HUMANS

モトマツ



昔々────時代と場所が違えど、暗黒の歴史に深くその名を刻み込んだ三体の化け物がかつて存在していた。



小さな東洋の島国で暴れに暴れ回り、男も女も関係なく血肉を貪っては酒を水の如く飲み干したと言われた恐怖の鬼神。


夜の絶対支配者であり、若き娘の血を糧に生き続け太陽の光りを克服せんと同胞ですら実験体にし犠牲者を多く出した狂気の真祖。


あらゆる魔法、魔術を操り魔界の頂点に立ちながら、人間の世界を蹂躙し、破壊し、支配しようと企んだ脅威の魔王。



人々は恐れた。絶望した。


しかし、その恐ろしい化け物たちは勇敢ある人間たちの手により滅び去り、この世から消えた。………消えた、はずだった。


三体の化け物は、残したのだ。


自分の子供を、己の力を受け継いだ存在を、攫った人間の娘に孕ませて───。







満月の下にある、とある深い森の中。

切り開かれた広い場所を松明が照らす中、焚き火を囲う柄の悪い男たち十数人が酒や肉を煽っていた。


奴らは盗賊だった。喰い漁っている酒や肉などの食料は、さきほど襲った村から奪い取った物である。それを我が物顔で体内に入れている彼らの後ろでは、鉄製の檻の奥で若い女性たちと子供たちが泣きながらお互いの身体を寄り添い合っていた。



「あ〜喰った喰った!久々のご馳走だったぜ」

「ああ!あの村を襲って正解だったな。売れそうな女も子供もとっ捕まえれたし!」

「じゃあ次は女でも堪能するかぁ」



と一人の男が下卑た笑みを浮かべながら檻に目を向ける。その舐めるような視線に女性たちはビクリと身体を跳ねらせた。



「おいおい、女はあんまり傷付けるなよ?子供も高い値で売れるんだからな」

「分かってる分かってる」



男は檻の鍵を受け取り、檻に近付き扉を開けた。ギイィィッと言う音と共に開かれていく扉に、女性たちは震えた。



「どれにしよ〜かな〜………よし、お前にするか!」

「いやぁぁッ!!止めてえ!!」

「母ちゃん!母ちゃんっ!」



男に腕を捕まれ引き摺り出される一人の女性。そしてその女性の服を必死に掴む、女性の息子らしき子供。



「ちっ、邪魔すんなガキ!」

「ぎゃっ!!」

「ケビンっ!!」



それに気を悪くした男は容赦なく子供を殴り飛ばした。大の大人で、しかも力の強い男に殴られた子供には耐えきれないもの。殴り飛ばされた子供は檻の床に倒れ、ピクリとも動かなかった。



「ケビンっ!!いやあーーー!!」

「騒ぐな騒ぐな。今気持ちいいことしてやるからよお」



男は子供に手を伸ばす母親を羽交い締めしながら舌なめずりをした。母親の悲痛な叫びが夜の森にこだまする。

その時だった。



「───貴様、今子供を殴ったな?」



低くも耳に残るような美しい声が後ろから聞こえた瞬間、男の首が飛んだ。血しぶきを上げ、草が生えた地面にボトリと落ち、転がる。



「子供を殴る者は死ね」



血が吹き出す身体を思い切り蹴飛ばす。母親は「ひっ!」と首なし死体を見て短い悲鳴を上げた。


松明の光りと月明かりに照らされたその男。黒い外套がバサリと揺れ、逞しい肉体を黒い軍服で包み込み、厚底の長ブーツが男の首をぐしゃりと踏み潰した。その黒い軍帽の下から、冷たくも怒りで燃えた金色の目が見下していた。綺麗な顔立ちをしているが、その表情は底冷えしている。

右手には松明の光りでキラリと光る刀が握られていた。その刃は血で濡れ、妖しい雰囲気を醸し出している。



「なんだテメェはあ!!」

「こう言う者だ」



音も無く突然現れた男に仲間が殺され、一人の男が声を荒らげる。しかし、次の瞬間別の声が聞こえ、男の胸に背後から銀色の刃が貫く。



「私たちは貴様らに天罰を与える者だ」

「あ、が………」



刃を抜き、次に素早い速さで両腕を肩口から切り落とす。そしてそのまま背中から蹴り、顔面を焚き火に落としたのだった。



「あぎっ、ぎぃぃぃぃ…!!」



人の言葉ですらない声を上げながら顔を火で焼かれる男の姿に、他の盗賊たちも武器を持って戦闘態勢に入った。



「何もんだ!!」

「さっきブラムストーが言っただろうが。オレたちはてめぇらクズどもを殺しに来た───何でも屋だ」



暗闇から一人の若い青年が現れた。

顎先まで伸ばした赤い髪に中性的で整った顔立ち、空のような澄んだ青色の目が盗賊らを写していた。黒の革コートに赤のネックウォーマーを着ており、下はジーパンと長ブーツと言う簡素なものだった。


