第15話 首輪

 校門にて、間谷は自転車に乗る女子生徒を見るなり道を塞ぎに行った。


「コルァ~ッ、ヘルメットは付けて登校しないか~~っ!」

「わわわっ……先生危ないですよ」

「なんだその態度は、校則を破るつもりか?? それともここで危ないヘルメットの付け方を教えてやろうかぁ~~?」

「あ……すいません、次から付けていきます」

「分かれば良いんだ、ふぅっ……あっ、そこぉ——っ!」


 学校の風紀を乱さんとする生徒を見つけては駆け付け、寒いノリとルールを押し付けてくる。そんな間谷を見る生徒たちの目はお察しで、好かれていない。

 例えるならば、行事ごとに張り切ってしまう女子。正義感に溢れたクラス委員長か。


「全く、うちの学校の生徒ときたら……ちらっ」


 腕組みをしながら息をつくなり、校門から見える校長室に目をやる。

 ——点数稼ぎである。

 間谷の積極的な行動によって、学年主任の座を手に入れた。これは昇格・昇進というもので恐らく、出世競争に勝つべく出た行動なのであろう。

 ……と、ある人から聞いた。


「で、俺の更生が点数稼ぎになるなんてまっぴらごめんだ」


 ぶらぶらと落ち着かない手はポケットにしまいたいし、夏場の暑い日にはシャツをパンツから出して熱を逃がしたい。それに、何かと目を付けられている俺なんかはいつ難癖を付けられるかわからない。

