第2話 春、出会い、入学式

 4月1日、新生活への期待に胸を膨らませた俺、酒井ダイチは大学の入学式に出席していた。

 二浪の末掴んだキャンパスライフ、何としてでも謳歌してやる。そんな熱い思いを胸に抱きながら、学長の退屈な挨拶を聞いていた。

「学生の本分は学業であることをゆめゆめ忘れないように。遊びを理由に学業をおろそかにすることなど、あってはならんことである。ましてや、下品な飲み会やイベントなどは救いようのないバカのやることである。慎むように」

 ふん、うるせえ。二浪したせいで俺はもう20歳。せっかく酒が飲めるんだから派手でキラキラしたサークル、テニサーとか?に入って飲み会で仲良くなった可愛い子を彼女にするんだ。どんなにお偉い人のお言葉でも俺の欲望は止められない。

 長々と続く学長の言葉をテキトーに聞き流していたが、あまりにも抑揚のない声調と(今の俺の心には)全く響かない内容のおかげで耐えがたい睡魔に襲われていた。しかし、夢の中に落ちる寸前、コーヒー豆の入った麻袋で頭をぶっ叩かれたかのように目が覚めた。

 すぐ隣で床にスイカでも落としたかのような鈍いゴッっという音が響いたのだ。

 咄嗟に隣に目を向ける。髪の長い女の子っぽいな。うめき声を発しながらおでこを抑えているが大丈夫だろうか?などと考えていると、頭がふわっと持ち上がり顔がゆっくりとこちらに近づいてきた。

「すみません、きのう緊張で寝れなくて、がまんできなくて、寝落ちしちゃいました。驚かせちゃいましたよね?ほんとにすみません。でも、ほかのみんなにバレたらはずかしいので秘密にしてくださいね」

「あ、いや、全然大丈夫ですよ。俺もさっき寝ちゃいそうになりましたし〜」

 やばい、十数年振りの女の子との会話だ。心臓がバクバクいってる。なんとか自然に取り繕ったけど、顔がピキピキひきつってるのを自分でも嫌なくらい感じる。しかも、この子超可愛い。人形みたいに目大きいし、顔もテニスボールくらいしかない。生まれ育った田舎にはこんな子一人もいなかったなあ。てか、隣にこんな子が座ってることなんて全然気づかなかった。いや、気づいてたら入学式どころじゃなかったか。

「ふふ。ちょっと長すぎですよね。早く終わるといいなあ」

 笑顔もめちゃくちゃ可愛い。

「で、ですねー」

 こんな返答しかできない自分が不甲斐なくて泣けてくる。

 と、ちょっと声が大きすぎたのか周りの職員から視線を感じたのでお互い目を見合わせて口を閉じた。沈黙に戻ると自分の心臓の鼓動がよりはっきり聞こえてきた。


 心臓の鼓動が戻るころには入学式が終わり、目を離しているうちに隣の彼女は席から離れていた。半分がっかり、半分安堵の気持ちで講堂を出ると驚きの光景が広がっていた。

 見渡す限りの新入生歓迎の立て看板。そして声を張り上げてビラ配りをする爽やかな上級生たち。

「これだよ!これ!ずっと俺はこれを求めていたんだよ!」

 静かに大興奮しながら構内のメインストリートを闊歩する。苦渋に満ちた二年の浪人生活の中でモチベーションを保ち続けることができたのは、サークルで可愛い彼女をつくることを夢見続けていたからだ。そして、そのスタート地点がいま目の前に広がっている。


「軽音サークルどうですかー!未経験者大歓迎ですよー!」

「映像研究会楽しいよー!監督なっちゃおうぜー!」

「サッカー部出身の人ー!大学でも部活で追い込もうぜー!」


 すごい迫力だ。想像以上に賑やかで足がすくんでしまう。みんなキラキラしてて眩しいよう。

 いや、そんな泣き言言ってたら彼女なんて一生作れない。早く今日どのサークルの新歓コンパに参加するか決めなければ、と自分を鼓舞し、とりあえず左にあるブースを覗いてみた。

 心臓がどくんと跳ね上がる感覚がした。

 入学式の彼女だ。隣にいるのは上級生か?