一方、さきほど男の胸を貫き両腕を切り落とした男は、腰まで伸びた長く美しいプラチナブロンドを夜風になびかせ、黒のマントと黒色の高価そうな貴族服を身に付けていた。死人のように白い肌に血のように赤い切れ長の目は盗賊たちを冷めた目で見つめ、美しく綺麗に整った顔立ちも嫌悪感で歪んでいた。



「つーかシカバネもまだ殺すなって。依頼人からは“惨いやり方で殺してくれ”って言われてるんだからよ」

「む、すまないジョーカー」

「二人ぐらいは大丈夫であろう。どの道この盗賊らは殺すのだからな」

「あーはいはい。じゃあ残りは戦意喪失させろよ」



ジョーカーと呼ばれた青年は、どこから出したのか二丁の拳銃を取り出し笑った。



「ふざけんな!!コイツらをぶっ殺せえええええ!!!」



盗賊の頭らしき男がそう叫ぶや否や、盗賊たちは斧や剣などの武器を掲げながら三人に襲い掛かった。


シカバネと言う男は、首を切り落とした日本刀を構える。他の二人も構えた。


夜の森に、銃声と怒号、悲鳴が響き渡ったのだった。






五分後。



「なんだつまらん」

「呆気な………」

「口ほどにもなかったな」



地面に伏せ呻く盗賊たちを三人は見下ろした。



「この馬鹿ども、本当に村を焼いて回った悪名高き盗賊か?」

「骨を折っただけで泣くとは情けないな」

「まあ今のコイツらに出来ることはねえだろ。それより………」



ジョーカーは檻の奥で縮こまる女性たちと子供たちを見た。そして近付く。



「おーい、大丈夫か?」

「ひっ…!」

「怖がらせるな馬鹿者。………すまないが、殴られた子供を見せてはくれないか?」

「あ………」



母親はぐったりしている子供を抱き締め、シカバネを怯えた目で見つめる。しかし彼の真剣な表情に、母親は悪意と敵意が無いことを感じ取ったのか、子供を二人に差し出した。



「うわ、頬っぺ腫れちまってやがる……まだ小さい子供に酷いことしやがるぜ」

「あの男の魂は捕まえている。あとで拷問でもして苦しめたあと“カミゴロシ”に喰わせてやるつもりだ」

「あーらら……まあ自業自得だな!」



何か恐ろしいことを言っている。本当にこの人たちは大丈夫なのだろうかと母親はつい心配になった。



「“ヒール”」



しかし、それは杞憂に変わる。ジョーカーが子供に手をかざすと、手のひらから淡い優しい光りが放たれ子供を包み込んだ。すると、殴られ腫れてしまった頬は元に戻り、また意思を取り戻したのか丸い目を開けたのだった。



「ぅ……」

「ケンジ!!あぁっ、よかった…!!ありがとうございます!!ありがとうございますっ…!!」



母親は泣きながら子供を抱き締め、ジョーカーに頭を下げてお礼を言った。女性たちにも“ヒール”を掛け、かすり傷などを治す。



「あーお礼はいいよ。当然のことしただけだから。それより、アンタら歩けるか?」

「え、は、はい」

「ならこのランタンをやる。このランタンには魔物除けと獣除けを付与している。これを持って東にある町に行きな。ここから一番近いから」

「あ、貴方がたは?」

「オレたちはまだやるべき事があるから一緒に行けねぇんだ。すまないな」



ジョーカーはまたどこから出したか分からないランタンを女性たちに数個、そして水が入った水筒や食料を渡し、「早く行け」と促した。女性たちはランタンを片手に子供を連れ、歩き出す。



