第5話 又鬼


 彼はその職業の最後の継承者だった。鹿を追い、兎を罠にかけ、熊を仕留める。


――又鬼マタギ


 東北発祥で股木とも書く。又鬼源一郎はその最後の一人だった。頭はもじゃもじゃ、ヒゲは伸び放題、それらをすっぽりとワラで編んだみので包んでいる。


 体格はがっしりとしていたが、もちろんひとりで熊を追い立てることなんて出来ない。背負った猟銃もただの脅しである。L-7の基地Aベースに近づいてくる獣たちを追い払うためのものだった。


本当の武器は体の中にある。


 今も猟師の目には4頭の鹿が見えていた。

 又鬼は銃を構える。


 と、そこで


彼が放銃する直前に鹿たちは何かに気づいてきびすを返した。


 空中に何か浮かんでいる。


 それは黒一色でサイズも形もヒトデのようだった。優れた耳はその微かなモーター音をとらえていた。


 手の平ほどのドローンが近づいて来る。


「コクホー。私よ、L.ドローンよ。出撃命令が出たわ」


「¥#◇■※%&▼$」


「え、何て?」


「◇■¥▼$#※%&」


「あの……翻訳機をオンにしてくれない」


 言われて又鬼はハっと気づき、胸にしまっていたすまほを操作した。


「ずま”ね”、おふなの気づがながった」


 優秀な翻訳機を介しても彼の言葉はわかりずらがっだ。


「ま”あた悪さしてからに”、あ”いづらわァ。もっどとっぢめんといぎゃんだ。ごんのがたなでよー」


「そ、そうよね」


 L.ドローンはわからなかったので適当に相槌をうった。


「Aベースに戻って。ドローンで飛ぶよ」


「ぢょう”ど狩りがしで思っでたどんごろだぁ。うでがな”あるわ」


 言って又鬼は実際に腕を叩いた。


 GYANGYAN


 不思議なことにそれは鋼の音がした。




△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼


 2030年に200mの超高層ビルが建設された。それは地名にちなみ6本建てられた。


“ネオ六本木ビルズ”


 六本木を象徴するものだった。それが4本倒壊していた。


 カウントダウンはCDを爆発させることができる。それこそ実際に、爆発的・・・にCDを出したことがある。


(100万枚だぜ?)


 自分のバンドのCDを100人に1人は持っていたのだ。あの100万枚のCDたちはどこへ消えたのだろう。


 10人の部下たちがCDを投げては爆破を繰り返している。その光景を見てカウントダウンは不思議な想いにとらわれていた。


 哀しいような、愉快なような。自分に億の印税をくれて、そして根こそぎもっていったものが、壊れてゆく。


(1曲弾きたい気分だぜ)


 しかし、かつての繊細な指はもう長年の肉体労働で太くなって弦を抑えることができなくなっている。社会はもう彼にギターを弾くなと言っている気がした。彼はとめて欲しかったのかもしれない。



「そこまでだ!」


 ヒーローのように彼らは登場した。語尾がナマってなければまさに正義の戦隊だった。

「だっぺよ!」


「緊張感!」

L.ドローンが渋い顔で言ったが又鬼にはもちろん通じない。


「わ”は気合は”いっとる”!」


FUUUと息を吐いてL.ドローンはあきらめて、リーダーであるサンライトの言葉を待った。


「L.ドローンはレーセンと一緒に。僕と又鬼で敵を掃討する」


「わ、わたしも戦います!」


「レーちゃんはいいのよ。戦いなんて男2人に任せちゃっておけばいいのよ」


 L.ドローンはレーセンの白髪をなでて言った。

「ただ、現実をしっかり見ておいて。私たちが戦っている相手を、何で戦っているのかを」


「何でって……、こうやってひどいことをする人たちをこらしめるためじゃないんですか」


「ちがう」


 サンライトは即答した。


「看取ってあげるんだよ。眠らせてあげるんだ。平成を」


 レーセンにはピンとこなかった。だって年号はすでにレーワで、ヘーセイはとっくに終っている。


 聞き返す間もなく、サンライトはビルから飛び降りていってしまった。又鬼も当然のように降りてゆく。一瞬ヒヤっとしたが、彼らもまた不死化能を持っているという説明を思い出した。


 ふたりは着地するとすぐに爆発に向かって駆け出した。レーセンはわかっていても心配になってしまう。


「コクホーは再生能力が高い。いわゆるヒーリングファクター。だから」


と、L.ドローンは説明してくれた。


 爆炎が晴れると、そこには全身に刀をまとった者が立っていた。足元には防護服を着た敵がふたり倒れている。


「カーネルがね、崩壊する東京から美術品を保護してたの。コクホーは国宝。その中には何振りもの名刀がある。又鬼はそれを体内に仕舞ってるの」

 彼女の説明の通りに、又鬼の両手の平がパカっと開くと、そこから刀が生えてきた。いや、出てきたのだ。


 太刀――銘「長光」

 太刀――銘「千代金丸」


 二刀一閃で敵の頭が三つに分かれた。レーセンは思わず目を逸らした。

『しっかり見て』

 あられの言いつけを守れない。レーセンは誤魔化すように彼女を見て尋ねた。


「と、トゥーマーはでも、死なないのなら切ってもしょうがないんじゃないんですか」


「そうね。脳を損傷すると並みのトゥーマーは暴走してしまう。文字通り、ただの腫瘍。記憶も理性もなくして周囲に攻撃するだけの肉塊」


「かわいそう……」


「だから戦ってるのよ。その気持ちを忘れないでねレーちゃん。大丈夫。サンライトが終わらせてくれる」


 眼下では彼女の慕う男性が右手を真上――太陽にかざしていた。その右手を覆う鋼鉄が解かれる。

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レイワスター L-7 マルタヤルタ @kanatakisi

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