第30話 間谷という男

 かつて、間谷という人間はただの生徒のひとりだった。

 だが、彼は幼い頃から、「強者」として振る舞うことで自分の存在価値を見出してきた。その冷酷な本性が顕著に現れたのは、ある一件がきっかけだった。


「ぼっそぼそ喋ってんじゃねーよこのハゲ!」


 学年が変わり、日頃からプリントを丸めて投げつけられたり、掃除当番を押し付けられたりと、難癖を付けられる年があった。

 それに対して、間谷は何も思うことはなかった。

 たかだがバカがやることだと、割り切っていたから。


 だがある日、クラスメイトの丸山が、間谷の机の上に無造作に置かれていた小物をいじって遊んでいた。


「おらっ、とんでけ!」


 ガラガラガッシャーン。

 生徒の丸山という子が間谷の持ち物で遊んでいたのだ。持ち物はほぼ全てが破壊された。


 その時に何かが壊れてしまったのだと思う。


 以前、クラスの誰かからもらったという鉛筆──間谷にとっては、それが特別なものであったかどうかは、もはや問題ではなかった。

 ただ、彼が大事にしていた物を他人が踏みにじったこと、それが許せなかった。


「なんだよ、間谷。そんなに悔しかったのかよ?」


 丸山は、間谷が反応を示さないのが癪に障ったのか、ニヤつきながら再び挑発してきた。

 しかし、間谷は無言のまま、その無表情な瞳で丸山を見つめ続けた。


「……くくっ」


 彼はわかっていた。

 相手が苛立つまで耐え続け、最後に相手を自分の手で崩壊させるのが、もっとも効果的だと。彼にとってそれは「ゲーム」だった。


 だが、丸山の方も黙ってはいられなかった。自分の挑発に応じない間谷を前に、彼の中にある苛立ちが徐々に膨れ上がっていく。


「てめえ、聞いてんのか!」


 丸山は大きな体で間谷に詰め寄り、手を振り上げる。

 だがその瞬間、間谷の手元で光るものがあった。

 彼は無意識にガードをするように、その鉛筆を握りしめていたのだ。

 そして、次の瞬間──


「ぎゃっ──!?」


 丸山の拳は彼の手元に刺さり、血の匂いが漂い始めた。


「ぎゃっ、ひ、あああああああああああっ!?!?」


 間谷はすっと無表情で立ち上がり、周囲の冷たい視線の中、ただひとり、笑みを浮かべていた。

 彼を見下ろしながら、心の中でこう思った。


 ——弱者バカが持ち出すのは常に暴力だと。


 実際、彼の冷静な態度と無表情が、丸山や周りの生徒たちに恐怖を植えつけ、彼らはそれ以上彼に手を出せなくなった。

 この事件は間谷の中に、ある種の優越感を根付かせた。

 人は力の上下関係でしか動かない、心の中に悪を秘めていてこそ自分は強者でいられると、彼は悟ったのだった。


 時が経ち、教師となった彼は、以前の体験を踏まえ、強者としての立場を利用して自分より弱い者を支配することに快感を覚えるようになった。

 いじめや不正が噂になっても、理事長との関係で全てを揉み消せる立場にいることで、今や学校内での権力を振りかざし、平然と生徒たちに威圧をかける。


 彼にとって、学校とはかつて自分を抑え込んだ人々への復讐の場であり、屈服させた生徒たちの怯えた表情を見ることで、自分が支配者であることを再確認するための場所だった。



————————――――――――――――――――――――――



 間谷はゆっくりと椅子に腰掛け、考えを巡らせた。


「……まずは、楠木という生徒を何とかしないといけない」


 あいつは厄介だ。本物のキ○ガイだ。さっさと学校から追い出さなければならない。だがその分、扱いやすい。楠木は感情的で、刺激すれば簡単にキレる。

 少し賢さがあれば、なおのこと都合がいい。 


 目の前にある強い権力と、支離滅裂な言動を見せつけてやれば、いくらでも気分を害する事が出来る。

 社会を知らない人間こどもは理不尽、不毛を知る機会は身近にはない。

 価値観の近い相手が周りに多く、邪魔者を排他することが容易な環境。

 教師という取り除けない異物に当たった時どうするのか。

 ましてや、それが自分たちの理屈の通らない相手であれば、どんな反応を起こすのか。


 答えは簡単だ、想像しやすい。


「よし、準備はできている」


 間谷の脳裏に、いくつかのシナリオが浮かんでいた。

 楠木を挑発し、追い詰め、そしてその怒りが爆発したところで、「大人」として冷静に処罰を与える。


「あの、先生……」


 ……と、間谷が悦に浸っているところに、ある女子生徒が訪れた。

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