第31話 証拠探し
俺はゆかに命令した。
「俺が職員室に忍び込むから、その間に間谷を引き付けていてくれ」
……そう、ヤツの秘密や弱味を暴こうと思った。
いわゆる、脅迫という手段。
女子生徒と身体の関係を持った事があったり、不祥事を隠した噂はいくらでもある。
だが証拠はなく、それがあるかどうかも分からないので無駄に終わるかもしれないが、俺にとって、これはただの一手段に過ぎなかった。
だが、ゆかは、俺の言葉を純粋に受け入れ、真剣に頷いてみせた。
彼女の表情には、不安と決意が入り混じっている。
「わ、わたし……がんばるから、かえって、きてね……」
少し震える声でそう言うゆか。
俺は心の奥底で、彼女が俺に信頼を寄せていることを知っていた。
だが、今はその気持ちを汲むつもりはない。あくまで彼女には、俺の計画の一部を演じてもらうだけだ。
「当然だ。俺も早く終わらせて、戻ってくる」
冷たい口調で返事をし、俺はゆかから視線を外した。
彼女が、ただ俺の指示通りに動くことにどれだけ不安を感じているかは分かっていたが、それを意識に留めるつもりはなかった。
ヤツ、間谷の秘密——彼が隠している裏の顔。
その証拠を掴めば、今まで俺たちに向けてきた不条理も、優位な立場で突きつけられるはずだ。
夕陽が完全に沈み、夜が訪れようとしている頃。
テスト期間中の校内は閑散としており、部活動も休止中。
教師たちは大抵、夕方を過ぎれば帰宅している。特に何もない田舎の学校では、こんな時間に残る人など、まずいないだろう。
「そろそろ、動くか……」
俺は決意を固め、職員室へと向かった。
足音を立てないように慎重に歩き、周囲の気配に神経を研ぎ澄ませる。まるで泥棒になったかのような気分だが、ここまで用心深く行動するのは初めてだ。
「電気は点いてるけど……人はいなさそうだな」
職員室のドア越しにそっと中を覗く。人の気配がなく、念のためにコンコンと軽くノックをしてみるが、返事はない。よし、誰もいない。
「誰もいないなら問題ないか」
古びたドアノブを回すと、建てつけの悪い音が微かに響いた。
まるで、古いゲームの効果音に出てきそうな不気味な音だ。俺は注意深く職員室に足を踏み入れる。
「確か、間谷の机はこっちの方だったな」
前川先生の机にはよく用事で訪れているので、職員室の中の配置は大体把握しているが、それ以外は正直、ほとんど見当がつかない。学生にとってこの場所は、普段立ち入らない未知の領域だ。
「イタズラでもしてやろうと思って覚えておいて正解だったな」
間谷は、何かにつけて俺の気に障る存在だ。だからこそ、悪知恵がこんな時に役立つなんて思いもしなかった。
間谷の机は、他の教師の机と比べて異常なほどに整然としていた。書類の端はぴったり揃えられ、ペン類はサイズや色に合わせて並べられている。几帳面というか、どこか神経質な雰囲気が漂っているようだ。
「へぇ……意外ときっちりしてんのか、間谷」
そんなことを呟きながら、俺は引き出しに手を伸ばした。
カチリ、と鍵がかかっているが、こういった鍵も田舎の学校ではお粗末なもので、数秒の手間で解錠できる程度だ。針金を使って慎重に回し、引き出しが静かに開いた。
「さて、どんな秘密が隠されてるんだか」
中には、何枚かの紙が束ねられていた。
最初は授業用のプリントかと思ったが、よく見ると妙に細かい文字がびっしりと書かれている。一見して、ただのリストのようだが、何か違和感がある。
「……なんだこれ?」
生徒の名前が並んでいるのだが、名前の横に詳細すぎるメモが記されている。
家庭環境や成績、部活動の内容だけではなく、交友関係や普段の素行まで書き込まれている。その内容は、教師が把握している範囲をはるかに超えていて、執拗な監視と執念が感じられる。
「間谷、お前……」
俺は紙束をめくりながら、さらに読み進めた。