「へえ。キサラちゃんって言うんだ。マジで可愛いね。今日の新歓コンパ来なよ。」

「で、でもちょっと一人で行くの怖いっていうか、友達もいないですし」

「全然安心していいよ。楽しませてあげるから。てかさっきテニサー入りたいって言ってたよね?うちもテニサーだしめっちゃ楽しいから入ったほうがいいよ」

 最悪の形で遭遇してしまった。中学3年間片思いしていた女の子がガラの悪い先輩と付き合ってるのを知ってしまった時のことを思い出した。

 その場で立ち尽くしていると、上級生と気まずそうにしている彼女が視線をずらし、なんとその外した視線の先にいた俺と目が合ってしまった。

 お互い数秒間無言で目を合わせたあと、彼女は上級生の方に視線を戻し口を開いた。

「そこの彼も一緒につれていっていいならいきます」

 理解が追いつかない。ヤケになってしまったのだろうか彼女は。

「ああ、全然いいよ。冴えないけどなんか面白そうだし、後輩一号として可愛がってやるよ」

 正直めちゃくちゃ怖い。けど腹は立つ。好き放題言いやがって。てか一言も行くなんて言ってないんだが。

「あのー、ちょっと僕も怖いんでやめとこうかな。は、はは」

「君、いいの?こんな可愛い子がいるコンパ行かないなんてマジでもったいないよ?」

 悔しいが確かにそうだ。もしここで行かなかったらずっと後悔を抱えたままキャンパスライフを送ることになるかもしれない。

 恐怖と希望を天秤にかけ、俺は結論を出した。

「行きます!その子と一緒に行きます!」

「いいねえ。てか『その子』じゃなくて名前で呼んであげなよ。キサラちゃんって」

 キサラちゃんって名前なのか。そういえばさっき話したときちゃんと自己紹介してなかったな。

「キ、キサラちゃん、よろしくね」

「よろしくおねがいします!あなたのことはなんてお呼びすればいいですか?」

「こ、こっちがキサラちゃんのこと下の名前で呼ぶなら俺も下の名前がいいかな。ってことで、ダ、ダイチって呼んでください」

「ダイチさん、ですね!ほんと一緒に来ていただいてありがとうございます!」

 きさらちゃんはニコッと俺に笑いかけた。その笑顔があまりにも眩しすぎて目をそらしてしまった。不甲斐ない。

「一年生同士の親交も深まったところで、本題にいかせてほしい。今日の新歓コンパなんだけど、二人とも未成年だよね?だからノンアルコールのコース予約しようと思うんだけど」

 俺は二浪のせいでもう20歳なので酒は飲める。正直、酒を飲んだことがないので飲んでみたい気持ちも十二分にある。しかし、キサラちゃんに二浪であることがバレたら距離ができてしまうのではないか、と返答に詰まっていると、キサラちゃんが恥ずかしそうに話し始めた。

「あの、私恥ずかしながら二浪してまして、なのでノンアルコールじゃなくても大丈夫です・・・」

 衝撃。全然そんなタイプに見えない。これがギャップ萌え、なのか?しかし、これで俺が二浪であることを隠す必要も無くなった。

「俺も二浪なんで、ノンアルコールじゃなくてオッケーです!」

「ダイチさんもおんなじなんですね!あんまり周りにいなくてなじめるか不安だったのでうれしいです!」

「え、君たち酒飲めるの?やるねえ。てかなんか仲良くなってんのちょっとうざいんだけど。まあとにかく、夜正門集合だから忘れないようにね」

 その後、都会の人間のコミュニケーションに慣れないながらもなんとか会話を続け、一旦その場は解散することになった。とにかく疲れたので夜まで自室で時間を潰すことにした。


 このときはまだ、このコンパが俺にとって二度と忘れることのできないトラウマとして刻まれることを、知る由もなかった。

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酒カス勇者が居候し始めたので恋愛相談してみた! 戌井大吉 @nikka_daisuki

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