろうか。

 聞きたいことは山ほどあったが、後は私に任せてと言う。まるで攻撃の効かない相手だと分かっていない様子でもなさそうなのに、どうしようと言うのだろう。


「一体、どうするつもりなの?」


「幽霊を相手にするときは、こっちも同じように魂に触れられる攻撃をしないとダメなの」


 そんなのどうすればいいのか。

 その答えを聞こうとする前に幽霊が動いた。その幽霊の拳を、何と彼女は受け止めて見せた。


「な――あなた、幽霊に触れるの!?」


「魂に直接触ってるんだよ。幽霊は魂そのものが形になったものだから。そーれ!」


 そう言いながら、彼女は幽霊を投げた。思いきり吹っ飛ぶ幽霊。

 幽霊が体勢を立て直したとき、そこに合わせて彼女は右手を前に突き出す。すると、幽霊がいる場所に火柱が上がった。

 その火柱は効いているようだった。どういうことなの? 両手で頭を抑えて苦しそうに悶えている。

 

 やがて、幽霊は白い粒々になり散っていった。光の雪となり、辺りに降り注ぎ消えていく。


「綺麗でしょ。これは無害だから、安心して良いよ」


 疑問を先回りするように彼女はそう言った。


「あなた、一体何者なの? 魂に触れる攻撃って、どうやったらできるの!?」


「気になるのは分かるけど、一気に質問しないで!? 私の魔法少女としての名前はミサだよ。あなたは?」


 困惑顔で私の質問を受け止めながら、自己紹介してくれた。


「……トモエ」


「トモエちゃんかぁ。よろしくね」


「ええ、よろしく。それで、魂に触れる攻撃ってどうやったらできるの?」


 その質問に対しては、うーんと腕を組まれた。


「実は、今のところ私しかできないんだ。もしかしたら、トモエもできるようになるかもしれないんだけど、神様次第だね」


「神様? あなたは神様からその力を直接与えられたの?」


「実はそうなんだ。だから、こればかりは待つしか無いね」


 それを聞いてがっかりした。何かコツを掴めば自分にもできるといった、技術でどうにかなる範囲じゃないと分かったからだ。

 仕方ないので、他の気になったことを聞いてみる。


「さっき、魂が取られて無くて良かったと言っていたわよね。あれはどういうこと?」


「幽霊はね。私たちに直接触れられる訳じゃ無いんだ。だけど、その代わり幽霊は私たちの魂に直接触れることができるんだ。触れられたらね、ぞわぞわってなるよ」


 やはり、さっきのぞわぞわした感じは魂に触れられた感触だったのだと裏付けを得られた。

 ミサの説明は続く。


「幽霊は人間の魂を取っていく。他にも、魂を狩ってくる幽霊などもいて、共通しているのは魂に干渉して人間を殺そうとしてくる部分と、魂に干渉できない攻撃は当たらないって部分かな」


「幽霊にも種類があるの?」


「あるよぉ。異形の化け物から生前の姿そのままの奴まで、色々ね。だから、見た目にかかわらず攻撃が当たらなかったら絶対に接触しちゃダメ。絶対だからね!」


「……分かったわ」


 そこまで説明して、ミサはワープをしてどこかに行ってしまった。魔法少女は、5秒間立ち止まって集中する時間さえあれば、知っているところへワープをすることができる。自宅や市役所前などが良い例だ。

 神様に認められて幽霊退治ができるようになるなんて、きっと、かなり力のある魔法少女なのだろう。身体能力も凄まじいはずだ。


 私は、ちょっと悔しいなと無力感を噛みしめながら自分もワープした。


  ◆


 幽霊が出る。その噂がS市内で広がり始めたのは一ヶ月前だ。

 攻撃の当たらない人型の化け物がいる、という交戦報告が最初に上がった。丁度その魔法少女がスマホを持っていたので、映像も残っていた。そこからは、市役所は写真に写った化け物を幽霊と名付け、その周知に務めた。