そこには、女子生徒に関する異常な量の記述が並んでいた。ひとりひとりについて、どんな接触をしたかや、彼の個人的な印象までが赤裸々に記されている。
特に気になる名前が目につく。
「篠崎……」
ゆかの名前が、その中にもあった。いつから、どんな場面で彼女と接触しているかがこと細かく記され、彼女の内向的な性格や家庭の事情についても、執拗なメモがつけられている。
「……これがバレたら、終わりだろ」
俺は内心で薄ら笑いを浮かべながら、紙束をもう一度見返す。教師としての職務を完全に逸脱した情報収集と、個人的な感情が入り混じった記録。それが、間谷の「秘密」だったのだ。
この記録を押さえれば、間谷の弱みを握るどころか、彼を追い込むことすらできる。
ところで俺の事も気になるな。
自分の名前が書かれた一枚の書類を見つけると、思わず顔がにやけた。
「お、あるある。さて、何が書いてあるんだか」
まるで、公衆便所の落書きでも眺めるような軽い気持ちで書類を覗き込む。しかし、そこには予想もしていなかった文言が目に飛び込んできた。
『楠木あきら、〇〇年度に——を起こし、流血沙汰に——』
何だこれは?
読めない部分がいくつかあり、文章は途切れ途切れだが、それでも“流血沙汰”という言葉がやけに生々しく目に残る。いつの間にこんな記録が残されていたのか。
記憶にないはずの過去の一端が、今、目の前に文字として現れている。
「……俺がいつ、何を?」
手が、微かに震えていることに気づいた。
その書類をさらにめくっていくと、学校生活にとどまらず、もっと昔のことも書かれているらしい記述が現れた。
『楠木あきら、幼少期において特異な行動が見られ、周囲との関係に問題が生じたことも——』
内容は、どれも抽象的で曖昧だ。
何を意味しているのか、一読しただけでは掴みどころがない。しかし、それだけに不気味だった。
「幼少期の特異な行動……? なんだそれ?」
まるで俺という人間の根底にある“何か”を示唆しているようで、背筋にひやりとしたものを感じてしまう。
俺は、その書類の記述にどんどん引き込まれていった。ページをめくるたびに、自分に関する奇妙な言葉が出てくる。
『家族構成の変動に伴う行動の変化が見られ——』
『周囲の支援が不安定な時期があり——』
『警察からの事情聴取の後、楠木あきらを引き渡す——』
まるで断片的なパズルのように、肝心なところがぼやけている。
何か重大なことが記されているような気がするのに、それが何なのかを掴ませてくれない。
「くそ……なんでこんなに抽象的なんだ」
もどかしさが募るばかりで、俺はますます内容を読み進めることに没頭してしまう。
すると、そこに一枚の便箋のようなモノが挟まれているのを見つけた。
俺はその便箋を手に取ったが、何故か指が止まった。まるで、封を開ければ何かが戻れないところへ行ってしまうような、そんな予感が胸を締めつける。
だが、俺は開けてしまい、そこには——
『あきら……お前を許さない。絶対に許さない、何があっても許さない。お前の全てを壊してやる、絶対に』『お前が憎い、憎い、憎い。何もかも終わらせてやる。お前を見ているだけで、この怒りが収まらない』『逃げても無駄だ。どこまでも追い詰めてやる。お前を見つけ、絶対に後悔させてやる』
「……何なんだ、これ」
恐怖と嫌悪が入り混じる中、目を逸らせなくなる。
だが、次の瞬間、遠くから廊下に響く足音が近づいてくるのに気づき、現実に引き戻された。
「……まずい、もう戻ってきたのかよ」
ゆかがしくじったか、間谷が戻ってきたのだ。
咄嗟に書類を元の位置に戻してしまい、静かに職員室を後にしようとする。
こちらには気づいていないようだ。
どうにか間一髪で逃れたが、手に入れたかった証拠はそのままだ。
胸中に悔しさが残るも、まずはここを離れることが先決だった。
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