「ありがとうございます!」

「おじさんたちありがとうー!」

「ありがとー!」



笑いながら手を振り森の奥へ消えて行く子供たちを、シカバネは柔らかい表情で手を振り返したのだった。


しかし、女性と子供たちが完全に消えた途端、冷酷な顔へと変わる。



「さて、この愚図どもをどうしてやろうか」

「依頼人からは死ぬよりも辛い目に合わせてくれって言われたからなあ」



地面に倒れた盗賊たちを見下す三人。その時、一人の男がピクリと小さく身じろぐ。



「!」

「死ねぇ!!」



シカバネが反応した途端、男が勢いよく飛び起き右手を前に突き出した。その手には何かを握っている。


瞬間、銃声の音が響き渡った。軍帽が飛ばされ、額から鮮血を吹き出し後ろに仰け反るシカバネ。

男───盗賊の頭はニタリと笑った。自分も満身創痍だが、憎い男をこの手で殺すことが出来ただけでも満足だ。あとは残り二人を殺し、逃げた女子供を追い掛けて……。



「銃を隠し持っておったか………」



ぐぃんっと───仰け反った姿勢から、直立に戻る。額に手を当て、短い黒髪をオールバックにした髪型を晒したシカバネは、手の隙間から盗賊の頭を睨み付けた。

盗賊の頭は目をこれでもかと見開いた。額を撃ち抜いたはずの男が、平然と立っているからだ。



「な、な、なんで」

「この我をたかが銃弾で殺せると思ったか」

「頭貫通してんなー」

「すまない、まさか武器をまだ持っていたとは………」

「気にするな。人間の武器など我の脅威ではない。だが………」



額から手を離した。しかしそこには血の跡しかなく、さきほど開けた穴など、どこにもなかった。

………頭に大きな赤黒い角二本が生えていたが。



「貴様………よほど死にたいらしいな……」

「ひ、ひいッ!?」

「シカバネ、キレて角出てんぞ」

「キレるだろう。盗賊に不意打ちで撃たれたのだから」

「ば、化け物…!!」

「半分正解だ。オレらは半分人間で半分化け物の存在………皆からは半端者と呼ばれている者だ」



ジョーカーはニヤニヤと悪どい笑みを浮かべながら盗賊の頭に近付く。そしてブーツの足で思い切り顔面を蹴飛ばした。



「ぐげぇッ!!」



汚い声を上げ地面に転がる盗賊の頭。



「ではやるか」

「どんなのがいい?指を一本一本捻じ切るか?」

「ブラムストーの吸血コウモリでじわじわ血を吸い取ればいい」

「こんな穢れた奴らの血を私の眷属のエサにしたくない」

「じゃあ拷問で」



三人の男たちが盗賊たちを囲う。口や鼻から血を流す盗賊の頭は地べたに座り込み短い悲鳴を上げながら後ずさった。



「か、金ならさっき村で奪ったのをやる!!だから、」

「見逃せって?い・や・だ・ね」

「数ヶ月前、貴様たちはある村を襲ったな?その村には生き残りが数人居てな。“どうか奴らをこの世から消し去ってください”と憎悪を吐き出しながら私たちに依頼をした。必死に働き掻き集めた全財産を投げ打ってな」

「ならばそれに報いるのが我々の役目。そうしたのは貴様たちの自業自得。後悔しても遅い。遅過ぎだ」

「と、言うわけで………死ぬまで頑張れよ」



松明の火が、風により吹き消された。





───町に避難してきた女性たちの通報により保安官たちが武器を装備して森の中へ向かった。しかし、盗賊団が居るであろうその場所にあったのは………十数個の生首だった。それらは全員苦悶の顔をしていて、まるで首を落とされた死刑囚のように地面に並べられ晒されていたと言う。そして生首が置かれた近くでは、酷い拷問痕がある死体が幾つも転がっていたらしく、生首と同じ数だったことから、生首はこの死体の持ち主だと判明した。そして持ち物から件の盗賊団だということが分かり、保安官たちは無惨な死体と生首を回収して、犯罪者の死体が埋められる無縁墓地へと運んだのだった。















「アイツらの死に様を話したらめちゃくちゃ喜んでたな」

「それくらい憎んでいたのだろう」

「まあ、出稼ぎに行って帰ってきた時に村を滅ぼされた挙句、大切な人を無惨に殺されたのだから仕方あるまい」



開けた道を歩く三人。ジョーカーの手にはコインが大量に入った袋が握られていた。


三人に依頼したのは、盗賊団によって滅ぼされた村の生き残り………若い男たちだった。家族のため、両親のため、恋人のために町へ出稼ぎに行き、そして戻った時には………村は死んでいた。


男と子供はいたぶられ、女は犯された挙句殺され………死屍累々の地獄絵図だった。


男たちは当然復讐心を滾らせた。しかし武器を持ったことも無い、力も無い男たちに悪逆非道な盗賊団たちに勝てるわけがない。ならばどうすればいいのか………。


男たちは考えた。必死になって考えた。泣き寝入りなどするものかと。しかしどうすれば………そんなある日、町の住人からある話を聞く。


世界各地を旅しながら、ありとあらゆる依頼を請け負う“何でも屋”が居ると。


依頼すればどこにでも現れ、一度受ければ必ず成し遂げるその何でも屋に、男たちは希望を託した。


汗水垂らし休む暇もなく時間がある限り働き続け、そしてようやくまとまった金が貯まり、彼らは依頼した。


全ては、無慈悲に殺された村人たちの無念を晴らすために。



「大金を支払ってまで我らに依頼をしてきたのだ。ならばそれ相応の仕事をしなければなるまい」

「それに復讐は終わったんだ。依頼人たちは満足して新しい人生を送れそうだし、万々歳だな!」

「ああ、だが久しぶりに血なまぐさい仕事をしたな………町に行って宿でシャワーを浴びたい……」

「吸血鬼のくせに」

「半分吸血鬼だ。そう言うお前は半分悪魔だろう」

「半分は人間ですぅー」

「くだらぬ喧嘩をするな。まったく貴様らは今何歳なんだ」

「オレ278歳」

「私は679歳だ」



二人が正直に答えたために、シカバネは微妙な顔をする。



「今考えると、オレら出会って結成してからまだ五十年しか経ってねぇなー」

「確かに。あっという間に五十年が過ぎてしまった」

「そういやシカバネって今何歳だっけ?」

「……………………2989歳」

「ジジイじゃん」



ジョーカーの顔にシカバネの拳が炸裂したのだった。








自分ではどうしようも出来ない時、彼らに頼るといい。


弱き者を助け、困り果てた人に手を差し伸べるその三人に。


世界各地を旅する伝説の“何でも屋”───そんな彼らを、人々はこう呼んでいる。




“HUMANS”──と。



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