 ただ、周知するに当たってS市全てはすぐにカバーしきれないので、ニュースや噂を流すことにした。なので、噂しか知らない魔法少女も少なからず存在する。


 それが昨日のトモエだと、ミサこと浅倉瑠香にはすぐに分かった。幽霊と交戦していたからだ。

 あの後浅倉は帰り際に市役所へ寄り、もっと周知を頑張って下さいと一言もの申した。頑張りますというありきたりな返事が返ってくるだけだった。


 今のところ幽霊はS市内でしか確認はされていない。だが、いつ他の市内に出てくるか分からない。

 そのやきもきした気持ちを抱えながら、浅倉は魔法少女の姿に変身してから神の居住区ことディアムへワープした。変身したのは、他の魔法少女もディアムにいるかもしれないので身バレ防止のためだ。

 ディアムは地球とは別次元にある宮殿のような建物で、魔法少女はいつでもワープして来られる。


 宮殿の周りは、まるで雲の上のようにもくもくとしていた。他の魔法少女もやはりいたが、浅倉は挨拶だけしてさっさと中に入る。そして、宮殿にいる神の遣いこと、20cm大あるウサギのぬいぐるみにしか見えない生物――カピラに話しかける。


「ねぇ、カピラ。いつになったら私以外にも幽霊と戦える魔法少女が出てくるの? ワンマンにも限界があるよ?」


「分かっていますよ。もう少しお待ち下さい」


「市役所みたいなこと言うじゃん」


「それはそれは、私とは気が合いそうです」


「皮肉のつもりだったんですけど!?」


 皮肉が通じない。そのことを浅倉は残念に思いながら、唇を尖らせる。


「ちぇー。早くしないと、本当にどうにもできなくなるよ?」


「分かっていますよ。でも、あなた自身は良い機会を得ているのですから、いいではないですか」


「それはそれで、感謝はしてますよ」


 浅倉は、3週間前に姉を幽霊に殺されている。死体の状況が魂を抜き取られた人物らしく、死因不明だったためにそう発覚したのだ。その時、浅倉は幽霊についてはよく知っていたから、そのときのやりきれなさや空しさを今でも覚えていた。対抗したくても対抗できず、涙を流しながら無力を噛みしめた苦い思い出を。

 

 だから浅倉は、そんな気持ちになってしまう人が一人でも少なくなるように努力ができる現状をありがたいと思っていた。そして、皆が幽霊に怯えなくてもよくなるように魔法少女として活躍したいと思っている。死者が生者を殺すだなんてあっちゃいけないことだと考えているから。


「ただ、それとこれとは話が別でしょおぉぉ!」


「痛い! 痛いですミサさん!」


 あまりにも話にならないからか、カピラの両頬を掴んで引っ張り出した。

 浅倉はこういう風にさっさと行動しないタイプは大嫌いなのだ。だからといって、神様に当たることもできないため、こうしてカピラに対してイライラを発散させている。

 痛いなんてカピラは言っているが、どうなのか怪しいものだと浅倉は思った。今までカピラをいじってどうこう言われたり神様に咎められたりしたためしがないからだ。きっと問題にすら思われていないのだろうと思われる。


「もう、演技も大変なんだからね」


「お金にがめつい女子高校生の演技ですか? 必要なんです? それ」


「必要なんです」


 小首を傾げるカピラを浅倉は睨み付ける。

 その時、スマホが鳴り出した。別次元にいても魔法少女のスマホは地球の電波をキャッチできる。


「誰からですか?」


「市役所からね。お仕事の時間だわ」


「そうですか。じゃあ、いってらっしゃいませ」


「気をつけて、くらい付け足してくれてもいいじゃない! もう!」


 カピラの淡々とした感じは今に始まったことではないが、浅倉はあまり好きになれなかった。ひとまず自室へとワープして通話を始めた。


「はい。ミサですが」


「ああ、ミサちゃん。こちら針ヶ谷。幽霊退治のために今すぐ市役所に来て欲しいのだけど、大丈夫そう?」


「大丈夫です。すぐ行きます」

 