 だから、これを使わない手はないだろう。


「あ、あう……」


 もじもじと周囲に視線を向ける篠崎ゆか。

 目立たないようにと言ったのに、逆効果な立ち回りは周りにバレてしまう。


「どうした、行かないのか?」

「で、でも……やっぱり、この格好は……」

「俺に文句言う気か? さっさと行けよ」

「……っ! わ、わかった……」


 そして、ゆかは俺の前を歩いていく。

 まるで犬の散歩でもするかのように——


「お~篠崎じゃないか、先日は大変だったな……なぁっ!?」


 すぐさま間谷は驚愕した。

 何故なら、ゆかの首には首輪が付けられているのだから。


「あ……ま、間谷せんせ……あうあう……」


 それだけじゃない。

 学校の規定に沿ったスカート丈を短くし、足を露出させている。

 また、スカーフの結び目を下にして、胸元が見えやすい恰好をさせているのだから。


「ど、どうしたんだその首輪……しかもそんなハレンチな恰好……はっ……! お、お前か楠木ィ~ッ!!」


 まぁ、どう見ても俺だとわかるだろう。

 だって首輪に付けた手綱を引いているのは俺なのだから。

 誰がどう見ても、篠崎に命令してヤラせているのだと分かるものだが


「ち、ちがうのっ……せんせい……っ!」


 ゆかは間谷の前に立ち塞がって止めに入る。


「こ、これは……わたしの、しゅみ、で……」

「は、はぁ??」


 それを聞いた学生たちは「趣味……?」「おいおいマジかよ」「ドン引きだわ」などと、嘲笑や不快そうな声を上げ、噂話に勤しむ。


「だ、だから……わたしが、あきらくんに、たのんだの……!」


 なかなか無理のある話で、ゆかが俺に脅されているようにしか見えない。


「なかなかのヘンタイでしょう、せんせい?」 


 だけど、俺はフォローする。

 まるで自慢の玩具を見せつける少年のように。


「彼女が俺に話を持ち掛けてきたんですよ、自分はこういう趣味があるから俺が適任だって、やってくれないかってお願いされまして。はは、いやぁ参った話ですよね」


 普段、間谷には見せたことのない態度で、世間話をするように言う。

 それが気に障ったのか、俺に手を出してきた。


「お、お前なぁ……っ!?」


 まさに胸倉を掴もうかとする瞬間、ゆかが俺の前に現れてくれた。


「ぼ、暴力は……だめ……っ!」

「篠崎……ッ!!」


 間谷にとっては信じられない話で、未だにゆかを善良な人間だと思っている。

 まぁ、別に間違っちゃいないけど。


「せ、せんせいしんじてください……わたしが、たのんだんです……」


 ゆかは懇願するように言う。

 だけど、熱血漢である間谷は引き下がらなかった。


「篠崎、お前が一言言ってくれれば助けてやれるんだ。コイツに命令されて仕方なくやらされてるんだろう?」


 命令という言葉にピクリと、正直に反応してしまうゆか。


「あ……ち、ちがうの……それは、えっと……」

「なぁ、答えてくれ」


 ゆかの肩を掴んで揺する。

 徐々に力が強くなっていき、間谷の余裕のなさが失いつつあるのを感じ取った。

 だから彼女の名前を呼ぶ。


「おい、ゆか」

「……っ!」


 ゆかはビクッと反応し、俺の方をチラリと視線を向ける。

 捨てられる恐怖を孕んだ瞳。

 それを確認すると同時に、俺は顎で指示をした。


「だ、だから……っ、わ、わたしが……おねがいしたんですっ!」


 今のゆかの頭の中は、色々なモノでこんがらがっているだろう。

 俺の命令は断れない。かといって、教師にかける迷惑。任務遂行に自信の無い心。

 それらが一気に間谷にぶつかって


「ふ、ふざけるんじゃない! 君がそんなことをするワケが——ッ!!」

「ひゃぁっ……!?」


 ゆかが間谷の手を振り払おうとしている。

 ——しめた。

 そう思った俺は、ゆかの制服を引っ張った。


「きゃああぁっ——!?」


 ゴツンッ!!

 鈍い音が鳴り、間谷は茫然と立ち尽くしている。


「んな……!?」


 当然、俺は正義の味方気取りでゆかの元に駆けつける。


「お、おい……ゆかっ!!」


 間谷は何が起こったか分からないのだろう。

 そう、ゆかが間谷を振り払おうとする反動を利用して制服を引っ張り、校門の壁に頭をぶつけてやったのだ。

 打った個所からは、血が流れ始める……。


「うわあぁぁっ、血が出てる!!」

「な、なんだあれ……っ」

「間谷先生じゃない? なに、なにが起きたの?」


 一同が瞬時に、俺たちの現場に目をやった。


「おっ、あーきらっ! なにしてんのー?」

「ウケる~、写メ撮っていい?」


 また、何故か俺の隣に立っている蓮が、スマホで現場の写真を撮っている。

 蓮以外の連中も、物珍しい動物を撮るかのように現代機器を一斉に構えていた。


「こ、こらぁっ、お前たちぃっ……!」


 慌てて止めようとする間谷。

 だが、不運にも血を流してしまったゆかが邪魔で、上手いこと止めることが出来ないでいる。

 騒ぎは油を注いだ火のように燃え上がる。


「う、嘘だろう……!? し、篠崎も悪ふざけしてないで起きないかっ!」

「あ、あぅぅ……」


 愛玩動物顔負けの気絶具合。

 流石に打ちどころが悪く、今すぐには無理そうだ。

 間谷はどうしたら良いか分からないのか、とても困惑している。


 そんな時、ゆかが口を開いた。


「ご、ごめんね……あ、きらくん……」


 どくん……。

 またあの時の妙な感覚を覚える。


「うっ……!」


 ビリビリ……ッ……。

 高揚感に包まれていた俺だったが、水を掛けられたように一気に冷めていく。

 俺の中で一区切りがついたということだろうか。


「……はぁ」


 まぁ、間谷を小馬鹿に出来ればそれで満足だったのだ。

 なのに、こんな気分になってしまうだなんて……。


「……ったく、仕方ないな」


 けれど、俺は好機だと考えた。

 間谷は嫌いだが、恩を売れば俺にちょっかいを出してこなくなるのでは。あぁいう生真面目なタイプは借りを作らないハズだ。

 そう思って、俺は間谷に近寄った。


「間谷先生、そいつ保健室に連れて行きましょうか?」

「く、楠木……⁉」


 俺の提案にまごついている間谷をスルーし、ゆかをお姫様抱っこ。


「先生には仕事がありますよね。だったら、俺みたいなのが行くべきかと思って」


 思っても見ない展開、言葉を掛けられて、間谷は


「あ、あぁ……そう、だな……」


 そう言って、ゆかを託してくれる。

 踵を返し、俺はこれから初の保健室登校サボタージュをするのであった。

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