幽霊屋敷事変



丘の上に建つ白い二階建ての建物。その裏には少し広い畑があり、野菜が実っていた。


その建物の木製の扉が、人影と共に吹き飛ぶ。



「蹴り飛ばすぞ貴様ッ!!」

「シカバネ、もう蹴り飛ばしてるぜ」

「(可哀想に………骨が何本折れたことか。まあ仕方ないか、シカバネを怒らせたのが悪い)」



怒りで顔を歪ませ、先程男を蹴り飛ばしたであろう右足を上げたシカバネが声を荒らげる。地面に倒れ伏す男を、ブラムストーは哀れに思いながらも自業自得と責めた。

屋敷の中にはあと三人もの男たちが倒れており、ジョーカーはその一人を足蹴にしていた。



「とりあえず、コイツら縛って近くの町の保安局に連れて行こっか。ちょうど次の依頼あるし」

「ああそうだな。シカバネ、カミゴロシを下げろ。奴らはもうボロボロだ」



今にも腰に差している日本刀を抜こうとしているシカバネを制する。シカバネはブラムストーの制止にしぶしぶ刀から手を離した。



「あの、ありがとうございます!これで安心して生活出来ます!」

「もう大丈夫っすよ。違法な地上げ屋は居なくなりましたので」



女性ある貴族の娘だが、ある理由で家を去り二年前にこの屋敷を買い取り、悠々自適の生活をしていた。しかし、数週間前から悪質な地上げ屋が現れ、早くここから立ち退かないとお前を売り飛ばすぞと脅してくるようになったのだ。命の危機を感じた女性は、藁にもすがる思いで何でも屋“HUMANS”に依頼したのである。



「オレたちに依頼して正解でしたなあ。コイツらの恐喝は全て録音しといたから証拠として提出してやりますよ。おーいシカバネ!お前壊した扉直せよ!」

「分かっている」

「本当にありがとうございます!あのこれ、約束の………」



と女性は大量のコインが入った袋をジョーカーに渡した。



「あー今回は半分でいいっすよ。もう少しで冬になるし、あたたかい食べ物や服に使ってください」

「えっ、でも………」

「いいんだ。それに我々もそんなに貧乏ではないしな」

「おい、工具はどこだ?」

「あ、それなら裏の倉庫に…!」



女性の生活に、また平和が訪れたのだった。








依頼も終わり、三人はそこから少し近い町へ訪れた。地上げ屋を保安局へ連れて行くのも目的の一つだが………実は次の依頼が待っていたのだ。



「ここか?次の依頼って」

「ああ。この町の町長だ」



目の前にある大きな屋敷。手入れされた広い庭に綺麗な水を噴き出す噴水、色とりどりの花が咲いていた。おそらくこの町で一番大きな屋敷なのだろう。

すると三人の前に使用人らしき中年の男が現れ、鉄格子の門を開けた。白髪混じりの黒髪をオールバックにしたその使用人は三人にあまり目を合わすことはなく、そのまま三人を屋敷の中に案内する。



「ご主人様はこちらにいらっしゃいます」



とそれだけ言って大きな扉をノックした。



「ご主人様、例の何でも屋がいらっしゃいました」

「おおそうか!入ってくれ!」



その返事に使用人は扉を開けた。高価な調度品が置かれた広い部屋が見え、その真ん中には接客用の革張りのソファーにテーブルが置かれていた。



「どうぞどうぞ掛けてください!私はこの町の町長のハリドルです!」

「あーどうも。ご依頼ありがとうございます」



三人は同じソファーに座った。白い髪に白いヒゲを生やした中年の男が、この町の町長ハリドルだ。ハリドルは三人の向かいにあるソファーに座り、ニコニコと笑っていた。

さっきの使用人とは違うな、と三人は思ったが口には出さなかったのだった。



「まさか本当にあの“HUMANS”が来てくれるとは!これであの屋敷の問題も片付いたも同然ですな!」

「………屋敷?」

「ああすみません。では依頼内容をお話しします」



ブラムストーが首を傾げると、ハリドルはすぐさま真剣な顔をした。



「実はこの町の西の奥に、とある屋敷が建っておりまして、今はもう誰も住んでおらず、廃墟になっています。元は私の祖母の家だったんですが、ある事情で売り払ったのだそうです」

「はあ……それで?」

「祖母も数ヶ月前に亡くなり、私はその屋敷を買い取って取り壊そうと考えております。ですが時々浮浪人があの屋敷に侵入したり若い者が面白半分で入ったりしていまして、保安局に頼んで見回りをつけてもらっていました。でも………」

