第26話 本当に付き合ってるの?
恒例の準備体操と、凍てつくような冷たいシャワーを浴びたあと、みんながプールに入り始めた。
冷たいとか、辛いとか、苦しいとか……水への恨み節「マジでふざけんなよ!」と顔に水をかけられた奴らの怒声が飛び交っている。
なんだかんだ、全員が夏特有のこのイベントをそれなりに楽しんでいるのがわかる。
そんな騒がしいプールサイドで、俺はふと視線をある場所へ向けた。
「あっぷ、あっぷ……」
手すりに捕まってバタ足の練習をしている、運動音痴丸出しのゆか。
男女でプールが分けられている上に、泳げる者と泳げない者も自然に分かれている。
ゆかはもちろん後者で、彼女をいじめる連中は前者にいる。
だから、彼女は一人で懸命に練習をしているようだった。
そんな彼女をじっと見ている男子が一人。
「青木、何見てるんだ?」
俺が声をかけると、青木は驚いたように体をこわばらせた。
「え、えっと、その……」
「もしかして、篠崎ゆかを見てた?」
「ま、まあ……」
「そういえば、教室でもよく目につくよな」
「いや、そんなつもりは……」
助け舟を出すように言うと、青木は申し訳なさそうに無言で頷いた。
別に何か悪いことをしているわけじゃないし、俺も責めるつもりはない。
ただ、普通に会話をしたいだけだった。
「で、あいつのどこがそんなに気になるんだ?」
青木は、俺とゆかが付き合っていることを知っているようだ。
そのせいか、俺の冷たい態度に戸惑ったように一瞬目を泳がせたあと、少しぎこちなく返答した。
「……あ、いや、別に。そ、そういうんじゃなくてさ……篠崎さん、可愛いって思うだけで……」
言いながら、青木は視線を泳がせ、居心地悪そうに口を閉じた。
その様子はどこか申し訳なさそうだが、俺には別にそんな気を使ってほしいとは思わない。
「可愛い、ねぇ……?」
俺がわざとらしく繰り返すと、青木はさらに戸惑い視線を下に向けた。
内心で俺が何を考えているのか察しようとでもしているのか、気まずそうな表情が浮かぶ。
「……あ、いや、その……別に楠木と篠崎さんがどうとかじゃなくてさ。俺はただ……ちょっと、気になっただけで」
「気になっただけ、ねぇ」
その言葉に俺は軽く鼻で笑うと、青木はますます困惑し、しどろもどろに言葉を繋ごうとした。
「ほ、ほら、なんていうか、彼女、頑張ってるじゃん? 一人でバタ足の練習とかして……」
彼の言葉を聞きながら、俺はゆかに向ける冷たい視線を少し緩めた。
ゆかが運動音痴なのは事実だが、それを放っておけずにちらりと気にしている青木の態度に、少しだけ違和感を覚える。
「頑張ってる、ね。まあ、そうかもな」
そう軽く応じてやると、青木は少し安心したように顔をほころばせ、ゆかに向かってほっとしたような視線を送っていた。
その視線はどこか純粋で、妙に引っかかるものがあった。
「青木、お前って篠崎のこと本当に気になってんじゃないの?」
「そ、そういうんじゃないってば!」
軽く突っつくように言ってみると、青木は少し頬を赤くして慌てる。
「でもさ、こうしてずっと見てるんだからさ。興味があるのか、見てて面白いのか、どっちかだろ?」
青木は恥ずかしそうに視線を逸らしながら
「……いや、なんか……篠崎さんって、見てると、頑張ってるのが伝わってくるっていうか」
と、しどろもどろに返してきた。
「でも、頑張ってるのに、目立たないよな。周りからも、逆にイジられたりしてさ」
「うん……なんか気の毒っていうか……いや、それだけじゃないけど」
青木が困ったように言い淀むのを見て、俺はふと、頭に妙なアイデアが浮かんだ。
「なあ、青木。篠崎をもう少し“頑張らせて”みるのはどうだ? なんか、注目されるようにさ」
「え? どういうこと?」
「たとえば、見てるみんなの前で何かやらせるとか……どうだ? ゆかって控えめな性格だからさ、無理にでも注目を集めたら、周りも見方が変わるかもな」
青木は目を見開いて、「……でも、それって篠崎さんが恥ずかしい思いをするかもしれないよね?」と少し引き気味に言ったが、俺は肩をすくめて返した。
「まぁ、どう感じるかはあいつ次第だろ。注目されたくないと思ってるかもしれないけど、逆に、一度みんなの視線を引きつければ、後で楽になるかもよ?」
この時、俺の中で漠然としたアイデアが形を成し始めていた。
青木は少し考え込むようにしながら「……いや、それはダメだよ」と呟く。
「え、何か言ったか?」
そう言うと、青木は真剣な顔をしながら尋ねてくる。
「あのさ……君たちはつ、付き合っているんだよね……?」
「そうだけど、なに?」
意図が読めない質問に対し、やや悪意を感じて興が削がれる。
勘の鋭い青木はすぐに俺の様子に気が付く。
「よく彼女にイタズラしてるからさ……」
「歯切れが悪いな、言いたいことあるなら言ってけよ」
何か思う所があるから聞いたのではないのか?
そう思い、口調を強めると青木くんは
「そ……そういうのはやめた方が——!」
と、何かを言おうとした直後に、俺の背後から誰かが襲ってきた。
「あーきらっ!」
突然の来訪者によって会話は中断される。
あのまま話を続けていたら青木を殴っていたかもしれない。
俺の背後から飛びついてきたのは、蓮だった。
ゲラゲラ笑いながら俺の肩越しに青木を見て、まるで何事もなかったかのように話しかけてくる。
「なに、お前コイツと話してたん? 趣味わりー!」
その明るい声に、青木は一瞬驚いたように目を丸くし、それから微妙に居心地悪そうに視線を逸らした。
「……青木、またな」
と適当に告げて、俺は蓮とともにその場を離れることにした。
しかし、立ち去る間際に青木の鋭い視線が気になって、振り返りたくなる衝動に駆られた。だが、自然と視線は前へと向き直る。
「なぁ、さっきアイツ何話してたの?」
と、蓮が尋ねてきたが、俺は笑いながら軽く肩をすくめた。
「大した話じゃないさ。ただちょっと、面白いコトを思いついたんだ」
そうして、蓮に耳打ちをして
「ぎゃははは! お前さいっこーだな、おっけクラスライムでそれ流しとくわ!」
もう蓮の会話は頭に入ってこなかった。
あるのは、彼女へのイタズラと——
「かわいそうかどうかは、ゆか次第だろ」
俺はただ肩をすくめてと答え、再びプールの方へと視線を戻した。
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