月と夜空

再考素

月と夜空

知ってたよ、僕は君より劣ってるって。性格も、技術も、勉強も、財力も、周りからの期待だって。



狭いコミュニティで縛られた田舎、新しいものを拒み、古い伝統に酔う、哀れな町だ。


けれど、それは僕も同じで、変わらない環境が好きだ。

その日はたまたま早く学校に来て、いつもなら教室には誰もいないはずだった。

でも、居たんだ。それも、知らない人が。

同級生なら皆顔見知りだし、特に僕は自分で言うのもなんだけど、カリスマ性があって、年齢関係なく幅広い関係を持っている。だから、知らない子がいるのには違和感を覚えた。

「おはよう」

僕は声をかけた。だって、成績優秀で人格者で有名な僕が、先に来ている人に挨拶しないなんて、ありえないから。

「あー、おはようございます?」

何故か疑問形でそう返したその子は、不思議な魅力があった。

猫っ毛の金髪に、意地の悪そうな細い目、鼻を中心に散らばったそばかすと、赤い頬が印象的だった。僕程では無いが、整っている印象の良い顔だ。

「転校生?だよね。はじめまして」

構わず僕は話しかける。

「そう、転校生。はじめまして」

その子は愛想良く笑う。口角が上がり、歯が見える。ちょっと外側に向いた八重歯すら、その子に似合うチャームポイントだった。

「僕はスティ、皆からはスターって言うあだ名で呼ばれてる」

「へぇ、どうもよろしくね、スティさん。俺はサク」

好きに呼んで、と続けるサク。あだ名には特に触れず、互いの紹介が終わった。

サクはすぐにいじっていたスマホに目を向け始めた。だから僕も、適当な前の方の席に荷物を置いた。




知らなかった、サクが、何でもできる人だったなんて。まさに天才という言葉が似合う人だ。


サクが転校して来てからすでに3日が経った。僕とサクはすっかり仲良くなり、元からつるんでいた友人達と共に、同じグループでいるようになった。


そこでわかったことは、

サクは僕の次に勉強ができること、

でも勉強はしていなくて、授業をちょっと聞けば大体わかること、

音楽が好きで、自分でも作曲していること、

さっそく町の楽器屋でバイトを始めたこと、

絵が上手いこと、

運動は足が悪くてできないということ、

本当は走れるし飛べるけど面倒だからサボっているらしいこと。

左利きなこと。


そして思ったより、悪い子だったということ。

いつも気だるげな気分屋で、掴みどころが無い性格のサクは、よく学校をサボっている。勉強もしないし、気に入らない人に対しては陰口ばかり言う。

それでも自分の気持ちに素直で、多才で、仲間内には優しいそんなサクが皆好きなんだ。

僕も、今まで出会ったどの友人の中で1番気が合うし、話していて楽しい。

髪色、目の色、利き手、性格、何もかもが反対だけど、それでも一緒にいて気が楽だ。それに、2人でいると、周りの人間からの評判が良い。まるで夜空に浮かぶ月なんだと。




けれど、いつの日か不安を覚えはじめた。


ささいな事だ。僕の描いた絵より、サクの描いた絵の方が高い評価を貰っただけ。

楽器屋ではすでに店長より地位が高いというのを聞いただけ。

ネットでサクのアカウントをたまたま見つけて、そこに出されている曲の多さと素晴らしさに驚いただけ。

曲作りの依頼やイラストの依頼が同時に何件も来て困っていると言われただけ。


でも、どれも僕は持っていない。

知らない、わからない世界だ。




周りの人間の、サクへの接し方が変わった。何をしても、流石だ、とか、天才、とか、サクだから、とか言うようになった。

いつだか、同じ言葉を僕も言われた。僕は日々の努力が報われたと思って、素直に嬉しいと感じた。きっといつもより笑顔になった。

でも、サクは当然と言わんばかりの余裕ぷりで、普段と変わらない気だるげな様子で楽々と授業を受けている。

サクが今、簡単に解いた数学の問題、僕は昨日の予習で苦戦したものだ。

友人も、今までは僕に質問していたのに、サクにすることが多くなった。どうせ質問したって、何となく、ひらめき、みたいな曖昧な応えしか帰ってこないっていうのに。





帰り道が一緒だから、仲がいい僕とサクは一緒に帰る。他愛もない話が楽しい。


サクは姿勢が悪い。だから、パッと見は僕と変わらない背丈だ。けれど、姿勢を正したら僕よりずいぶん高い。


全部、僕より。





サクから、家に遊びに来ないか誘われた。うれしい、もちろん。


サクの家は、丘の上にある、ずっと空き家だった、ほとんど廃墟になりかけてた大きな屋敷。今はで外装も内装も新築のように綺麗だ。

「大きいだけで、なんも無いけどね」

昔、まだ物事の善悪が曖昧だった子供のころ、友人と共にここで遊んだ記憶がある。広くて、声が響くのが面白くて、綺麗な模様の床と天井がお気に入りで、埃の被った窓から町を見た。