「…………何か問題でも起こった?」



ブラムストーの言葉に町長は頷く。その時ジョーカーの表情が少しだけ強ばった。

何か、嫌な予感がする。ジョーカーにとってとてつもない嫌な予感が。



「……実は三日ほど前、保安官三人がその屋敷に行ったっきり帰って来なかったんです。家の方にも連絡をしたそうなんですが、そちらにも帰って来ていないらしく………」

「行方不明になったのか?」

「はい………」

「えっと、つまり……?」

「実を言うとですね………その屋敷は、昔から幽霊が出ると噂がありまして………貴方がたを呼んだのは、その件の幽霊屋敷の調査をお願いしたくて───」






「ヤダーーーーーーーー!!!」

「ええいっ、往生際が悪いぞ貴様!!」



町長の屋敷から離れた場所。道にある木にしがみつき頭を横に振るジョーカーを、シカバネはコートを引っ張って剥がそうとしていた。



「もう依頼を請け負ったのだぞ?!依頼内容を聞くまではウキウキしておったくせに!」

「まさか幽霊屋敷の調査だったなんて知らなかったんだよ!つーかお前が勝手に受けたんだろ!?なんでこの依頼受けたのさあ!!」

「面白そうだったからだ」

「ちくしょうッ!!この愉快犯め!!」

「そもそももう200歳以上生きてるくせにまだ幽霊が怖いとか子供か貴様は!!」

「まだ200歳以上だよ!!」



ジョーカーはヤケクソのように吐き捨てた。



「シカバネ、ずっと気になっていたんだが………なぜジョーカーは幽霊が苦手なんだ?」

「ブラムストー、この小僧は悪魔とか魔物とか物理で殺すことが出来るものとは違い、霊は触れられないし見えないしもう死んでいる存在だからと言う理由で怖いそうだ」

「ああなるほど……なら私と手を繋いで入ろう。そうすれば怖くはないだろう?」

「野郎と手を繋いでまで入るか!!つーかそれで怖さ半減すると思ってるのかよ!?」

「わがままめ!!」



シカバネは木にしがみつき続けるジョーカーの頭を叩いた。


行き交う町の住民はそんな三人を訝しげな顔をしながら通り過ぎていくのだった。



「あ、あの二人とも、このままだと私たち不審者だと思われてしまうからいい加減止めてくれ。早くその幽霊屋敷に行こう。日が暮れてしまう」

「それもそうだな。ほら行くぞ!」

「絶対嫌だッ!!二人で行けよ!!オレ外で待機してるから!!」

「ふんっ!!」

「ふげっ!?」



まだ駄々をこねるジョーカーを、シカバネは刀───カミゴロシを鞘のまま腰から抜く。そして………容赦なく彼の頭を殴打したのだった。


バタリと倒れたジョーカーに、さすがのブラムストーも「やり過ぎだ!」と声を上げた。



「こうでもせんと埒が明かん。こやつが気を失っている間に行くぞ」

「えぇ……いいのか?こんなことをして」

「構わん」



シカバネは気を失ったジョーカーの後ろ襟を掴んで、引きずったまま幽霊屋敷へと向かう。ブラムストーはそんなジョーカーに同情しながら後について行ったのだった。






幽霊屋敷は、本当に幽霊屋敷と言う名に相応しい建物だった。


町長の屋敷とまではいかないが広い庭に大きな三階建ての屋敷だ。しかし、その外見は華々しいものではなかった。


まず、庭は枯れ草や枯れ木ばかりで茶色の萎えた雑草が辺りを覆い、噴水もあるが所々ヒビが割れ濁った雨水が溜まっていた。


屋敷の壁もボロボロでツタが覆い、窓は全てカーテンで締め切られ中が見えない状態だった。建物全体が不気味で怪しいオーラを醸し出している。



「本当に幽霊屋敷に相応しいな」

「ああ。まさしく幽霊が住み着いてそうな屋敷だ。たしか町長はこの屋敷のカギは何故か無いからそのまま扉を木の板で打ち付けていると言ったが………」



錆びた鉄格子の門の隙間から、出入口の玄関らしき両開きの扉を見る。その扉は、半分に開いていた。木の板らしきものは近くに落ちている。



「………入れって言ってるみたいだな」

「構わん入るぞ。そのために来たのだからな」



とシカバネは門を開けた。ギイイイイ……と言う嫌な音が響き渡る。


半開きになった玄関の扉の隙間から中へ入る。広い玄関ホールは真っ暗で埃臭さを感じ、シカバネは顔をしかめた。



棚も花瓶も埃まみれで、昔は綺麗だったはずのシャンデリアも蜘蛛の巣に包まれている。



「長いこと使われていなかったようだな……」

「ああ。………ん?シカバネ、これを見てみろ」



ブラムストーが床を指差す。床も埃に覆われ若干白くなっていた。しかし、その床には数人分の足跡がくっきりと残されていたのだ。