 浅倉は、今日も無事に帰れるようにと願掛けで香水を振りかけた後で、市役所前へとワープした。

 浅倉は、現在唯一幽霊に詳しい上に倒せる魔法少女なので市役所から幽霊を倒す仕事を直接貰っている。その仕事を受ける条件として高い給金をもらうという約束を取り付けて。カピラも知っての通りの演技なのだが、無償で受けるよりは信頼されるだろうと思ってのことだ。


 浅倉はひとまず針ヶ谷のところへと向かう。


「針ヶ谷さん。来ました」


「おお、流石魔法少女。来るの早いわね」


 針ヶ谷綾乃。浅倉瑠香をサポートしているダンジョン課の職員だ。全てを一手に担っている訳ではないが、仕事の依頼や通信サポートなどは主に彼女がやっている。


「最近は合コンとか行ってますか? 針ヶ谷さん」


「行ってるわけないでしょう、そんなもの」


「うわぁ、流石。仕事が恋人」


「茶化さないで」


 セミロングの黒髪をいじりながら、針ヶ谷は浅倉に言う。


「幽霊が二体出現したみたいなので、それぞれ行って貰うことになるわ」


「うわぁ、二体かぁ。お給金は?」


「ちゃんと色付けるわよ」


「わぁい! 流石針ヶ谷さん! 話が分かる! それでそれで?」


「こことここよ」


 浅倉は、針ヶ谷の傍に行き神様特製の幽霊探知機を見た。すると赤く光った点が2つ離れて存在しているのが分かった。幽霊の反応だ。


 ――他に被害が出る前に素早く片付けないと!


「じゃあ、早速いってきますね」


「ええ。――ああ、それとひとつ聞きたいんだけど」


「なんですか?」


 「二階堂真衣について、何か知らない? 行方不明なのよ」


 それを聞いて、浅倉は息が一瞬止まった。その後は心を落ち着かせるようにゆっくりと息を吐いて平静を装った。明らかに動揺したのだが、そのことが針ヶ谷にバレることはなかったようだ。


「いいえ、知りません」


「そう。ありがとう、道中気をつけてね」


「はい」


 まず、浅倉はひとつ目の地点へと向かった。山の中だ。誰かが遭難して死んでしまったのだろうか、などと思いながら魔法少女が持ちうるスペックでもって素早く移動する。上から眺めていると、赤い異形の幽霊を発見した。「げ」と声を零しつつ、そいつの目の前へ向かう。


 人型ではあるが、赤い包帯でぐるぐる巻きにされている。ところどころから赤黒い肌が露出していた。顔があるべき部分には耳まで裂けた口しかない。両腕は、肘から先が鎌になっていた。


「キラーじゃん……ここで何人死んだのよ」


 キラー。異形の幽霊の一種だ。大勢の人間が死んでいると複数の魂が集まることにより魂の力が強まり、ただの薄く白い人型ではない幽霊ができあがる。もっとも、力や未練の強い人が一人死んでも同じような結果になるが、山ということもあり複数の魂が集まったのだろうと浅倉は見ていた。


 キラーは不敵な笑みを浮かべて、浅倉を見た。やる気満々というところだろう。

 ――望むところだ。

 まず、キラーが右の鎌を振り下ろす。


 浅倉はそれをギリギリでかわし、掌打。キラーをよろめかせる。続けて突進して、キラーの腹部を殴り、真上へ吹っ飛ばす。

 

 しかし、キラーは器用にも左の鎌を傍の木に刺して吹っ飛ばされるのを防いだ(木にも魂はある)。そして、そのまま右の鎌で首を狙ってきた!