懐かしい感覚と、生活感に溢れる今の屋敷を見て、少し寂しい感覚になった。

サクの部屋は大きくて、完全防音になっていた。大きなモニターが3枚もあるデスクに、座り心地のいいゲーミングチェアだ。マイクもあるし、最新ゲーム機もある。楽器も沢山ある。

「すごいね、夢みたいな部屋」

「そうか?普通でしょ」

そう言って、サクはコップに注がれたりんごジュースを口に運ぶ。

僕にも用意してくれたその液体に、僕は口を付けられなかった、つける気にならなかった。

僕の家は、一般的な大きさで、自室は散らかって汚れて、教科書が積まれているだけの面白くない部屋だ。勉強のためだけに用意された部屋。

普通の定義がめちゃくちゃだ。


数多のトロフィーに、メダル、表彰状、全部有名な音楽大会や、絵画コンクールのものだ。そうか、サクはピアノもヴァイオリンもできるのか。


来なきゃ良かった。







皆が僕を見なくなった。


みんなしてサクばっかり、褒めて、羨んで、楽しそうにしている。


普段なら、真っ先に僕に挨拶するサクも、友人の方を優先している。

友人とも、サクとも、1番仲が良いのは、僕なのに。


サクもそんな友人達に、いつもと変わらない様子で相手している。


成績優秀、印象の良い容姿、大人から好かれる受け答え。全部、僕も言われた。


僕だって、できてるのに。


バイトもしてないし、インターネットもしてない、でも、運動できるし勉強もサクよりできるし教えられる。絵も人よりずっと上手だし、音楽だって、センスがあるって褒められた。

サクより優しいし、人の悪口なんて言わない、みんなの事を考えてるのは僕だ。

大人が言われて喜ぶ言葉も知ってる、皆から好かれる言葉も知ってる。だからやってるのに。


それでも、皆、サクを選んだ。








帰り道、いつもと同じようにサクと並んで歩く。背が高いのに姿勢の悪いサクは、僕と目線がほぼ同じだ。

「今日、なんかいつもより疲れたー」

「サクの周り、ずっと人が居たもんね」

苦しい。でも、面に出しちゃ、僕のイメージも何もかも消えてしまう。

我慢しろ、我慢しろ。

家までの道が、いつもより遠く感じる。

「スティさん、いっつもこんな感じだったんだね、めちゃくちゃ疲れる。すげーよ、尊敬する」

今の僕、ちゃんと笑えてるだろうか。正直、頭がガンガン痛くて、今すぐ倒れたいぐらい。

僕は皆から質問攻めにされるのも、褒められるのも、常に周りに人がいるのも好きだ。そのために頑張ってるのに、なのに、サクはそれが嫌だったんだ。


僕は望んでもそれが出来なかったのに!


「…なんか、大丈夫?」

「え?あ、はは」

もう嫌だ、何もかも、全部間違いだ。間違いだったらいいのに。

僕の歩みは止まった。多分、もう、しばらくは動けない気がする。









「落ち着いたみたいでよかった」


「ごめん、迷惑かけた」



「いいよ、別に。多分スティさんはもっと休んだ方が良いし」

「でも」

「何がでも、なわけ、スティさん、なんか変だよ。何焦ってんの」

「…」




「急に体調悪くなったんだろ、休んだ方がいい。そんで、しばらく休んでも歩けそうになかったら、俺がおぶる」

「それは悪いよ」

「良いって」

「良くないよ、僕重いし、更に迷惑かけることになる。家も近いわけじゃないのに」

「遠くもない。すでに迷惑かかってるし、これ以上は無効だって」

「…」



僕の感じているこの気持ちを、本人に言ってしまいたい。


そんなことしてみろ、友情が無くなって、この狭いコミュニティから孤立するぞ。


誰か、この苦しみから救ってくれたらいいのに。



「…ごめん」

「…」

意図して無いのに、泣いてしまったみたいだ。


「なんかしたなら、謝るし」

「…」

気まずそうに、僕の顔を覗き込む、2つの金色。髪色より濃いその綺麗な金が、今はとても煩わしい


「大丈夫、こっちの問題だから」







「こんな時に言うのって、なんか違うと思うけどさ、でも、気になって」

「…」


「スティさんって…、いや、スティって」

「…」


サクが僕を呼び捨てにするのは初めてだ。


「好きな人居る?」

「は?」


もっと重大な話かと思ってしまった。拍子抜けだ。


「いや、気になって…」

「いないよ」


いる訳が無い、そもそも僕は恋愛に対して嫌悪感を持っている。人のことを恋愛対象として見ることはない。


そう伝えると、サクは少し寂しそうにして、でも、安心したように笑った。

僕はわけもわからず、気づけばサクの背中で揺られていた。


涙の跡に風が吹いて、頬が冷える。


すっかり暗くなった冬の18時、綺麗な月と、蛾を纏う街灯が、夜道を照らしている。


僕は変わらない環境が好きだ。だから環境が変わる要因になったサクのこと、きっと僕は嫌いだ。


だからおぶられるのも嫌だ。

嫌なはずだ。




なのに、いつもより近い距離の2人きりに、僕は少し安心していた。



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