「足跡の数からして三人分のようだ」

「もしかして、三日前に行方不明になった保安官のものなのか?」

「多分な。足跡は………ここで途切れている?」



足跡は玄関ホールの真ん中で途切れていた。まるでそこからフッと消えたように。



「………嫌な感じがするな。おい起きろジョーカー!いつまで寝ている!」



自分が失神させたんだろう、とジョーカーの襟首を掴み激しく揺らすシカバネに、ブラムストーは心の中でそう呟いたのだった。

ジョーカーの瞼がピクリと動く。



「ぅ………いってぇ……」

「起きたな。よし奥へ行くぞ」

「……え、ちょ、待ってここどこぉ!?」

「件の幽霊屋敷だ」

「なっ……シカバネお前えぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!!よくもオレを気絶させたなあ!??」

「貴様が駄々をこねるからだ。ほらもう幽霊屋敷の中だぞ。諦めろ」

「鬼畜っ!!」

「鬼だ。半分な」



ギャーギャーといまだ騒ぐジョーカーを無視してシカバネは歩く。



「えぇ〜……マジで行くの?オレ気絶させられたんだが?むしろ被害者なんだが?泣いていい?」

「わ、私のマントに隠れるかい?」

「いいよ別に!」



しかしやはり怖いのか、ジョーカーはブラムストーのマントにしがみつきながら歩く。当のブラムストーは苦笑いを浮かべた。



「本当に幽霊が出るのか……そして行方不明になった保安官たちを見つける……今回はそういう依頼だったな」

「しかし保安官三人はどこへ行ったんだろうか。足跡も玄関ホールで途切れているし」

「は、早く調査済ませて早く出ようぜ……」

「(“早く”を二回言ってる………)」



今回ジョーカーは頼りになれそうにないな、とシカバネは思いながら一階の奥へ向かった。


台所らしき部屋の扉を開ける。調理器具はどうやらそのままになっているようだ。鍋や包丁が台の上に乱雑に置かれている。そのかわり棚には何も無く空っぽだった。



「なぜ調理器具が全て台に置かれているんだ?」

「さあな」

「不気味ぃ……」



包丁や鍋、お玉が置かれた台を三人は見る。ふと、シカバネはあることに気付いた。



「これ、おかしいぞ」

「おかしい?何が?」

「この調理器具……埃が無い」



台には埃が覆われている。しかし、乱雑に置かれた調理器具には、埃があまり無かったのだ。


その時、何かを感じる。



「伏せろ!!」



シカバネの言葉に二人は床に伏せる。その瞬間、二人の頭上に何かが飛んだ。


ドスリと言う音が聞こえる。二人の頭上では、包丁が壁に幾つも刺さっていた。



「な、なななななんだぁ!??」



ガシャン、と鍋も壁に打ち付けられる。シカバネは飛んでくる包丁をカミゴロシで弾き落とし、二人に「ここから出るぞ!」と言った。


ブラムストーとジョーカーは頭を伏せながら扉に駆け寄る。包丁や鍋が二人に襲いかかるも難なく避けながら扉へ辿り着いた。しかし、ドアノブを回してもガチャガチャ鳴るだけで開かない。そもそも、この扉は開けっ放しにしていたはずなのに………。



「開かねえっ、開かねえよシカバネ!!」

「閉じ込められた!!」

「なら壊せッ!!」

「「あ、そっか」」



次の瞬間、台所の扉は無惨に壊されたのだった。





「ひぇ〜………今のなんだったんだよ……」

「い、いわゆるポルターガイストだろうな」



ポルターガイストが起こった台所の扉を壊し逃げた三人。シカバネはジョーカーとブラムストーの強い蹴りにより粉々になった扉と、廊下の床に転がった鍋とお玉を見る。



「ポルターガイストってことは、やっぱここ幽霊居るの!?」

「いや……今のは違う」

「え?」



顔を青ざめるジョーカーに、シカバネは静かにそう言った。



「さっきあの調理器具に魔力のようなものを微力ながら感じた」

「魔力だと?」

「魔力………じゃあ、鍋や包丁が飛んだのは幽霊の仕業じゃねえってことか?」

「かもしれん………この屋敷、ひょっとすると幽霊ではない何かが居るやもしれんな」



カタンッ



その時、廊下の奥から音が聞こえた。シカバネとブラムストーは咄嗟に音がした方へ顔を向け、ジョーカーはぎゃっと短い悲鳴を上げ飛び跳ねた。




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HUMANS モトマツ @999031

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