「――ッ!」


 幽霊に触れられる浅倉にとって、キラーの鎌は魂を切るだけでは終わらない。直接その身を切り裂く。

 切られてはまずいので、慌てて浅倉は白刃取りを決めた。


「器用だね」


 キラーはすぐに左の鎌を木から抜き、足で追撃。

 浅倉はその追撃を貰わないように、一旦距離を取る。この後も幽霊との戦闘が控えているので、何としてもダメージを食らう訳にはいかないと思っていた。


「そっちがそう来るなら、こっちだって考えがあるよ!」


 体勢を立て直され、再び浅倉に迫る右の鎌。

 それを浅倉はまた白刃取りで受ける。だが、今回はそれだけではない。


「――よいしょ!」


 なんと、浅倉はキラーの鎌を折ったのだ。

 折られた部分を見て思わず二度見するキラー。

 そして浅倉は、その折った鎌を使って切りにいった!

 幽霊の刃は、魂を直接切ることができるため当然その刃はキラーに当たる。腹部に切り傷ができ、そこから白く薄い粒々が噴出。明らかにダメージを与えた。


「ギイイィィィィ!」


 初めてキラーが声を発した。悲鳴だろうが。

 そのまま浅倉は切り刻んだ。たまに残った鎌で受けられたが、そうなれば空いた手で殴りつけるまでだった。切り、殴り、一方的に蹂躙する。


「これで、トドメ!」


 最後には距離を取り火球を放つ。キラーとぶつかり、それは轟音と共に爆ぜた。

 そこにいたキラーは跡形も残らず、白く薄い粒々となり散っていった。

 

「よし! ノーダメ撃破! 偉い私!」


 浅倉は自分を励ますように笑顔でガッツポーズをとった。そして、次の場所へと出発した。

 次の到着場所は閉鎖されたトンネルだった。誰か自殺でもしたのだろうか。そんなことを思いながら、トンネルの中へと入っていく。


 すると、そこには緑色の髪に緑色のフリルのついたヒラヒラの服装をした魔法少女の幽霊が。どうやら生前の姿をそのまま残して幽霊化しているようだった。状況が状況なら、まるでお姫様みたいに見えただろう。

 その姿を見て、浅倉は目を見開いた。まさかと思いながら走って幽霊の傍に駆け寄る。声をかけたい一心でそうした。

 だが、それが伝わらなかったのか、浅倉の姿を見るや否やジャンプして光線を放ってきた。


 浅倉は慌てながらそれを避けた。そして心の中で、どうやら弱らせるしかないようだと覚悟を決める。

 これだけ生前の姿が残っていれば、弱らせれば普通に喋れるようになるはずだからだ。


 浅倉は相手と同じようにジャンプして、肉弾戦に打って出た。

 幽霊が浅倉を見て大ぶりな一撃を繰り出してくる。

 浅倉はそれを避けて相手のお腹を思いきり殴った。

 幽霊は怯まずに、そのまま両手を握り合わせて浅倉の頭を殴ってきた。浅倉はダメージを負うも横腹めがけて蹴りを放つ。


 幽霊はその脚を掴んで、トンネルの壁に向かって投げつけた。

 浅倉はぶつかる前に踏みとどまると、次に突撃し頭突きを食らわせる。

 対して幽霊は思いきり浅倉の腹を殴りつけてきた。

 

 今までの相手の動きが荒々しいところを見て浅倉は、おそらく相手は理性的に動けていないと実感した。それからもしばらく殴り合いが続く。


 その戦いの最中、幽霊の右手を掴んで浅倉は背負い投げをする。そして炎の矢を作り矢を放った。

 それを相手は体勢を整えながら緑色かつ六角形の盾を作り防ごうとしてくる。

 理性的でない割に魔法も使ってくるのかと浅倉は思った。


 だが、防ぎきられることはなかった。炎の矢は緑色の盾とぶつかりながら、それに罅を入れていきやがて突破。幽霊の体に突き刺さった!

