第7話 付き合ってられるか

 その後、昼食を食べ終えた後は何事もなかったように時間が過ぎていった。

 放課後になり、クラスの連中と関わらないようにそそくさと教室を抜ける。


 下駄箱で靴を履き替えるとすぐさま裏口の方から出ることにした。

 走ってきた蓮に捕まったらめんどくさいしな。

 そんな時、間谷に呼び止められる。


「楠木、見つけたぞ」


 まさかコイツに捕まるとは。

 鼻息を鳴らし、イノシシの如くドスンドスンとやってきた。


「間谷先生、どうしたんですか」


 もちろん、大人には敬語で謙虚に出る。

 ただ、尊敬できる人間でもないので嫌々やっているつもりなのだが、面倒ごとには巻き込まれたくないという気持ちが勝るのだ。

 それを見透かしたように間谷は言う。


「相変わらず反抗的な目つきだな」

「そんなつもりじゃないんですけど、一体何ですか、俺帰るところなんですけど」


 すると、間谷は単刀直入に告げた。


「体操着、盗んだのはお前か?」

「はぁ?」


 気持ち悪いな。

 誰が好き好んで女の体操服盗むんだよ。


 ……やったとしても、間谷にバレないよう何かもっと、工夫するだろ。

 どうしてそんな事を言われないといけないんだ? という目付きをしてしまったせいか、間谷はより攻撃的になる。


「お前は裏で何をやらかしているか分からない人間だからな」

「勝手な予測はやめてくださいよ、俺先生に何かしましたか?」

「いや、何もしていない」


 あっさりと認めた。とても潔く、勝手にお前を疑っていると主張するのだ。

 そんな間谷に面食らっていると、ヤツはこうも言ってきた。


「けれど、お前は何を考えているのか分からない」

「皆考えている事なんて分からないと思うのですが……」


 呆れながら、当然のことを言ったのだが、間谷の目は真剣だった。


「そうだ、考えている事なんて皆分からない。けれど、経験と観察で予想はつくものなんだ。だからこそ、お前だけは俺の眼を引いてしまう」

「意味が分からないんですけど」


 思わず、素の態度で答えてしまう。

 マジメに言ってくるからこそ、ちょっと気持ち悪いなと思いつつ。

 熱血教師の間谷は、続けてこんな事を言うのだ。


「お前だけは、絶対に注意しなきゃいけない人間なんだよ。なんせ去年——」

「その話はやめてくださいよ」


 間髪入れずに、間谷の言葉を遮った。

 今の俺、苦虫を噛み潰した顔になっているんじゃないだろうか。

 そんな俺を見かねたのか、間谷は鼻息を鳴らし、俺の横を通り過ぎようとする。

 けれど、捨て台詞を吐くように、俺に告げてきた。


「これ以上悪さするなら、俺も黙っていないからな」


 そう言うなり、間谷の背中は小さくなっていく。

 その場で俺は溜め息を付き、非常に心外な気持ちになっていた。


「はぁ……」


 俺は何か強い力に押さえつけられたり、行動を制限させられるのが大嫌いだ。

 まぁ、基本的に誰でもそうだろう。


 平穏で、目立たないように学校生活を送っているハズなのに、どうしてあんな奴に目を付けられなければならないのだ。

 クラス内では、上手くいっているハズなのに。


「はあ、ダルいな……」


 最近は散々な目に遭ってばかりだ。

 罰ゲームを受けたり、間谷に目をつけられたりと、思い当たることがたくさんである。


「はぁ……」


 気が滅入ってきた。

 他の教員は、俺なんか注意する素振りすら見せないのに。

 まるで、かごの中の鳥のような窮屈さを感じざるを得ない。


「まぁ仕方ないよな、記憶にないんだから」


 ――実は、俺は記憶障害を持っている。


 間谷から出てきた『去年』の話が全く分からないのだ。

 話から察する限り、俺は去年問題を起こしたそうだが、記憶にない。

 周囲の連中も、それがきっかけで俺を不良と認めているようだが、さっぱりである。


 けれど、生活には支障はない。断片的な経験記憶が抜け落ちているだけなのだから。

 困ることと言えば、人間関係である。人というのは、上書き保存の生き物なのである。

 何かがキッカケで友人になり、遊ぶことなり、体験を共有し合う。


 だからこそ、俺は安易に人との関係を築くのが嫌なのだ。

 抜けている個所は去年だけでなく、小・中学校の頃もそう。

 モヤモヤを抱えながら俺は日々を過ごしているが、誰にも相談をしたことがない。

 家族にも、友人にも、医者にも……。


 まぁ、家族や友人なんていないに等しい存在だし、言った所で共感・同情を感じられて深い関係を持つようになっても面倒だ。

 そんなしがらみから抜け出すように、俺は行動しているつもりなのだが……生きづらさを感じるのは、このせいかもしれない。


「考えるのやめよう、帰るか」


 割り切って何も考えないことにした。

 放課後にて一人、舗装されたアスファルトを踏み鳴らしていると、後方から誰かが俺に声を掛けてくる。


「ま、待って……!」


 篠崎ゆか。

 それはまた意外な来訪者だった。

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