プロローグ ⑵

 凜はその後も数匹犬型魔物を倒して洞窟を進んでいった。

 配信を始めて40分近くが経過した。


「そろそろ妾の好きな物が紹介できれば良いでありんすがね。みんな殿も飽きてきたでありんしょう」




 コメント欄(視聴者数50人)

名無し  可愛いからずっと見てられる

ボール  俺も、それにロリが魔物倒すのは爽快だわ

名無し  好きな物紹介って何?




「思ったよりみんな殿飽きてないんでありんすね。暇人で困った物でありんす。それと今来た人には誰かこの配信をする意味を教えといてくれるでありんすか。同じ事を言うのはつかれるでありんすから」


 T字路のように分かれてる道を右に曲がると一人の男がいた。

 男は魔物をちょうど倒したところだったのか、地面に落ちた何かを拾い、リュックに入れてるところだった。


「ちょうど良いところにいたでありんすね。みんな殿ついに妾のもう一つの好きな物を紹介できそうでありんす、フフッフ」


 今までも微笑んだりはしていたが、声を出して笑うのは配信で初めてだった。笑い方は「ゼータ」の真似のようだ。

 近づいてみると男は20代の170センチくらいで凜からすると見上げるほど大きかった。

 服装は下から茶色のロングブーツに黒のパンツ、灰色の半袖のTシャツのようなものだった。あまり防御に重きを置いて無く、動きやすさ重視のようだった。

 腰にはロングソードを提げていた。


「おはようでありんす、あなた殿。妾は配信してるでありんすが、映しても大丈夫でありんすか」

「あ、こんにちは。君も探索者なの?配信は別に映してもらっても良いよ。でもかっこよく撮ってね!」


 結構ノリがいいお兄ちゃんみたいな感じだった。




 コメント欄(60人)

名無し 他の探索者と話すのが好きなの?

名無し 好きな物ってもしかしてイケメン?

名無し それだったらおじさんの僕がおすすめだよ!

名無し この人普通にイケメンだな、死ねば良いのに




「あなた殿、コメントでイケメンって言われてるでありんすよ」

「そう、良かった。君もとてもその服似合ってるよ!なんかのコスプレなの?」

「そうでありんす。妾は妾でゼータでありんす。それで一つお願いがあるのですがよろしいでありんすか?」

「うん?僕にできることなら良いけど、何かな?」


 お兄さんは小さな子のリクエストを聞こうと腰を下げて、目線を合わせた。


「妾に殺されてくれないでありんすか?もちろん拒否権はないでありんすよ」


 今までと同じトーンで普通の会話のように話す。


「え、もう一回言ってくれる?」


 さっきまでの爽やかな笑顔は、微妙に固まったような変な顔になっていた。


「一度で聞こえないなんてあんた殿は最近日本に来た外国人なんでありんすか。妾があなた殿を殺していいでありんすか」

「それはキャラの真似だよね?」


 男の額からは汗が流れた。


「この話し方はそうでありんすよ。というか今頃でありんすね。それじゃあ殺させてもらうでありんすね」

「へ」


 男の間抜けな声と共に画面いっぱいに赤い液体が飛んだ。

 凜の右手には刃が赤く染まった包丁が握られていた。しかし服や顔には一切血がついていなかった。


「う、イタい、うぇ、ふぅはあ」


 男は声にならない声を上げながら、必死にリュックから何かを取り出そうとしていた。

 凜の口の端は上がり、頬が上気し、あどけない顔には似合わない色気があった。


「フッフッフフフ。何してるんでありんすか?そういえば名前を聞き忘れていたでありんすね。あなた殿の名前は何でありんすか?」


 ほんの少しだけ声のトーンが上がった。

 男には凜の声が聞こえていなのか、凜の方を見ることなくリュックを左手だけであさっている。右腕の半分はなくなっていて血がドロドロと流れ出ていた。


「聞こえないんでありんすか?妾が質問してるんでありんすよ、フフッフ」


 凜はリュックをあさるために後ろを向いている男に歩いて近づき、後ろから包丁を刺す。


「う、ブハァ、イタ、ああ、うぇ、く」


 背中と口から大量の血が出てきた。

 男が膝をつけている地面には赤い水たまりができていた。


「フフ、抵抗しないんでありんすね、フフ」


 凜は包丁を抜くことなくそのままにして、リュック側に回り込んだ。

 男は口を閉じ、うめき声を上げながらまだリュックの中を探していた。

 男の顔を右足で思いっきり蹴り、男は後ろに倒れた。そのせいで刺さったままの包丁がさらに深く刺さって、男は動かなくなった。

 凜は男には興味が無いかのように、蹴った男が倒れるのを見ないでリュックをあさった。


「あなた殿はこのポーションと帰還のホイッスルを探してたんでありんすね。あなた殿聞いてるんでありんすか。あら、もう死んでしまったんでありんすね。妾はまだ楽しめて無いんでありんすがね」


 やっと凜は男が死んだことに気づいた。気づいても、どうでもいいことに変わりは無かった。

 だってもう動かないんだから。

 動かないおもちゃに興味を持つ子供はいない。いや、使い道があれば別かもしれないな……




 コメント欄(1万人)

名無し これってCGだよな……

ボール 当たり前だろ、まずこんな子供がこんなことするわけないだろ

名無し そうじゃなきゃ運営に配信も止められるだろ

 



「ゼータさん、そろそろ良いんじゃないですか?」

 風が吹けば聞こえなくなるような小さな声が後ろから聞こえた。


「そうでありんすね。今日は初配信でありんしたし。みんな殿、妾の好きな物はコスプレと殺しでありんす。それでは次回もよろしくでありんす」


 もう声も表情もいつも通りに戻っていた。挨拶の時と同じく一礼して配信は終了した。

 


 配信は終了したのに、私には未だに凜さんが見えていた。

 私は誰なのか分かってもらえたでしょう。

 撮影係です。


 それではなぜ私がこうなったのか少し振り返ってみよう!

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配信は好きを広める~ダンジョン配信で広められる好きな物とは?~ ゼータ @zetaranobe

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