 相手は霊体だから、傷口から白く薄い粒々が零れ出てては消えていく。大きなダメージになったかもしれなかった。


「ねぇ、聞こえる? もう戦うの辞めようよ!」


 今なら話を聞いてくれるか。浅倉はそう思ったが、未だにその気配はなかった。

 女子とは思えない唸り声がする。目はしかと浅倉を捉え、攻撃の意思を見せる。


 まだ、だめか。そう浅倉は思いながら、今度は拳に炎を纏わせる。そのまま空を蹴って突っ込んだ。

 幽霊はそれを避け、浅倉の拳は地面に当たる。

 床にできる小さなクレーター。拳の威力を思わせるには十分だった。


 幽霊は、風の刃を作り出し放つ。

 浅倉はそれを避けて地面に手をつき、コンクリートを操る。幽霊の足元の地面を尖らせつつ競り上がらせた。

 まともにそれを食らった幽霊は、宙に打ち上げられる。


 浅倉は隙有りと見て再び炎を拳に纏わせジャンプした。


「ごめん」


 そして、幽霊のお腹を思いきり殴打。

 生身の人間であれば即死していそうなほどの威力を持った拳は、今度こそ幽霊を捉え気を失わせた。


 ……それから、どれくらいの時間が経っただろう。浅倉は幽霊を膝枕の上に乗せながら、目が覚めるのを待っていた。

 やがて目が覚めたときには、幽霊からは先ほどまでの理性的でない感じは消え失せており目には輝きが戻っていた。優しそうで穏やかそうな雰囲気を身に纏っている。


「ああ」


 そして、思い出したかのように言った。


「私、死んだんだ」


「どうして死んだの?」


 浅倉は優しい声色で声をかける。まるで既知の友人に語りかけるように、頭を撫でてあげながら。


「守れなかった人がいたんだ。事故だった。私なら守れたはずなのに、守れなかった。それで全部嫌になっちゃって。どうせなら、誰にも迷惑をかけないところで自殺しようと思ったの。でもまさか、幽霊になっちゃうなんて。ごめんなさい。迷惑かけちゃったわね」


 幽霊は言いながら浅倉から目を逸らす。そして、溜息をついた。


「こんな姿、高貴くんに見られたらどう思われるんだろう」


 懐かしそうにそう言いながら、目から涙を零れさせた。

 浅倉は、幽霊でも涙は流れるのだなと思った。


「会いたいなぁ、高貴くんに」


 その言葉を聞いて、浅倉の胸はじんわりと温かくなった。そして、ひとつ決心をした。ちょっと躊躇いがちになったが、思い切って口を開く。


「俺だよ、真衣」


「え?」


 浅倉は、周りに誰もいないことを確認して変身を解いた。そして、ポケットの中からロケットペンダントを取りだした。それを開いて幽霊に見せる。


「ほら、これ」


 そこには、一組の男女が笑顔でピースをしながら映っている写真があった。それを見て、幽霊は手で口を覆い息をのむ。


「嘘、高貴くん?」


「今は、まさかまさかの、女の子になっちゃったけどね」


 そう、そこに映っていたのは生前の幽霊と浅倉の学生姿だった。浅倉もまた一度死んでいる。他の死者との違いは、神様の力によって記憶を引き継ぎながら魔法少女となってこの世に戻ってきたという点だ。


「ごめんね。みっともない姿を見せちゃったね」


「俺こそ、死んでごめん。ごめんな」


 浅倉の口から、謝罪の言葉が溢れ出た。浅倉は真衣の涙を拭いてあげながら、自分を責めながら真衣を見る。

 

 「ううん。高貴くんは悪くないよ。私が強くなれなかったんだ」


 真衣は笑顔を浮かべ、優しく言った。そして、艶っぽい表情を浮かべる。


 「ねぇ、高貴くん。逝く前に甘えてもいい?」


「ああ、いいよ」


 真衣は上半身を持ち上げてから、浅倉に上半身を預けた。真衣の顔が浅倉の肩にかかる。

 浅倉は真衣の額にキスをする。それを受けて、真衣は浅倉の頬に。吐息の触れ合う距離で笑い合いながら、浅倉は真衣を抱きしめた。真衣は、浅倉の行為を受け入れつつ胸に顔をうずめた。


  浅倉は腕を回す。頬で真衣の髪を感じる。零れる涙が真衣に触れないように拭い去る。


「ふふ。香水、私が使ってた奴を使ってるでしょ」


「バレたか」


 性別が変わった浅倉は、どんな化粧品がいいのかなんて分からなかったため、真衣のことを思い出しながら化粧品を選んでいたのだ。それがバレて、浅倉は少し気恥ずかしくなった。

 それを感じ取ったのか、また真衣はふふと笑った。


 浅倉は、できればずっとこのままでいたいと思った。しかし、お別れをしなければならない。そのために来たのだから。

 お互いに離れてから真衣は言う。


「もう行くね」


「ああ」


「簡単にこっちに来たら、許さないから」


「ああ」


 そう言って、真衣は消えていった。

 浅倉は、名残惜しそうにしていた。真衣を抱きしめるように、ロケットペンダントを抱きしめる。しばらくそうしてから、やがて立ち上がり、市役所に報告をしに行った。


  ◆


「簡単にこっちに来たら許さないって言われちゃいましたね」


「見てたの? 趣味悪いわね」

 

 市役所への報告が済み、息抜きにと宮殿ディアムの入り口に来た浅倉だったが、そこでカピラから冷や水を浴びせるかのような言葉を食らった。他に魔法少女はいなかった。含みのある言い方に苛立ったのか、カピラを軽く睨み付ける。


「で、何が言いたいの?」


「だって、どうせ早めにあっちに行くのは決まってるじゃないですか。別にあなた、完全に生き返った訳じゃないんですから」


 そう、幽霊に干渉できる魔法少女。幽霊に詳しい魔法少女。その種は単純なものなのだ。

 ――それだけなのだ。

 浅倉の幽霊の体は神様お手製の便利なもので、生者に干渉する分にも好きに干渉できる。生きているフリをするのも簡単にできる。


 だから、浅倉は普通にお金を稼いだり、普通の高校生を演じたりと、夢のある若者のフリをして自分が幽霊であることを誤魔化しながら生活できている。


「分かっていますよね? あなたは幽霊だから、これから先全く外見が変化しない。更に魔法少女として存在し続けることもできてしまうからこそ、いずれ幽霊だとバレてしまう。そして神様曰く、ちゃんと幽霊に対抗できる魔法少女がそろそろあなた以外に現れる予定です。育成はあなたがしなければなりませんが、あなたがお役御免になるのは、そう遠い未来ではないですよ?」


 魔法少女として力を振るえるのは19歳まで。だから、いつまでも年をとらず魔法少女でいられる浅倉は、人間ではあり得ない。自然とバレることだ。

 それを踏まえて、浅倉は言う。


「やっとワンマンじゃなくなることが確定したのね。それはそれでいいのよ。私の存在は異質なんだから。神様も私に関しては、幽霊を倒せる後継者が現れて育つまでの場繋ぎだって言っていたし。あの家もこの体も、神様から頂いたものだしね」


 浅倉は2週間前に死に、その後神様の力によって魔法少女の幽霊として存在できている。浅倉自身が男だったのに特大の魔力を持ったバグ個体だったからであったり、性格面を考慮されたりと、理由があって浅倉は抜擢されたのだ。

 ただ、場繋ぎは場繋ぎだ。どちらにせよ、いつかは――。浅倉はそう思いながら、カピラを見る。


「ちゃんと覚悟はできているんですね?」


「もちろん。むしろ、こうして少ない期間だけでも干渉できるだけ、ありがたいと思っているわ」


 浅倉の「もちろん」に対して、カピラは、フフと笑って言う。


「それを聞いて安心しました。やはりあなたを選んで正解でしたよ。どうか、期待を裏切らないで下さいね?」


 そう言ってカピラはいなくなっていった。大方、浅倉にいじられないようにするためだろう。

 一方の浅倉は、自分のこれからの在り方について考え込みながら、宮殿の入り口にある階段に腰掛けるのだった。


『後書き』

お読み頂きありがとうございました。

この作品はカクヨムコンネクスト賞参加作品になります。

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